ぷちらば


絶対君主は甘い夢の続きを見るか

無人探査機はくちょうが墜落したあの事件の解決直後、建設途中のビルを出たところで降谷のスマホが着信を告げた。
画面を見なくてもわかる。
この振動パターンはあの人だけ。

「・・・報告に来い」

短く告げられた声はいつもより一層低く、きっとあの強面がより不機嫌そうに歪んでいるだろうことは想像に難くない。
返事をする間もなく通話は切られた。
もとよりこちらに拒否権などないのだが。

降谷は小さく息を吐くと路地裏へと移動し、風見に頼んでおいた迎えの車に乗り込んだ。
移動中、風見には左肩の治療が先だと散々言われたが、そんなものあの人の命令より優先させる理由になどならない。
あくまでも自分はあの人の駒なのだから。

車窓から避難していた人々を見やると、みな不安から解放され安堵した表情を浮かべていた。
あれだけのアクシデントがありながら一人の犠牲者も出ていない。
そう風見から報告を受け、小さく胸をなで下ろした。



見知った庁舎の長い廊下を抜け、見慣れた扉をコンコンと控えめにノックすると

「・・・入れ」

短く返事があった。
滑り込むように静かに足を踏み入れる。

「ふん・・・左肩を負傷したか」

「・・・・・・うっ」

近づいてきた黒田に傷口付近をギュッと掴まれ小さく呻いた。

「怪我はするなと言ったはずだが?」

「・・・申し訳ありません」

肩を掴む力が強まり思わず顔が歪む。

「いぅっ・・・」

小さく呻く降谷の肩からようやく手を放した黒田はドカッとソファに腰を下ろした。

「大体の報告は聞いている。降谷、ここへ来い。仕置きだ」

「えっ・・・」

その言葉に降谷は固まった。

黒田に引き取られ、一緒の家で過ごしたのは小学生になったばかりの頃から高校を卒業するまでの10年ほどだった。
それなりにやんちゃだった幼い降谷はそれこそ何度となく黒田に叱られた。
時には膝に乗せられ散々に尻を叩かれた。
生来の強面も手伝って本当に怖い父だったと思う。
けれど、警察という組織の中で、国民のために、この国のためにと正義を全うするその姿は降谷にとって尊敬すべき存在であり、憧れそのものだった。
だからこそ自分も警察官になり、少しでも彼の役に立つ駒であろうと尽力した。
今回だってこの国と人々を守るため、そのために奔走したのだ。
それなのにまさか黒田から仕置きだと言われるとは思いもしなかった。
というよりも、高校を卒業して黒田の家を出てからそんなことをされたことなど一度もない。
固まる降谷に

「二度は言わん。さっさと来い」

黒田は短く告げるとバシンと自身の膝を叩いた。

「あ、あの・・・管理官」

「零」

降谷の言葉を遮るように呼ばれた名は、降谷を一気に十数年前へと引き戻した。
蝉が五月蝿いくらいに鳴いていたあの夏の日も、桜の花びらが縁側でひらひらと舞っていたあの春の日も、父はその名を呼んで降谷を膝に乗せたのだ。
何をどう言い訳しても逃れられたことなど一度もない。
この人から発せられる言葉は、それ即ち絶対だった。

「・・・・・・はぃ」

降谷は小さく返事をすると、カチャカチャとベルトを外しズボンを下着ごとおろした。
幼い頃から何度となく躾られた仕置きの作法は、嫌でも身体に染みついていた。
そろりと近づき、黒田の邪魔にならぬよう膝に身体を預けた。
久々に乗った父の膝の上は相変わらずゴツゴツとしていて固かったが、子供の頃はプラプラと浮いて不安定だった手足がしっかり床につくようになっていて、まさか29にもなってこんな風に仕置かれることになるなんて・・・と、そんな自分が滑稽だった。

降谷が膝に乗っても、黒田はすぐには仕置きを始めなかった。
大の大人が尻だけを出して子供のように膝に乗せられている。
静寂の中、ひんやりとした空気が尻に触れ余計に降谷の羞恥を煽った。
仕置きだと言われながら何もされず、ただ膝の上に乗っているだけの降谷はいたたまれず遂に口を開こうとした。
その瞬間

「耐えろ」

短く告げられると同時に、尻に衝撃が走った。

「あぅっ・・・!!」

しまった、と思った時にはもう遅かった。
昔から黒田は仕置き中に騒ぐのを好まない。
粛々と反省しろと言い付けられてきた。

「情けない声を上げるな」

案の定、ビシバシと太ももを連打される。

「・・・・・・っ!!」

痛みには耐性のある降谷だが、同じ箇所を何度も叩かれれば次第に声は漏れてくる。
だが、これ以上黒田の機嫌を損なうわけにはいかない。
降谷は少しでも声が漏れぬよう服の袖口をきつく噛んだ。

「・・・・・・っ!!」

黒田は巨躯な分、相応に手も大きく分厚い。
身体も鍛えあげているから当然のごとく豪腕だった。
そんな黒田の手のひらは軽く叩くだけでも相当な威力になる。
幼い頃には仕置きだと宣告されただけでボロボロと泣いた。
泣いたところで一度たりとも許されたことなどなかったが、泣かずにはおれないぐらいの恐怖だったのだ。

バチィィィッ!!

「・・・・・・っっ!!」

けれど、そんな幼い頃の仕置きなど、本当に子供への軽い仕置きだったのだと今になって思い知らされる。
黒田の手のひらが甲高い音をたてる度に、降谷は声を抑えるのに必死になった。
少しでも気を抜いたら声をあげてしまう。
袖を噛み、爪の先が真っ白になるほど拳を握り締め、ひたすらに耐えた。

「・・・・・・っっ!!」

バチンッ!バチンッ!と叩かれ続け、たった数分で褐色の肌に赤が広がり、見事な蚯蚓腫れが現れた。
散々に叩かれても声も上げられず、ハァハァと肩で荒く息をするしかない降谷の顔は、涙と汗と涎でぐしゃぐしゃだった。

「ふっ・・・ぅ・・・っ!!」

どんなに必死に堪えても呼吸は乱れてくるし、膝から動かぬよう踏ん張り続けた足はガクガクと震えている。
男にしては小さく引き締まった尻も、今は腫れ上がりそこかしこに青痣が散らばっていた。
呼吸は苦しく、尻はこれ以上ないくらいに熱い。
それでも降谷は膝の上でただひたすらに耐えた。
そして、全身から汗が吹き出し尻の表面が黒さを増してきた頃、黒田はようやく口を開いた。

「私の命令を覚えているか」

「かっ・・・・・・はっ、は・・・いっ・・・」

噛み締めていた袖口を離すと喉はカサカサで上手く声が出せず、降谷は絞り出すように答えた。

「け、がを・・・するな、と」

「そうだ。お前の潜入捜査はまだ終わっていない。
 その任が終わるまで五体満足でいろと言ったはずだ」

「・・・申し訳、ありません・・・」

「・・・ふん」

黒田は不機嫌そうに息を吐くと、すっかりずり落ちてしまい膝で絡まっている降谷のズボンからスルリとベルトを引き抜いた。

「30で許してやる。そこに肘をつけ」

クイッと顎で目の前のローテーブルを指し示す。

「・・・は、い・・・」

少し動くだけでも激痛だったが、この許されるチャンスを逃すまいと降谷は震える膝を叱咤して身体を起こした。
力が入らずカクカクと覚束ない足取りで向きを変え、そのままローテーブルへ屈み込む。
背の高い降谷が膝ほどの高さのローテーブルへ肘をつくと、頭が下がり自然と尻が叩いてくださいとばかりに上を向く。
腫れ上がった尻にはこの姿勢を保つだけでも苦痛だが、降谷は拳を握り締めこれからやってくるであろう衝撃に備えた。

「動くなよ」

ソファから立ち上がった黒田は、ペシッと軽くベルトの先で降谷の尻をひと撫ですると大きく腕を振り上げ、そのまま打ち下ろした。

「ぃっ・・・・っっっ!!!」

薄暗い室内に派手な音が何度も響く。
口唇を噛み、震えながら拳を握りしめる降谷だったが10を越える頃にはもう限界で

「ひぎっ・・・・いぃぃっっ!!!」

悲鳴が漏れ、ローテーブルには汗と涙が水溜まりを作った。

「ああぁぁぁっっ!!」

一度開いた口はそう簡単に塞ぐことはできず、それどころか声は大きさを増すばかり。
黒田はそれを咎めこそしなかったが、手を緩めることもしなかった。

「ひぃいぃぃっっ!!!」

容赦なく振るわれるベルトの痕跡が尻に刻み込まれ、見事な蚯蚓腫れが浮き上がる。
幾重にも重ねられていく内に、いくつかは破れ出血していた。
あまりの痛みに頭は朦朧とし、もう何度叩かれたかもわからない。
膝はガクガクと震え、トンとひと突きされたら身体ごと崩れ落ちてしまうだろう。

「はっ・・・・はぁっ・・・・あうぅぅっ・・・・」

荒く息をするだけでも全身が軋んで激痛が走った。

「何か言うことはあるか」

唐突に打擲が止み、頭上から黒田の声が響く。

「うぅっ・・・・も、しわけ・・・ありま、せ・・・」

身体を震わせながら声を絞り出す降谷の頭を黒田の大きな手のひらが覆い、そしてそのまま降谷の視界はグラグラと揺らされた。

昔から黒田は仕置き中にあまり説教らしいことは言わなかった。
黒田はもともと寡黙であったし、降谷も仕置きを受ける理由は自分でよくわかっていたから、説教らしい説教は必要なかったのだ。
しかし、罰は罰。
反省はしていても、罰から逃れられはしなかった。
いつも散々に尻を叩かれ、膝の上で最後はわぁわぁと泣き喚いた。

「何か言うことはあるか」

またグラグラと視界が揺れる。
これは合図だと降谷は思い出していた。
厳しい仕置きを終えるための儀式へ繋がる合図。
仕置き中寡黙な父がそう問うて頭を撫で、降谷がちゃんと言うべき答えを言えたら許される。
それがいつもの流れだった。
その答えを降谷は今でもしっかりと覚えている。
けれど、今の降谷は29にもなる大人だ。
それを口に出すにも気恥ずかしく、そしてその言葉が今でも有効なのかわからず躊躇ってしまう。

「か、管理官・・・」

「聞こえん。しっかり言え、零」

「うっ・・・ふっ、ううっ・・・ごめ、なさいっ!!うぇ・・・ごめんなさいぃっ!!」

一度口に出すともう止まらなかった。
ボロボロと涙も溢れ、恥も外聞もなく子供のように泣きじゃくり、ごめんなさいを繰り返した。
痛いのはもう嫌だし、早く許されたい。
何よりもこの人に呆れられ、見捨てられたんじゃないかという恐怖から逃れたかった。

「うえぇぇっ・・・ごめ、なさいぃっ!!」

「残り3回だ、耐えろ」

「ひっ、ひぐっ・・・は、いっ・・・!!」

泣きじゃくりながら返事をすると同時に

ビシィィィッ!!

「ゃあぁぁぁぁっっ!!!」

ビシィィィッ!!

「ごめっ、ごめ・・・なさいぃぃぃ!!」

ビシィィィッ!!

「ひっ・・・ごめっ、なさっ・・・ああぁぁぁっっ!!」

連続で3打され、そこで降谷の意識はプツリと途切れた。



「うぅっ・・・んっ・・・」

次に降谷が目を開いた時、まず入ってきたのは真っ黒なソファの背もたれだった。

「んんっ・・・・・・いっっ!!」

身体を起こそうとするものの、激痛に襲われ起き上がれない。
仕方なしにふと気配のする方へと顔を向けると

「・・・まだ寝ていろ」

頭上から黒田の声が聞こえ、ガシッと頭を掴まれたかと思ったら、そのまま無理やりソファへ沈められた。
チラリと視線だけで見れば、負傷した左肩には包帯が巻かれ、青痣だらけの尻には濡らしたタオルが乗せてある。

「・・・手当て、ありがとうございます・・・」

「ふん、五体満足でいろと言ったはずだ」

「ごめんなさい・・・」

降谷はしゅん・・・と身を縮めた。

「もういい。お前はしばらく休め」

「えっ、そんなっ・・・いつっっ!!」

黒田の言葉に思わず身体を起き上がらせようとしたが、散々に仕置きされた尻に激痛が走り情けなく呻いた。

「その身体ではしばらく動けんだろう。お前の部下にはしばらく休ませると言ってある」

「で、でもっ・・・!!」

「・・・零、まだ仕置きがいるか?」

「うっ・・・」

その言葉に思わず降谷が身を固くしていると、隣からクックッと小さな笑い声が聞こえた。

「デカくなったかと思えば、まだ仕置きが怖いか」

「そ、それはっ・・・・・・」

実に十年以上ぶりに子供の頃と同じように尻を叩かれ泣き喚いた。
とにかく痛くて怖いのは昔から変わらなかった。
仕置き中の自分の情けない姿を思い出し、降谷は顔を赤くした。

「そう拗ねるな」

そんな降谷の頭を黒田は武骨な手でガシガシと揺らす。
黒田が頭を撫でるのが下手なところも昔から変わっていなかった。

「そういえば・・・お前の車だが・・・」

降谷の頭を揺らしながら、ふと黒田が呟く。
散々に仕置かれて降谷も失念していた。
建設途中のビルから勢いよく飛び出したは良いが、着地点など元より想定していなかった。
コナンを受け止めるため運転席から飛び出したから、その後愛車がどうなったかは知らないが、恐らくあのまま地面に落ちて大破しただろう。

「う・・・始末書、書きます・・・」

激突して燃えただろう愛車を思い、降谷は溜め息を吐く。
あの車はもう販売されておらず、中古で状態の良い物を探すのには苦労するだろう。

「始末書はいらん」

「えっ・・・?」

「運河に落ちていたから回収させた・・・ことになっている」

その言葉に降谷が驚いていると、黒田はガシガシと今度は自分の頭を掻いた。

「安心しろ。同じ車種を探させている」

「あの・・・それって・・・」

「来月お前の車は『修理』から戻る。・・・いいな?」

そういえば、昔から黒田はこうだった。
仕置きが終わっても尻が痛くてグズグズと縁側で泣いていたら「来い」と短く告げられて肩に乗せられた。
夏のあの日は縁日に連れ出され、幼い降谷が肩の上でキョロキョロと物珍しそうにしていると、そっと白い綿菓子を渡されたのだ。
ふわふわした見た目が空に浮かぶ雲のようで、でも口の中で溶けた味は甘くて。

「おとうさんっ、くもってあまいんだねっ!」

驚いて思わずそう言ったら、「そうか」と愉快そうに笑われた。

またある春の日は、同じように縁側でグスグスと泣いていたら桜並木に連れ出され、近くの茶店で並んで花見団子を食べた。
隣で父が飲んでいた抹茶が美味しそうで、こっそりと味見をしてみたら、苦味にゲホゲホとむせた。

「悔しかったら早く大きくなれ」

そう言ってその時も愉快そうに笑い、ガシガシと降谷の小さな頭を揺さぶったのだった。

他にも、厳しく仕置きされた後には、有名店のキャラメルだったりケーキだったり、色々なものが与えられた。
そのどれもを黒田は差し入れでもらった物だとか、土産でもらった物だとか言っていたけれど、本当は黒田自身が用意したものであることに降谷は気付いていた。
手酷く泣かせた後は、いつもより余計に気になるらしい。
口下手で甘やかすのが不得手な黒田らしい慰めの方法だった。

なんのことはない。
今回の車の件も同じだ。
そんなところも父は変わっていなかった。

「・・・・・・ふふっ」

昔から比べると随分と大きな飴玉になったものだと降谷はなんだかおかしかった。

「・・・・・・なんだ」

そんな降谷を黒田は不思議そうに見る。

「いいえ・・・ありがとうございます・・・・・・お父さん」

懐かしくなって最後にポツリと呟いてみたもののすぐに気恥ずかしくなって顔をソファに埋めた。

「・・・図体ばかりデカくなりおって」

言いながら黒田はガシガシと降谷の頭を揺らし、ふんと鼻を鳴らした。
乱暴に頭を撫でられる懐かしさを感じながら、降谷はそっと目を瞑り、甘やかな夢の続きへと落ちていった。