ぷちらば


トリプルフェイスの協力者

ザザッ・・・ザザッ・・・と短い波音しか聞こえない海辺の倉庫街に、小さな影がひとつ。
本来ならば辺りを明るく照らすはずの街灯はチカチカと切れかかっていて、大した道しるべにはならない。
そんな暗闇の中、小さな影は月の光を頼りに倉庫と倉庫の間をサッと移動して行く。
倉庫の壁に隠れて、ふと足を止めた影は、かけていた眼鏡のつるを右手で操作し、目標の位置を確認すると
「ふぅ・・・」と小さく息を吐いた。
映し出された映像からすると、目指す場所は近い。
あと3ブロックといったところか。
更に目標へ近づこうと一歩を踏み出したその瞬間

「こんなところで、何をしているのかな?」

聞き慣れた声が後ろから響く。
驚いて振り向けば、眼前に見えたのは闇夜を照らす月光のような金色の髪を持つ男。

「あ、安室さん・・・ッ!!」

名前を呼ばれ、ニッコリと笑った口元とは裏腹に

「こんなところで会うなんて奇遇だねぇ・・・コナンくん」

マリンブルーの瞳には静かな怒気が映っていた。



コナンがその情報を手に入れたのは偶然だった。
小五郎がとあるテロ事件の解決に協力した時に、逮捕されたテロリストが喚き散らしていたのだ。
このテロ事件を指示していたのは、自分ではなく黒ずくめの男で、そいつが黒幕だと。

そのテロリストの言う黒ずくめの男が、コナンの追うジンやウォッカが居る黒ずくめの組織と関係があるかはわからない。
けれど、少しでも奴らの情報に、APTX4869に、工藤新一の姿に戻る可能性に近づけるのなら。
コナンには追わない理由などなかった。

警察の事情聴取の内容をなんとか引き出し、黒ずくめの男が現われるかもしれないアジトの場所を突き止めた。
そこに少しでも情報が残っていれば儲けもの。
コナンにとっては、あのテロリストが黒ずくめの組織と関係があるのかないのか、それがわかるだけでも良かった。
関係がなければ、テロ組織の壊滅へ、もし本当に自分の追う黒ずくめの組織と関係があったなら、元の身体に戻れる可能性に一歩近づける。

警察からの情報では、アジトである海辺の倉庫へ明日にでも家宅捜索が入るようだった。
今回のテロ事件を解決した毛利探偵事務所の関係者とはいえ、コナンはまだ小学生。
当然ながら、いくら頼み込んだとしても一緒に捜査などさせてはもらえない。
となれば、コナンに残された道はひとつ。
今夜の内に警察よりも先にアジトへ忍び込み、自分の求める情報を手に入れるしかない。

当然ながら夜中に小学生が一人で出掛けるなど、同居している蘭が許すはずもない。
コナン自身も余計な心配をかけるのは本意では無いから、阿笠博士に協力してもらい
適当な理由をつけて今夜は博士の家に泊まるということで、口裏を合わせてもらったのだった。
そんなやっとの思いでの単独捜査中に、まさか安室に出くわすとは思ってもみなかった。



安室透は、以前に毛利小五郎が解決した事件現場に居合わせた私立探偵だ。
その際、小五郎に感銘を受けて弟子入りし、現在は探偵事務所の下にある喫茶店・ポアロで働きながら小五郎の助手をしている。
だが、その実、安室はコナンの宿敵である黒ずくめの組織の探り屋でもある。
コードネームはバーボン。
酒にちなんだ名前を与えられているあたり、組織での地位もそれなりにあるようだ。
だが、彼にとってはそのバーボンですら仮の姿。
その正体は、警察庁警備局警備企画課・通称ゼロに所属する公安警察の潜入捜査官である。
私立探偵の安室透、黒ずくめの組織のバーボン、公安警察の降谷零。
彼は、その3つの顔を器用に使い分けている。

コナンとは、断然ポアロの店員である安室透として接することが多かった。
小五郎や蘭と一緒に食事をしにポアロへ行ったり、またポアロは探偵事務所と同じ建物なので、学校からの行き帰りに偶然会ったり。
同級生の少年探偵団の子供たちとも一緒に遊んでくれるし、ポアロのお客からも老若男女皆に評判が良い。
お客の中には、安室を目当てに来店するファンもいるほどだ。
とにかく『愛想も人当たりも良く、優しい面倒見の良いお兄さん』といったイメージの安室だが
暗い倉庫街で声を掛けてきた安室は到底そんな雰囲気ではなかった。



「ねぇ、コナンくん。
こんなところで何をしているんだい?」

いつもよりもずっと低い声。
冷ややかな瞳で見つめる安室と対峙するコナンは思う。
目の前に居るのは、いつもの安室ではない。

(今のこの人は、降谷さんか・・・それとも・・・)

コナンとて警戒していたはずなのに、近づいてくる足音も、気配さえも何も感じなかった。
3ブロック先のアジトを使っていたのは本当にあの黒ずくめの組織で、今の彼はバーボンとして仕事をしている最中なのかもしれない。
だとすれば、コナンがあのアジトを探ろうとしていた理由を暴かれる可能性もある。
江戸川コナン=工藤新一であることは、絶対に組織へ知られてはならない。
もし、その秘密がバレたら、周囲の人間にまで危害が及んでしまう。
目の前に居る男が、もしもバーボンとしてコナンの前に現われたのだとしたら・・・そう考えると、迂闊に返事は出来ない。

「・・・・・・・・・」

コナンはどうにか打開策をと頭をフル回転させながら、ギッと安室を睨むだけだった。
対して安室は、何も答えないコナンを見下ろしながら、ふっと短く息を吐く。

「・・・風見、もういいぞ」

安室が耳に引っ掛けていたワイヤレスイヤホンに触れながら指示を出した途端、倉庫の影から何人もの人間が出てきて、コナンを取り囲む。
安室が口に出した風見という名の刑事はコナンも知っていた。
警視庁公安部の刑事で、ゼロからの指示を直接受けられる数少ない精鋭の一人だ。
その名前を呼ぶところを見ると、今目の前に居る男は、公安警察の降谷零であるらしい。

「降谷さん!」

それを裏付けるかのように、風見が安室をそう呼び、近づいてくる。

「あの、降谷さん、この子は・・・」

「あぁ、お前も知っているだろう。小さな名探偵だよ」

今の彼がバーボンでなかったことに、コナンはホッと安堵を覚えつつ、今度は公安警察が現われた今のこの状況に焦っていた。
コナンの周囲は刑事が取り囲んでいる。
今、この状況で警察に保護されてしまったら、目的であるアジトの捜査も出来ないし、安室が保護者である小五郎へ連絡してしまうだろう。
そうなっては、阿笠博士の家へ泊まると言った嘘がバレてしまう。
安室がバーボンとしてでなく、公安警察としてコナンに声を掛けたのだとしても、コナンにとってあまり好ましい状況でないのは明らかだった。

「あの、安室さん・・・」

そっと声を掛けて様子を窺うコナンの目の前で

「あぁそうだった。風見、もうそれ取っていいぞ」

安室は風見へ手を伸ばすと、スーツの襟の裏から小さなボタンのようなものを取り出した。

「あっ・・・!!」

「あの博士は本当にすごいね。この間よりも性能が上がっている」

感心したように呟くと、発信機付き盗聴器をコナンの目の前で握り潰した。
小さく破壊音がすると同時に、受信していたコナンの眼鏡からブツッと音声が途絶える。

「公安に二度も同じ手が通用すると思うな」

「く・・・ッ!!」

してやられた。
今回はテロ事件であったから、公安が動くであろうことは予測できていた。
だからこそ、コナンは風見に接触し、悪いと思いながらも彼に盗聴器を仕掛けた。
事情聴取の内容や捜査の進捗を知るために。
こうでもしなければ、一介の小学生が捜査に関わることなどできない。
気取られてはいないと思っていたのに、まさか見抜かれて泳がされていたとは・・・。
コナンはまんまとおびき出されてしまった形だ。
色々とまずい状況になったと、青い顔で俯くコナンに

「さぁて、コナンくん。ちょっと僕とドライブしようか」

安室はニッコリと微笑んだ。



いきなりドライブに誘われて、コナンはわけがわからないまま、とあるマンションへと連れ込まれていた。
あの後、安室は風見に事後処理を託して、コナンを有無を言わさず抱え上げ、愛車のRX−7へと押し込んだ。
車内では気まずい空気を味わいながら、コナンは車窓を流れる倉庫街の景色がドンドンと離れていくのをただ見つめるだけだった。

「ほら、入って」

「お、お邪魔します・・・」

安室に促されて靴を脱いで部屋へと上がる。
玄関を入るとキッチンとダイニング、その奥には部屋がある2DKの一般的なタイプの住まいだ。
ダイニングを通り抜け、畳の部屋へ通されたコナンは、ぐるりと部屋を見回した。
ロータイプのベッドにローテーブル、その脇にはギター、そして壁にはトレーニングウェアが掛けられている。
飾り気のないシンプルな部屋だ。

(ここって・・・安室さんの部屋なのかな?)

そっと考えを巡らせていると

「ここは、安室透名義の部屋だよ」

またしても後ろから声を掛けられ、コナンはビクリと肩を震わせた。

「安室さん・・・」

「ここには公安の捜査資料は何も置いてないからね。家捜ししても無駄だよ」

言いながら安室は歩を進め、ベッドへ腰掛けた。
コナンが未だに立ち尽くしていると、安室はひとつ深く息を吐き

「・・・・・・さて、コナンくん」

ジロリとコナンを見やった。
その青い瞳は、やはりあの倉庫街で見た静かな怒気を含んでいて

「・・・・・・・・・」

コナンは返事も出来ず、ただ俯くだけだった。

「僕は、確か君に忠告したよね?今回の事件には関わるなって」

確かに言われた。
小五郎があのテロ事件を解決した後で、犯人が黒幕が別にいると喚き散らしていた最中のことだったと記憶している。

『後は警察に任せて、君は大人しくしているんだよ?』

密やかにではあったが、安室は確かにそう言った。
有無を言わせぬ視線でコナンを射抜きながら。

その安室の言う『警察』が、『公安警察』だろうことはコナンにも察せられたけれど、だからといって
組織の情報に近づけるかもしれないこのチャンスを逃すわけにもいかなかった。
何と言っても、自分自身に大きく関わる問題なのだから。

安室からは公安に任せるようにと暗に釘を刺されたが、コナンは諦めなかった。
風見になんとか発信機付きの盗聴器を仕掛け、動向を探り、ついにアジトの場所まで突き止めたのだ。
あとは隙を見て、アジトに侵入し単独で捜査するつもりだった。
まぁ、結果はあと3ブロックというところで、安室に捕まってしまったのだけど。

「君は今回、自分がどれだけ危険なことをしたのかわかっていない。
 僕たち公安に任せておけと言っただろう」

「で、でもっ・・・!!」

「『でも』じゃない。僕だって君の勇敢さは知っている。
 だが、勇敢なのと無謀なのは違うだろう?」

「無謀なんかじゃ・・・」

「あの時、もし僕がバーボンとして君の前に現われていたら?」

「それはッ・・・!!」

確かにあの時に頭をよぎった不安。
安室が黒の組織の一員として、目の前に現われていたとしたら。
背後にジンやウォッカ、ベルモットら幹部が居たとしたら。
自分ひとりではとても太刀打ちできる状況ではなかっただろう。
間違いなく消されていた。

「今回の件は、君が思うよりも危険だったんだよ」

「そう・・・かもしれない・・・けど・・・ッ!!」

どうしても工藤新一に戻りたい一心だった。
そう告げられれば良かったが、安室にはその秘密を明かしていない。
ぐっと押し黙ってしまったコナンをジロリと見やると、安室は

「・・・君は少し痛い目に遭った方が良さそうだ」

言いながらコナンの腕をぐっと引き寄せた。

「わわっ・・・!!」

急に腕を引かれてバランスを崩したコナンは、転びそうになりながら安室の胸へと飛び込む。

「ちょっと、何す・・・」

コナンが文句を言い終えるよりも先に、ベッドへ座っていた安室はコナンの身体を抱え直し、自らの膝の上へ腹ばいにさせた。

「あ、安室さん・・・!?」

突然ぐるりと廻った視界に驚いて、身を捩って逃げようとするが、ガッチリ押さえ込まれていて、びくともしない。
コナンが戸惑っている間にも、安室はスルスルとコナンのズボンも下着もずらしてしまい、小さなお尻が外気に晒される。

「ちょ、ちょっと安室さん!?」

この姿勢に、この状態。
否が応でも思い起こされる苦い記憶。
工藤新一が本当にコナンくらいに幼かった頃、味わったことがある痛い思い出。
まさか・・・と、ダラダラと冷や汗が吹き出る。

「言っただろう?君は少し痛い目に遭った方が良さそうだって。
 ・・・・・・お仕置きだよ、コナンくん」

ポンッとお尻に乗せられていた安室の手の平が離れた瞬間――――

バチンッ!!

「いッ・・・!!」

弾けるような音が響き、コナンに衝撃が走る。
それから一瞬遅れてお尻にじんわりと広がる痛みと熱。
間違いない、今コナンはお尻を叩かれたのだ。

「ちょっ、ちょっと待っ・・・」

言いかけたところで、バチンッ!ともう一回。

「ひぁッ・・・!!」

思わず悲鳴が上がる。
その後も、何度もパチンッ!パチンッ!と安室の手の平が落ちてきて、その度にコナンは短く悲鳴を上げた。

パチンッ!!バチンッ!!

「いっ・・・や、やぁっ・・・!!」

バチンッ!!バチンッ!!
「いたっ・・・ひぁっ・・・!!」

ゆっくりとしたペースではあるが、安室の手は確実にコナンのお尻を赤く染めていく。

バチンッ!!バチンッ!!

「あむろさっ・・・やめっ・・・いたぁっ!!」

何度も降ってくる痛みに、コナンはとうとう耐えきれず、ジタバタを手足を動かして何とか安室の膝から逃れようとするが
ガッシリと腰を掴んでいた安室の腕は微動だにしない。
さすが日々トレーニングを怠らない公安捜査官。
小学生が暴れたところで、何の影響もなかった。
コナンが必死に動かした手足は虚しく空を切るばかりで、その間にも安室の手の平がコナンのお尻に降ってくる。

パチンッ!!バチンッ!!

「いぁっ・・・あむろさっ・・・!!」

バチンッ!!バチンッ!!

「ひっ・・・やめっ・・・!!」

安室の手の平はすっぽりとコナンのお尻を覆うほど大きいし、ボクシングをやっていることもあってか厚みもある。
そんな手の平で何度も何度も叩かれ、コナンのお尻はすっかり真っ赤だった。

「うぅ・・・うえぇぇっ・・・!!」

叩かれたお尻がじんじんと痛くて、熱くて。
でもどんなに暴れても全然逃れられなくて。
最初でこそ、本来なら高校生の自分がこんなお仕置きをされるなんて・・・と恥ずかしい思いでいっぱいだったが
今はもう、何も言わず静かに怒る安室は怖いし、いつ終わるかもわからないこのお仕置きも怖くてたまらなかった。

パチンッ!!バチンッ!!

「ひぅぅっ・・・わあぁぁんっ!!」

とうとうボロボロと涙をこぼし始めたコナンを見て、安室は一旦手を止め

「うっ・・・うぅぅっ・・・」

ぐすぐすと泣きじゃくるコナンの頭をポンポンと撫でる。

「う、あ・・・あむろさ・・・」

一生懸命に安室の方へを振り返ったコナンは涙をボロボロと溢れさせていた。
安室はふっ・・・と短く息を吐くと

「・・・眼鏡、取っておこうね」

涙の粒で濡れてしまっている眼鏡をそっと外してローテーブルに置き、今度は指の腹で顔を拭いてやった。

「ううぅ・・・あむ、あむろさ・・・」

グスグスと鼻を啜りながら、弱々しく安室を呼ぶ声は、いつもの勝気な名探偵ではなく、本当にただの小学生そのもので。

「君が本当にただの小学生なら、ここまで叱らないんだけど・・・」

「え、なに・・・??」

安室がポツリと漏らした本音は、グスグスと泣きじゃくっているコナンの耳には届かなかったらしい。

「まだ、終わらないよって話」

「そんなぁっ・・・!!」

これ以上はお尻が痛くて耐えられない。
コナンがジタバタと膝の上から逃げようとするが、安室は難なく押さえ込むと、バチンッ!!とまた平手を打ち据えた。

「わぁぁんっ!!」

途端にコナンから悲鳴が上がるが

「もう少し、痛い目に遭って反省してなさい」

それを無視して、安室は腕を振り上げる。

パチンッ!!バチンッ!!

「うぇぇっ・・・いたぁっ!!」

「まったく君って子は・・・任せておけと言ったのに、無茶をやらかすんだから」

バチンッ!!バチンッ!!

「だっ・・・だってぇっ・・・!!」

「特に、捜査官に盗聴器を仕掛けるなんて言語道断!」

バチィンッ!!

「わあぁぁんっ!!」

ひときわ大きな音が響いて、コナンはビクッと大きく身体を震わせた。
小さな両手でぎゅっと握りしめていたシーツは依れてシワだらけ。
そこへ涙がポタポタと落ちて、すっかり色も変わってしまった。

「うえぇぇぇっ・・・いたいぃっ・・・!!」

とにかくお尻が燃えるように熱くて、痛くて痛くてたまらない。
すっかり心まで小学生に戻ってしまったように、コナンは体裁など構わず泣きじゃくり、降ってくる平手の嵐にただただ耐えるしかなかった。



確かに安室は「後は警察に任せて大人しくしていろ」と忠告していた。
それは、コナンがまだ子供だから事件に関わるなという警告でもあるだろうが
もしかしたら本当に黒ずくめの組織が関わっていて危険だったからかもしれない。
それなのに、コナンは安室の忠告を聞かず、自分の事情を優先させて、風見にまで迷惑をかけた。
盗聴器の存在が知られていたとすると、公安警察の捜査にも支障が出た可能性もある。
これでは公安を指揮する安室が怒るのも無理はない。

まだ終わらないと宣言されてからも、お説教と共に嫌と言うほどお尻を叩かれて、顔は涙でぐちゃぐちゃ。
熱を持って痛むお尻はすっかり腫れ上がっていて、当分は椅子に座れないだろう。
だが、それほど安室を怒らせた原因はコナン自身。

バチンッ!!バチンッ!!

「ふぇぇ・・・あむろさっ・・・ごめっ、なさぃぃ・・・」

もう遅いかもしれないけど・・・と思いながら、コナンは必死に安室に縋る。

「も・・・ゆるしてぇっ・・・!!」

コナンは泣きじゃくりながら絞るように震えた声で告げ、次の衝撃に備えてぎゅっと更に強くシーツを握りしめた。
けれど、いくら待っても、備えた衝撃は襲ってこなかった。
代わりに安室の溜め息が聞こえ、ふわっと身体を持ち上げられる。

「あ・・・あむろさん・・・」

「ホントに君は困った協力者だよ」

言いながらコツンとコナンの頭を小突いた安室は、いつものポアロの顔で。

「ふぇっ・・・うえぇぇんっ!!」

許されたんだ。
そう思うと、ホッとした安堵の気持ちも、お仕置き中に感じていた恐怖も、自分が子供のように泣いている事実も、何もかもが溢れ出して止まらなくなった。

「もう危ないことはしないでくれよ?」

「わかっ・・・わかったぁっ・・・ふえぇぇっ!!」

そんなわぁわぁと泣きじゃくるコナンの頭や背を安室は泣き止むまでそっと撫でていたのだった。



「少しは落ち着いたかい?」

散々安室の肩口に縋り付いて泣きじゃくった後、落ち着くからと梅昆布茶を淹れてもらったコナンは、今現在ベッドに腰掛けた安室の膝の上に座っていた。
畳の上にはお尻が痛くて直接座れないのだ。

「・・・なんとか」

ずずっとお茶を飲みながら、コナンはそわそわと落ち着かない。

「安室さん・・・このこと蘭・・・ねーちゃんには・・・」

アジトの捜査も気になるが、目下コナンの心配はこちらだった。
阿笠博士の家に泊まると蘭には告げているから、ここで安室に連絡されてしまったら嘘がバレてしまう。
バレれば小五郎からも蘭からも叱られるだろう。
それに、常日頃から事件に遭遇しているコナンとしては、特に蘭にはこれ以上余計な心配を掛けたくなかった。

「君はいつも蘭ねーちゃんの心配ばかりだな」

「だって・・・」

しゅん・・・と俯いたコナンの顔が、また今にも泣き出しそうに歪む。
安室にとっては、小五郎や蘭に連絡しようがしまいが、正直なところ大した問題ではなかった。
今回の最優先事項は、コナンの保護だからだ。
しかし、コナンに貸しを作っておくのも悪くはないか・・・と、黒い腹積もりが頭をちらついたのも事実で。
結局は

「・・・いいよ。
今回は反省したみたいだし、見逃してあげる」

そう優しく告げるに至った。

「ホント!?」

パッと顔を上げて安室を見つめるコナンの顔は、本当に嬉しそうに目を輝かせていて、子供らしい。

ふと時計を見ると、時刻はもう深夜0時をまわっていて

「ふぁ〜・・・」

コナンからは長いあくびが漏れる。
中身は高校生といえど、身体はまだ小学生。
それに今夜は暴れて泣いて、随分体力を使ってしまったから、もう限界だった。

「さぁ、もう寝なきゃね」

言いながら、安室はコナンをそっとベッドへ横たえらせると

「梅昆布茶は疲労回復に良いし、きっと今夜はよく眠れるよ」

ニコリといつもの笑顔で教えてくれた。

(・・・お尻が痛くて寝らんねーっての!)

コナンは内心毒づいたが、口に出して更にお説教を喰らってはたまらない。
未だにズキズキと痛むお尻を撫でながら小さくコクンと返事をして、目を閉じた。

今日は、あまりにも色々なことが起きた。
自分が出し抜いていたと思っていたのに、安室にはお見通しで返り討ちにあったこと。
いつもニコニコと愛想の良い男が、怒るととにかく怖いこと。
安室のお仕置きは厳しいこと。
けれど、最後にはいつものように優しくしてくれること。
コナンは今日だけでも、トリプルフェイス以上に色々な安室の顔を見た気がしていた。

結局、アジトの捜査は出来なかったけれど、明日起きてからねだったら、多少は教えてもらえるだろうか。
それとも、公安として教えられないと突き放されるだろうか。
そんなことを考えていたら、目蓋が重みを増してきて、遂にコナンは意識をも手放した。

すぅすぅと寝息を立て始めて眠るコナンを安室はベッドの側で見守っていた。
細い腕に小さな手足。
ふにふにと柔らかく軽い身体。
その姿は、本当にただの子供だ。
それなのに、コナンは内に安室ですら借りたくなるほどのとんでもない力を秘めている。
今回の件だって、確かにコナンなら一人でも何とか出来たかもしれない。
けれど・・・

「盗聴器なんて回りくどいことやってないで・・・協力者の俺を頼ればいいのにな」

コナンに安室へ協力したい気持ちがあるように、安室にだってコナンへ協力する気持ちはある。
ポツリと呟いた安室の独り言は

「んんぅ〜・・・」

コナンの寝言と混じって、深夜の闇に溶けていった。



「降谷さん!!大変です!!」

「どうした?」

デスクワークに追われている安室の元へ、風見が走り込んでくる。

「米花銀行に爆弾を持ったテロリストが立てこもっています!!」

風見が言いながら資料を渡すと、安室は奪うように受け取り、机に資料を広げる。
人質は女性や老人を中心に30名程度。
犯人の人数も爆弾の種類もまだ何も特定できていない。

「真偽はわかりませんが、犯人は過激派集団の名を出しています」

急がなくては、いつ何時犠牲者が出てしまうかわからない。
焦る安室の視界に飛び込んできたのは、現場の防犯カメラの映像を写した数枚の写真。
そこには、出口へと逃げ出す大勢の客に逆らうように、その隙間を縫って逆走している少年の姿があった。
見覚えのあるジャケット、ハーフパンツ、赤いスニーカーにスケートボード。

「・・・・・・あのクソガキッ!!」

安室は急いでジャケットを羽織ると、駐車場へ向かって走り出した。

「ふ、降谷さん!!」

突然走り出した上司を追って、風見もまた走り出す。
上司の背中を追いかけながら、風見は思う。

(またあの子供か・・・)

小さな協力者を抱える降谷零の安息は、今日も訪れそうにない。