ぷちらば


君に一生の愛を捧ぐ

ガコンッ!

派手な音を立てて落ちてきた缶コーヒーを無造作に掴むと、そのままプルタブを引き起こし、中身を喉へ流し込む。

「・・・・・・はぁ」

これで缶コーヒーも何本目だろう。
一向に倦怠感や眠気は取れないが、つい癖でブラックのボタンを押してしまう。
そういえば、最後にちゃんとした食事をしたのはいつだっただろうか。
考えてみるものの、思い出せない。
それぐらいには警察庁に籠もりきりで、いつになったら帰宅できるか全く見当もつかなかった。

ふと窓の外を見れば、東都タワーはすっかりクリスマスツリーの仕様になっていて、鮮やかな電飾がきらめいている。
街並みもイルミネーションが美しい。
降谷はもう一度小さくため息を吐くと缶の中身を全部飲み干し、まだまだ減りそうもない書類の山に挑むべく、自身の机へと戻った。
今頃、あの男は何をしているだろうか・・・と思いながら。



各国の諜報員たち、そして小さな名探偵と死闘を越え、黒ずくめの組織を壊滅へと導いた日から3年の月日が流れていた。
相変わらず降谷はこの国のために身を捧げている。
黒ずくめの組織を壊滅した功績が称えられ、最近は現場に出るよりも指揮官の役割が多くなったが、根本的には何も変わらない。
全ては愛するこの国を守るためだ。

この3年、仕事の方は相変わらずだったが、プライベートではひとつだけ変わったところがあった。
それは、赤井秀一と恋人の関係になったこと。
あの赤井秀一と、である。

自分でも最初は信じられなかった。
あんなにも憎んだ男と恋仲になるなんて。
もはやそれぞれで戦うべきではない、共同戦線をはるべきだと、各国の諜報員たちが組織壊滅へ向けて足並みを揃え始めていた頃は、まだ犬猿の仲だった・・・はずだった。
降谷の中では。

後々に聞いてみたところ、赤井の方はそれ以前から憎からず思っていたらしい。
この話を聞いた時、憎まれているだろうことはわかっていただろうに、よくもまぁそんな風に思えたなと降谷はむしろ感心してしまった。
相手から憎まれていようとも、自身の意思とは関係が無いと言い切れる、赤井秀一とはそういう男なのだ。

組織壊滅へ向けて作戦会議をしていた時から、降谷は一時的とはいえ共同戦線をはるのだから・・・と、わだかまりが消えたわけではなかったが、多少は赤井と話をするようになった。
そして、あの死闘をくぐり抜け組織を壊滅させた後、全てが終わり、降谷は遂に赤井と和解した。
大きな任務を終え、ようやく自分の気持ちにも整理がついたからこそ出来たことかもしれない。

想いを告白したのは赤井からだった。
和解後、気の置けない飲み友達のような関係を築きつつあった頃

「降谷くん、俺は君と友人関係で終わるつもりはないんだ。
 愛している。本気なんだ。どうか真剣に考えてはくれないだろうか」

ジャズが流れるバーのカウンターで突然愛の告白を受けたのだった。

「え・・・えっと・・・」

元よりそういった冗談を言う人間でないことは降谷にも今までの付き合いからわかっていた。
けれど、自分は男で、それも少し前までお世辞にも仲が良いとは言えない間柄だった相手だ。

「あの・・・なんで僕なんです?
 あなたほどの人なら、他にもいくらだってお相手は・・・」

「君じゃなければ意味がない。
 俺は他の誰でもない、君に惚れたんだ」

「で、でも・・・僕、男ですよ?」

「愛に男も女もあるか」

「いや・・・そう、かも・・・しれませんけど・・・」

いつも強気な降谷だが、赤井の真剣な眼差しに捕らえられるとどうにも弱い。
それに不思議なほど、告白されて気持ちが悪いだとか、軽蔑するだとか、そういった気持ちに全くならなかった。

「降谷くん、俺の恋人になってくれ」

「あ、赤井・・・・・・」

右手をぎゅっと赤井の両手で握られても、全く嫌悪感を感じない。
むしろ握りしめられた右手から温かさを感じて、顔まで熱くなったぐらいだった。

「降谷くん・・・返事を聞かせてくれないか」

自分は男だし、公安の職務もあるし・・・などと様々な返事を思っていたが、ぐっと赤井の顔が近づいてきて翡翠のように輝く緑色の瞳に捕らえられてしまってはもう何も考えられなくて。

「・・・・・・ぼ、僕でよければ・・・」

真っ赤な顔で小さくコクンと頷くのが降谷の精一杯だった。
その瞬間

「Jesus!!ありがとう!!
 降谷くん・・・いや、零くん、愛しているよ」

力一杯赤井に抱きしめられて、その腕の中で降谷は真っ赤な顔で固まってしまった。

それからというもの、赤井と降谷は恋人の関係になった。
互いに多忙を極める身だから、逢瀬の回数はそんなに多くはない。
赤井は降谷と会えば直接触れて愛を囁き、会えない時には愛しているとメッセージを送った。
降谷は降谷で、いつも照れてしまってなかなか口には出せないけれど、赤井の腕の中で眠ることにも、何気ないメッセージのやりとりにも幸福感を感じていた。



そんなゆったりとした恋人関係を続けて2年が経った。
今では、赤井が仕事や休暇で日本を訪れる時には必ず降谷に連絡が入り、二人で一緒に降谷の自宅で過ごす・・・というのが日常になっている。
そして今日、久しぶりに赤井から連絡があった。

“クリスマスにはそっちに行けそうだ”

短いメッセージではあったが、かれこれ2ヶ月ぶりの連絡だった。
きっと潜入捜査でもしていたのだろう。
お互い忙しい身だから連絡が途絶えるのも仕方がないと納得はしていたが、どこかで無事だろうかと心配していたのも事実で、降谷はその連絡にほっと一息ついたのだった。
それと同時に、自分もクリスマスに休暇とまではいかないが、せめて定時で仕事を終えられるよう調整すべく、仕事を片付けることに決めた。

それからは怒濤の勢いで仕事をこなした。
それこそ寝る間も惜しんで。
そうこうしている内に12月も20日を過ぎ、いよいよクリスマスが近づいてくる。

「容疑者は確保した。
 後は任せていいな、風見」

「もちろんです。
 あの・・・降谷さん、このところ全然休まれてませんよね。
 今日はもうこれでお帰りになられては・・・」

大きな任務もひとまず山を越え、容疑者を確保したところで、ようやく区切りがついた。
風見の言う通り、ここのところ働きづめだったこともあって、そろそろ体力も気力も限界だった。

「そうだな・・・手持ちの案件はおおかた片付いたし、今日のところはそうさせてもらう」

降谷がそう言うと、風見はあからさまに喜んで

「後のことはお任せください!
 降谷さんはゆっくりお休みになってください」

力強く返事を寄越した。
降谷は、そんなに心配させていたのかと上司として自分もまだまだだと苦笑いで現場を後にした。

久しぶりに自宅に帰れると思ったものの、考えてみればしばらく仕事で留守にするからと冷蔵庫の中は空っぽにしていた。
クリスマスも近づいてきているし、そろそろディナーのメニューの準備もしたい。
そう思った降谷は帰宅前に米花デパートへと立ち寄ることに決めた。
普段は大型スーパーへ行くことが多いが、たまのイベントごとの時には少し奮発して良い食材を使うのが降谷の中での決まり事だった。
それもこれも、全ては恋人のため。
仕事人間で、愛だの恋だのといったものとは無縁だと思っていた自分がこんなことになるなんて思いもしなかった。

「すっかり絆されてしまったなぁ・・・」

ぼやくように小さく呟きながらも、足取りは軽い。
デパートへ向かいながら何気なく周りを見渡せば、幸せそうなカップルがいっぱいだった。
皆クリスマスを前に浮き足立っているのだろう。
そんな道行くカップルの一組にふと視線が止まった。

降谷の前方からやってきたカップルの男は、黒いニット帽に黒いジャケット、それにあの顔は・・・

「あ、赤井・・・??」

見間違うはずもない。
先ほどまで思い浮かべていた降谷の恋人だった。
しかし、今日の彼の隣には見知らぬ金髪の女性が居て腕を組んでいる。

「あなた・・・まだアメリカのはずじゃ・・・」

「れ、零くん・・・!!」

赤井は明らかにマズいといった表情をして頭を掻いた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

付き合って2年。
こういうシーンを想像しなかったわけではない。
けれど、実際に出くわすと何も言葉にならなかった。

「ねぇ、シュウ。
 この人、知り合いなの?」

沈黙を破るように口を開いたのは、赤井と腕を組んでいた女性で。
その甘い声色が降谷の頭にひどく響いて

「あ・・・すみません、知り合いに似ていたものですから。
 人違いでした・・・」

うつむいてそう言うのが精一杯で、そのまま二人のそばをすっと通り抜けた。

「待つんだ、零くん!!」

後ろから赤井の声が聞こえたが、降谷はかまわずに走った。

あれから走り続けて、どう家に帰り着いたかも覚えていない。
熱いシャワーを浴び、そのままベッドに潜り込んだ。
けれど、疲れているはずなのに一向に眠れる気がしない。

赤井の隣に居た女性は、背の高いモデル体形の美女で、二人はどこから見ても文句のつけようのないお似合いのカップルだった。
女性の美しく輝く長い金髪も、くびれたウエストも、すらりとした色白の脚も、どれをとっても完璧な美人だった。

(・・・まぁ、そうなるよな・・・)

付き合うことになった頃から、いつかはこんな日が来るかもしれないと思ってはいた。
自分は男だし、赤井の気が変わってしまえばそれまで。
そこで終わる関係だと。

スマホは着信やメッセージの受信を知らせるライトが点滅していたが、降谷は触れる気にもならなかった。

「あぁ・・・そうか・・・」

今、自分は決定的な言葉を突きつけられることに恐怖を感じている。
言われてしまったら全てが終わってしまうから。
それほど赤井の愛に溺れていたのだと嫌でも自覚した。

一緒にいればいつだって愛を囁かれ、身体中を愛された。
あの大きな腕に抱かれて眠るのは何よりの幸せだった。

「ダメだな・・・僕は・・・」

赤井と過ごしたこの2年ですっかり弱くなってしまった自分に言い聞かせるように呟くと、ぎゅっと目を瞑って布団にくるまった。



次の日、降谷は鬼のような勢いで仕事をこなした。
仕事に集中している方が降谷にとっては余計なことを考えずにすんで良かった。
けれど、そう思惑通りにことは運ばなかった。

「あの・・・降谷さん・・・」

「・・・何だ、風見」

「お客様がお見えになっていますが・・・」

「は?客??」

書類を処理している手を止めて、ふと顔を上げれば

「あ、赤井・・・!!」

入り口に立っていたのは赤井秀一だった。

「赤井捜査官がどうしても降谷さんに取り次いで欲しいと仰られまして。
 何か新しい事件の捜査ですか?」

降谷を見つけ、ズカズカと入ってこようとしている赤井を手で制すると

「・・・少し席を外す」

風見に小さく告げて、降谷は赤井を引っ張って部屋を出て行った。



「零くん、昨日のことだが・・・」

人通りの少ない非常階段のそばで、先に口を開いたのは赤井だった。

「・・・わかってます。
 僕はもう用済みってことですよね」

降谷は俯いて返す。

「ん?一体何を・・・」

「あの女性、とってもお綺麗でしたもんね。
 お似合いですよ」

「ちょっと待ってくれ。
 さっきから何を・・・」

愛した男から別れを切り出されるのはつらい。
それならば、いっそ自分から言い出す方がまだマシだ。
そう考えた降谷は、赤井から決定的な言葉が出るよりも先に、自分の口から告げてしまおうと早口でまくしたてる。

「いいんです、僕は。
 あなたとのこの2年、悪くなかったですよ」

「だから、何の話を・・・」

「あの人、大事にしてあげてくださいね」

「おい、零くん!!」

一向に話を聞いてもらえない赤井は、降谷の肩を掴むが

「うるさいっ!!」

降谷は赤井の手を払い退け、得意の右フックを繰り出すと、避けようと赤井がバランスを崩した隙に素早く階段を駆け下り、そのまま走り去った。

警察庁の中に居ては、また赤井と鉢合わせしてしまうかもしれない。
そう考えた降谷は、警察庁を出ることにした。
風見には悪いが、あれだけ怒濤の勢いで仕事を片付けていたから、少しぐらい抜けても問題はないだろう。

それにしても・・・

「はぁぁ・・・・・・」

降谷は思わず深くため息を吐いた。
自分でも女々しいなと思う。
恋人からの別れ話が怖くて、言い逃げるように言い放って飛び出してしまうだなんて。
本当なら、もっとスマートに別れを告げるつもりだったのに、本人を目の前にするとどうしても落ち着いて話すことができなかった。
昨日今日で気持ちの整理がつくほど、降谷にとって赤井との付き合いは浅くなかったのだ。

警察庁からフラフラと歩いて、気付けば怪しい雰囲気の店が立ち並ぶ一角へと足を踏み入れていた。
ドラッグの密売やいかがわしい商売をしているような、いつもなら捜査の対象としてしか見ていない風俗店ばかりが並んでいる。
さっさと通り抜けてしまおうと歩を進めると

「お兄さん、綺麗な顔してるね」

店と店の細い路地からふいに声が掛かった。
普段なら絶対に足を止めることなどないはずなのに、ろくに睡眠もとれていなくて判断力も鈍っていた。

「なんか欲求不満って顔してるよ?大丈夫?」

心配げに声を掛けてきた男は馴れ馴れしく降谷の肩に手を回す。

「ね、オレと楽しいことしない?」

「いや、僕は・・・」

手を振り払おうとした瞬間、よぎったのは昨日の赤井とあの女性の姿。
腕を組み、並んで歩く姿は本当にお似合いだった。

(そうだった・・・別に今更・・・)

恋人だった赤井はもう居ない。
「ハニートラップや浮気は絶対にしないでくれ」
と赤井は懇願していたが、その約束ももう関係ない。
もはや操をたてる必要などなかったのだった。

「大丈夫、オレに任せてくれたら気持ちよくしてあげるから」

(・・・・・・それもいいか)

それで今のこのぐちゃぐちゃになった思考から離れられるなら。
それで赤井のことを一時でも忘れられるならと、降谷は気だるげに小さく頷いた。
もう何もかもどうでも良くなっていた。



「はぁっ・・・はぁっ・・・」

誘われて路地裏へ移動した降谷は、男の持っていた酒を煽り身を任せていた。
その男が持っていた酒が、ライウイスキーだったのには思わず苦笑した。
どこまでも赤井の影がついてまわっているようで滑稽だった。

「はぁっ・・・んっ・・・」

誘ってきた男は豪語していただけあって、男の扱いに慣れていた。
壁に手をついた降谷の上着やシャツを後ろからはだけさせ、探るように愛撫してくる。
けれど・・・

(・・・・・・ダメだ・・・)

首筋を舐められても、胸をいじられても、いつものようには感じない。

(・・・違う・・・・・・)

それどころか、男から漏れる吐息も触れてくる手もゾワゾワと自身の身体に何かがまとわりつくようで落ち着かない。

ガチャガチャとベルトを外され、腰に手を這わされた。
男の手が降谷の下着に侵入してくる。
ペニスを指で舐めるようにツっとなぞられ、ぞわっと鳥肌が立った。

「ひぁっ・・・」

「へへっ、お兄さん気持ちいーんだ?」

降谷の声に興奮したのか、後ろからズボン越しに男の勃ったペニスを押しつけられる。

「ちっ・・・ちが・・・」

「またまた〜、ホントは気持ちいーんだろ?
 こんな感じやすい身体してさ」

言いながら男は無遠慮に降谷のペニスを撫で回した。

(い・・・嫌だ・・・!!)

男を振り払おうとするも、なぜか身体に力が入らない。
あの酒は開封済みだったし、もしかしたら何か一服盛られたのかもしれない。
ガクガクと足が震える。

(嫌だ・・・気持ち悪い・・・!!)

いつもなら、こんなミスは絶対に犯さない。
それほどまでに判断力が鈍っていたのだと、降谷は今更ながらに気がついた。

「ひっ・・・!!」

男の手がいよいよ降谷の後孔に触れ、思わず悲鳴が上がった。

「や、やめ・・・」

抗おうとするものの、身体には全く力が入らない。

「今更やめられるかよ」

男はそう言うと乱暴に降谷の後孔に指をあてがった。

「ひっ・・・や、やだっ・・・!!」

気持ちよさなど微塵も感じない。
ゾワゾワと鳥肌が立って嫌悪感しかなかった。
思わずぎゅっと固く身体が強張る。

「嫌だっ・・・いやっ・・・あ、赤井っ・・・!!」

そう思わず叫んだ瞬間

「ぐえぇっ!!」

男の潰れた声と共に指が遠のき、目を開けば足下に転がっている男が見えた。
ガクガクと力が入らない膝を一生懸命に動かして振り向けば

「随分と扇情的な格好じゃないか・・・零くん」
今、まさに名前を呼んだ男が立っていた。
「な、なんで・・・あか・・・いだだだっ!!」
はだけたシャツの隙間から思い切り乳首をつねられて、思わず濁った悲鳴が漏れた。
あまりの痛みに、生理的な涙までこぼれる。
「まったく・・・こんな男と浮気するなんてな」
赤井は地面に転がっている男を足で小突きながら、ようやく手を離した。
「ううぅ・・・いったぁ・・・」
未だに力の入らない降谷は胸を押さえながら、壁に寄りかかる。
そこへガンッと音がするほど強く赤井の右手が壁を叩き、同時に左手で顔をつかまれ視線が合うように無理矢理赤井の方へ向けさせられる。

「浮気もハニートラップも許さないと散々伝えたのに、これはどういうことだ?」

「浮気もなにもっ・・・あなたの方が最初に・・・」

「昨日の彼女の件だろう?
 彼女は有希子さんの知り合いで、ただ俺の買い物に付き合ってくれていただけだ」

「で、でも・・・腕まで組んで・・・」

「彼女が転んで捻挫をしたから手を貸しただけだ」

「えっ・・・え・・・??」

「確かに、君を驚かせようと日本に来ていることを知らせなかった俺も悪い。
 だから、昨日から何度もそう説明しようとしていただろう」

「え・・・でも・・・」

「俺は誓って浮気なんかしていない。
 あの女性とは何の関係もない。
 俺には零くんだけだ」

「そ、そう・・・ですか・・・」

なんということだ。
昨日から悩みに悩み抜いて、自分から別れを切り出そうとしたのに、結局は降谷が一人勘違いした挙句、空回りしていただけだったのだ。
降谷は恥ずかしくて、自分でもわかるくらいに顔が熱くなった。

「で?君はこんなところで浮気か?」

「へっ!?」

一段低くなった声色に驚いて視線を戻すと、明らかな怒気をまとった赤井が目の前に居て。
確かに、勘違いして自暴自棄になっていたとはいえ、勝手に別れを切り出し、どこの誰とも知らぬ男に抱かれようとしていた。
結果的には浮気と同じだ。
恥ずかしさで真っ赤にしていた顔がみるみる内に青ざめていく。

「昨日から随分とおいたが過ぎるようだな・・・零?」

その瞬間、降谷は自身の血の気がザァッと引く音を確かに聞いた。



「ぎゃあっ!!いたっ・・・痛いぃっ!!」

あの路地裏から、赤井の愛車で降谷の自宅まで引き上げてきた。

「やっ・・・ホントに、痛いってぇー!!」

そして現在、降谷はリビングのソファに座る赤井の膝の上でもがいている。
帰り着くなりソファに連行され

「おいたが過ぎる零にはお仕置きだ」

そう宣告されて、赤井の膝の上に腹ばいで乗せられると、バシン!とお尻を叩かれた。
降谷は30を越えた大人が、こんな子供みたいにお仕置きされるなんて・・・と散々抵抗はした。
だが、結局は力では敵わなくて未だに赤井の膝から逃げられない上に、下着まで下ろされてビシバシとお尻を叩かれている。

「やだっ・・・痛いぃっ!!」

「当たり前だ。痛くしている」

「うぅぅっ・・・だって、あんなの見たら誰だって・・・!!」

「だから、それは君の勘違いだと言っただろう。
 説明しようと何度電話しても出ないし、メールも返ってこない。
 どれだけ心配したと思ってる」

「ぎゃぁっ!!」

バシィッ!!と一際大きな音がして、降谷はのけぞった。

「今日だってせっかく警察庁まで行ったのに君は逃げてしまうし」

「だ・・・だって・・・」

「だって、なんだ?」

「うぅぅっ・・・別れ話かと・・・」

「そんなわけないだろう!」

「ぎゃんっ!!」

バシィンッ!!とこれまた大きな音をたててお尻を引っ叩かれる。
赤井の大きな手で何度も叩かれ、降谷のお尻はすっかり真っ赤になってしまっている。
ジンジンと熱をもって、とにかく痛くてたまらない。
それなのに、赤井の手はちっとも止まってくれる気配を見せない。

「急いで追いかけてみれば、君は路地裏で浮気中ときた」

「うぅ・・・あ、あれはっ・・・」

「以前から浮気とハニートラップは許さないと口酸っぱく言ってあっただろう」

「や・・・だから、あれは不可抗力というかっ・・・」

「浮気したらどうなるか・・・しっかり身体に教えてやろうな、零」

怒気を増した赤井に、降谷は思わずヒュッと喉の奥が鳴った。



それからはもう散々で。
昨日赤井の前から走り去った後から、路地裏で男に声をかけられ浮気に至るまでの顛末や、降谷が以前から抱えていた不安までも赤井の膝の上で白状させられて。
お説教の言葉と共に数えきれないぐらいの平手がお尻に飛んできて、降谷はボロボロに泣かされた。
痛みには強い方だと自負していたが、赤井はそれ以上に容赦がなかった。

「うえぇっ・・・ひっ・・・ひぐっ・・・」

未だに降りやまない平手の嵐に、もはや抵抗する気力もなくグスグスとすすり泣くだけ。
子供のように膝に乗せられ、お尻を真っ赤にされて泣かされている姿からは、普段の気高い公安エース・降谷零の姿など見る影もなかった。

「さて、零。
 反省はできたか?」

「ひぐっ・・・ううぅっ・・・」

返事をしようとするもののろくに声にならなくて、降谷は呻きながらコクコクと首を縦に振った。

「じゃぁ、そろそろ仕上げにしよう」

赤井がゴソゴソとソファの傍のラックを漁る音がして、冷たい感触が降谷のお尻にあてがわれる。
驚いて振り返れば、赤井の左手に握られていたのは、重みのある黒檀の洋服ブラシだった。

「あ、あかい・・・まさか・・・」

「あぁ。二度と浮気なんて馬鹿な考えが及ばないよう、これでしっかり懲らしめてやろうな」

ニッコリと笑った赤井の目は全然笑っていなくて

「い、いやっ・・・もうむりぃっ・・・!!」

本気であのブラシで叩く気なのだと知らされた降谷は、何とか逃れようと身体を動かそうとするが、がっしりと押さえられていてびくともしない。

「あかいっ・・・ごめ、なさっ・・・ぼくが、わるかったからっ・・・!!」

散々引っ叩かれて降谷のお尻はもう真っ赤。
腫れあがってところどころ青痣さえできて、痛くて痛くてたまらない。
平手だけでもこんな状態なのに、道具で叩かれるなんて恐ろしすぎて考えられない。

「も・・・しないからぁっ・・・!!」

必死に謝るものの、無情にもブラシは振り下ろされて

バチィィンッ!!

「ひいぃぃっ!!」

強烈な音とともに焼けつくような痛みが襲ってくる。

「うえぇぇっ・・・ほんとに、も・・・わあぁぁんっ!!」

それから20ほどブラシが降ってくる間に「ごめんなさい」「もうしません」を必死に繰り返して、ようやく赤井のお許しが出た頃には、降谷はぐったりで膝から起き上がる気力もなかった。
そのままずるずると床に座り込む。
そっと触れたお尻は自分のものとは思えないほど熱くて、ボコボコになっていた。

「ぐすっ・・・ううぅっ・・・」

「零くん、れーい」

赤井がいつもの声色で呼ぶが、涙と汗でぐちゃぐちゃになっている顔をなかなか上げられない。

「ほら、何を拗ねてるんだ?」

そっと赤井に抱き起されて、膝の上に向い合せに座らされ、顔を覗き込まれると降谷はますます俯いた。

「だって・・・僕、勘違いして・・・こんなっ・・・」

散々にお仕置きされて許されたが、男に誘われて結果的には犯されはしなかったものの、浮気行為を働いてしまったのは事実だ。

「元はといえば、日本に居ることを君に知らせなかった俺にも非はある。
 そんなに気に病むことはないさ」

「でも、僕は・・・」

「その件については、ここで償っただろう?」

「いぃっ!!」

ニヤリと笑った赤井にペンッ!と軽くお尻をはたかれて降谷は悲鳴を上げた。
すっかり腫れあがっているお尻には、少しの衝撃も激痛だった。

「それでもまだ気に病むというなら・・・」

言いながら赤井は、降谷の額にコツンと何かを当てた。

「ん・・・?」

「一生浮気はしないと誓いをくれないか」

「え・・・」

そっと手のひらに乗せられたのは、小さな小箱で。
開けるとそこには光輝くプラチナリングがふたつ。

「あ、赤井っ・・・これって・・・」

「昨日の彼女、君の手と大きさが似てるんだ。
 だからサイズ合わせに付き合ってもらった」

「そう・・・だったんですか・・・」

降谷が赤井とあの女性のことを勘違いした原因が、まさか自分のためだったとは想像もしなかった。
聞けば、降谷の手の大きさに近い女性を探して、有希子に紹介までしてもらったという。
どこまでも赤井は自分のことを考えてくれていたんだと、思わず胸が熱くなった。

「降谷零くん、君を一生愛すると誓う。
 どうか俺と生涯を共にしてくれないか」

「赤井・・・・・・」

幼い頃から愛された記憶がとにかく乏しく、大人になってからも潜入捜査のための愛想笑いと上辺だけの人間関係を続ける日々。
信頼できる人間はいるものの、『降谷零』という人間の中身をさらけ出した上で愛してくれたのは目の前のこの男だけ。
以前は憎みすらした、この赤井秀一だけ。

「零、返事を」

「僕は・・・・・・」

赤井に優しく頭を撫でられて、じんわりと自然に涙がこぼれた落ちた。

「・・・零」

「・・・・・・ぼ、僕でよければ・・・」

震える声で小さく降谷が呟くと

「君がいいんだよ」

背中をぐっと引き寄せられ、口唇を奪われた。

「んっ・・・んぁっ・・・ぁ」

赤井の舌が歯列を割って、降谷の咥内を少々乱暴に犯していく。

「はぁっ・・・んっ、んんっ・・・!!」

久しぶりに重ねたキスは、ビリビリと電撃が走るようだった。

「んっ・・・はぁ・・・はぁっ・・・」

あんな路地裏の男とは比べ物にならない快感が全身を駆け抜ける。
口唇が名残惜しそうに離れると、降谷の身体はそのままソファへと倒された。

「零くん、愛しているよ」

「ふふっ・・・僕もです。
 ・・・あ、でも僕、今こんななのでちょっと・・・」

ソファに寝かされていても、さっきお仕置きされて真っ赤に腫れあがったお尻がとにかく痛む。
デコボコになっているし、見た目にも綺麗とは言えない。

「心配ない。君はどんな姿になっても美しい」

「あなた・・・ホントそういうところ変わりませんね」

そう言って、降谷はおかしそうに笑った。

2年前の告白の時から、赤井は何も変わらない。
降谷を全身全霊で愛してくれる。
それは、今日も明日もこれからもずっと変わらないだろう。
降谷はそっと目を閉じ、愛する人と幸せそうに口唇を重ねた。



二人が愛を確かめ合った翌日、警察庁に登庁した降谷を待ち構えていたのは部下の風見だった。

「降谷さん!!ご無事で何よりですー!!」

今にも泣きださんばかりの風見を前に、昨日仕事を途中で抜け出していたことを思い出した。
後で連絡するつもりだったが、色々あってすっかり抜け落ちてしまっていた。

「途中で連絡が取れなくなって、何かの事件かと・・・!!」

さすがに赤井との喧嘩や、その後のことなどを正直に風見に話せるわけもない。

「す、すまない・・・ちょっとFBIの捜査に協力していて・・・」

ごにょごにょと語尾を濁しながら、心配性な部下をなだめる降谷の首元には、キラリと光るプラチナチェーン。
そのチェーンの先は、赤井との一生の誓いへと繋がっている。