ぷちらば


02.Q.E.D 〜証明終了〜

「僕が戻るまで、ここに居てください」
そう短く静かに言い置いて、燈馬(とうま)くんは書斎から出て行ってしまった。

(・・・珍しく結構本気で怒ってんな・・・)

燈馬くんは普段と変わらず静かな口調だったし、他の人からすれば普段通りの彼だと思うだろう。
でも私、水原可奈(みずはら かな)には、普段の燈馬くんとの違いはハッキリとわかる。
それぐらいには彼との付き合いは長い。



ここは燈馬くんの家の書斎。
燈馬くんの定位置の大きなデスクにはパソコンが鎮座していて、そのデスクを背にした壁一面には天井まで伸びている書架。
そこにはギッチリ色んな本が並べてある。
何百冊・・・ううん、何千冊ってありそうな量。
私には全然整頓されてるようには見えないけど、燈馬くん的にはちゃんと分類して置いてあるらしい。
前も何かの話題で出た花の種類について、サッと植物図鑑取り出してきて説明してたもんね。

書斎は他に応接セットがあったり、燈馬くんの趣味のよくわかんない機械やら標本やら、得体の知れないガラクタやらが色々置いてある。
この書斎、かなり広いんだよね。
一軒家のウチのLDKよりも確実に広い。

燈馬くんの家はマンションなんだけど、このマンションってスポーツジムやプールがついてたりして、中には著名人も住んでるらしい。
そんな高級マンションを燈馬くんは一人で借りて一人で住んでる。
燈馬くんは私と同じ咲坂高校の2年生なんだけど、実はもう飛び級でマサチューセッツ工科大学を卒業していて、それなのにウチの高校へ編入してきた変わり者だ。
本人曰く

「普通の高校生活をしてみたかったから」

なんて言ってるけど、どこまで本当かはわからない。
変わり者だけど、とんでもなく頭が良いのは本当で、時々来る旧友や恩師からの依頼で大学で特別講師をしたりもしている。
他にも、MIT時代に取った特許や著作物の印税やらで十分な収入があるらしく、このマンションの賃貸料も学費も全て自分で賄っているというから驚きだ。
中学の数学だってろくにわかんなかった私には到底真似できそうもない生活だ。

そんな燈馬くんの元には、色んな依頼が舞い込んでくる。
恩師からの依頼だったり、クラスメイトの依頼(まぁこれは私がちょっと強めに頼んだりしたこともあったけど)だったり、知り合いからの依頼だったり。
そのどんな依頼も、なんだかんだで燈馬くんは持ち前の頭脳で全部解決しちゃう。
燈馬くんは変わり者だけど、正真正銘の天才なのは間違いない。



今回の事件も、燈馬くんの知り合いからの依頼だった。
いわくつきの宝石の鑑定を依頼されたらしい。

「こんなの専門外ですよ」

なんてぼやきながらも、断りきれなかったらしく、律儀に依頼人の別荘まで足を運ぶところが燈馬くんらしい。
例によって私も面白そうだから一緒について行ったけど、燈馬くんったらその宝石の鑑定もそこそこに、いわくつきの部分の謎まであっという間に解いちゃった。
ホント燈馬くんっていろんなこと出来るんだよね。

で、依頼は簡単に済んだから良かったんだけど、問題はそのあと。
その宝石の価値がわかったところで、今回の依頼主の秘書がその宝石を持って逃げっちゃったの。
しかもメイドの女の子をひとり人質に取って。

別荘の周りは森林で、時間も夜だったこともあって、なかなか搜索ははかどらなかった。
でも、私と燈馬くんは山小屋の中に犯人が居るのを見つけちゃったんだよね。
運が良いんだか悪いんだか。

燈馬くんは

「警察を呼びますから、少しの間見張っててください」

って、電話の話し声が聞こえないところまで離れて行っちゃった。
私も最初は大人しくこっそり見張ってたんだけど、山小屋の中からゴソゴソ音がして女性の悲鳴が聞こえたから、もう居ても立ってもいられなくて。
いつものごとく窓をぶち破って正面突破。
肘鉄と蹴りで犯人をノックアウト!
その後で燈馬くんと、燈馬くんが呼んだ警察がなだれ込んできて、犯人は無事御用となりましたとさ。
めでたしめでたし。

・・・のハズだったんだけど、そこらへんから明らかに燈馬くんの機嫌が悪いんだよね。
犯人は逮捕されたし、宝石もメイドさんも無事だったし、綺麗サッパリ事件は解決したのに、なんでかすっごく怒ってる。

・・・で、冒頭のあのセリフである。



「なんでそんなに怒るかなぁ・・・」

なんて口を尖らせてポツリともらした瞬間

「お待たせしました」

燈馬くんが書斎に戻ってきたもんだから、ビックリした。

「お、おどかさないでよ!」

「別段おどかしたつもりはないんですけど」

相変わらずいつも通りの口調だけど、静かな怒りを感じるから、いつもなら文句をもうひとつふたつは言うところだけど、今日は何にも言えなかった。

「・・・あれ?燈馬くん何持ってきたの?」

代わりに燈馬くんが手にしている物に目がいった。
いつの間にか細長い棒で出来た杖みたいなのを持ってる。
ステッキかな?何に使うんだろ?

「さっき取ってきたんですよ。MIT時代の友人の中にイギリス出身の人が居まして。その彼が送ってくれた物なんです」

「ふぅん?何に使うの?」

「・・・水原さん、そこのデスクに両手をついてみてください」

「ん?こう?」

どうやら使い方を教えてくれるらしいから、燈馬くんに言われた通りにパソコンが鎮座しているデスクに両手をついた。

「そのまま一歩後ろに下がってください」

言われた通りにしてみると・・・自然と腰を突き出した格好になってる。

「・・・あの、燈馬くん?」

今日はミニスカートだし、なんだか恥ずかしくなって燈馬くんを振り向くと

「これは、ケインと言って・・・」

燈馬くんがあの杖みたいなのをスッと掲げたのが見えた。
その次の瞬間、ヒュッと短い音がして

ビシィィッ!!

「いっ!?いったあぁぁぁッ!!」

お尻に衝撃が走った。

「ちょっ、ちょっと燈馬くん!何すんだよ!!」

あんまりにもお尻が痛くて、思わず両手でさすりながら、燈馬くんを睨んだ。
でも燈馬くんは全然動じてない。

「これはケインと言って、こうやってお仕置きするための道具なんですよ」

そのケインとやらをパシパシ両手で弄びながら何やらのたまっている。

「な!?お仕置き!?」

「ええ、イギリスのパブリックスクールでは今でも使われているそうですよ」

なんて言ってニッコリ。
おいおい、なんて黒い笑いしてんだよ。冗談じゃないよ。

「いやいや、イギリスじゃどうか知らないけど、なんで日本で!?っていうか、私!?」

「わかりませんか?」

「わかるわけないじゃん!」

当然だよ。
だって身に覚えがないんだもん。

「水原さん・・・僕、あの森の中でなんて言ったか覚えてませんか?」

「へ?森の中で?」

あ、あの時の話ね。

「あの時、『動かず大人しく待っていてください』と言いました。
 『絶対に何があっても無茶はしないでください』とも」

「・・・そう・・・だったかな?」

そう言われてみれば、あの山小屋を見つけた時、燈馬くんはそんなことを言ってた気がする・・・。
・・・あ、そうだったかも。
でもさ、でもさ、あの場合は仕方なくない?
だって悲鳴が聞こえたんだもん。
あのメイドの女の子に何かあったんじゃないかって思うじゃない。

「戻ってきて、水原さんが居なくて僕は・・・・・・」

燈馬くんは、急に俯いて

「・・・・・・心臓が凍るかと思いました」

絞り出すような声でそう言った。

「水原さんが強いのは知っています。
 でも、もし水原さんに何かあったら・・・と、そう思ったら・・・」

苦しそうな、悲しそうな声。
あぁ・・・そっか、私こんなに燈馬くんに心配かけちゃってたのか。

「燈馬くん・・・」

私までなんだかシュンとなる。
燈馬くんの仕事に興味本位でついて行って、それで心配かけて・・・なんだかすごくバツが悪い。
だけど、ああいう時には身体が勝手に動いちゃうんだもん。
あぁ、でも燈馬くんにこんな悲しい顔をさせたかったわけじゃなくて・・・

「・・・あ、あのさ、燈馬くん」

あ、まずい。
何言おうとしてるの自分!?

「はい、何ですか?」

あぁ、ダメだって。それ以上言ったら。
だけど・・・

「いいよ・・・ソレで・・・お仕置きしても」

「え?」

「えっと、その・・・ケジメってヤツ!」

「あの・・・水原さん?
 僕は最初からさっきの1回だけで終わるつもりで・・・」

「い、いいの!私にケジメつけさせてよ!」

・・・い、言っちゃった。
でも、燈馬くんに心配させちゃった分は、ちゃんとこれで償うから。
だから・・・そんな今にも泣きそうな顔しないでよ。

「・・・・・・・・・」

燈馬くんは私が言い出したことにビックリしてる。
多分ホントにあの1回で終わらせるつもりだったんだと思う。
あれでちょっと脅かして、私が気付けばいいって思ってたんだ、きっと。
燈馬くんはそういう人だから。

でも、私の方は気づいちゃったら、このまんまなんて後味が悪い。
それに、早くサッパリしていつもみたいに燈馬くんと喋ったりしたいもん。

燈馬くんはちょっと悩んでたけど・・・

「・・・わかりました、水原さんが望むなら」

静かな声でそう言った。



私は、さっきと同じように両手をデスクについて、腰を突き出すような格好を取る。
ミニスカートだし、下着が見えそうで恥ずかしい・・・けど、それ以上に怖い。
だって後ろが見えないから、いつ痛いのが飛んでくるかわかんないんだもん。

「さっきの1回もカウントして1ダースにしましょう。
 ・・・いいですか、動いちゃダメですよ。怪我しますから」

「・・・・・・うん」

怖い。
けど、燈馬くんの声色がいつもの柔らかいのに戻ってる。
それだけでちょっと和らいだ。

ヒュッ!

さっきと同じ風を切るような音がして

ビシィィッ!!

「い・・ッ!!」

お尻が焼けるように痛くなった。
なんでこんな日に限ってミニスカートなんか履いてきたんだろう。
しかもこんな薄い生地の。
これがせめてデニムならもうちょっとマシだったかもしれないのに。
自分で自分を恨めしく思ってみるけど、もう遅い。

ビシィッ!ビシィッ!

「いったぁ!!・・・ひぁん・・・ッ!!」

スカートの上からなのに、お尻に熱が走って、その一瞬後に裂けるような痛みがやってくる。
これって紙とかカッターナイフとかで指を切った時の感じに似てる。
ふと、そんなことを思いながら、デスクについた手をぎゅっと握り締めた。

ビシィッ!ビシィッ!

「あぅっ!!いっ・・・あぁぁっ!!」

ビシィッ!ビシィッ!

「やぁっ!!いっ・・・いたぁぃっ!!」

自分で言い出しておいて情けないけど、つい泣き言が漏れる。
だけど、燈馬くんは手を緩めなかった。

ビシィッ!ビシィッ!

「あぅっ!!やぁぁっ!!」

反射的にギュッと目を瞑っているのに、熱いものが溢れてくる。

ビシィッ!ビシィィィッ!!

「いぃっ・・・あぁぁぁっ!!」

最後にとびきり痛いのが飛んできて、私は思い切り背を仰け反らした。
そして

「・・・水原さん、おしまいですよ」

燈馬くんの声を聞いたら力が抜けて、そのままガクンを膝が落ちて床に崩れた。

「大丈夫ですか?」

心配して膝を折る燈馬くんに、涙でぐしゃぐしゃであろう顔を見られたくなくて

「・・・だっ、だいじょうぶ!!」

サッと顔を反対方向に向けた。
察しの良い燈馬くんは、見られたくないのが分かったのか

「何か温かい飲み物でも用意してきますね」

そう言って立ち上がる。
書斎のドアに向かって歩きかけた燈馬くんに

「・・・あの、燈馬くん・・・心配・・・かけてゴメン。あと・・・ありがと」

それだけボソボソと小声で伝えた。
その後、すぐにドアが閉まったから、本当に伝わったかは知らないけれど。



「僕が戻るまで、ここに居てくださいよ!
 僕ひとりじゃ食べきれないんですからね!」

そう言いおいて燈馬くんは出掛けて行った。

あの痛いお仕置きの後で、トイレでこっそり自分のお尻を見たら、信じられないぐらい真っ赤で。
しかも、あのケインとかいう道具のせいで、横ラインの蚯蚓脹れが何本も出来ていた。
こりゃしばらく痛くて学校の椅子に座るのもつらそうだ。

書斎のソファに寝そべりながら

「花の女子高生が傷モノになっちゃったなー」

なんてジト目でぼやいてみる。

「・・・水原さんのご要望にお応えしただけです」

わかってるよ。
だけど・・・

「甘い物を食べたら治る気がするなぁ」

「・・・そんなの聞いたことありませんけど」

「駅前の『ふりえ』って、ショートケーキとフルーツタルトどっちも美味しくて捨てがたいよねぇ。
 あぁ、あと今、期間限定でいちごのいっぱい乗ったチョコプリンってのもあるんだって〜」

今は、いつもみたいな掛け合いが楽しくて。
わざとらしく恨みがましい目で見つめてみる。

「・・・・・・わかった!わかりましたよ!」

最後には、燈馬くんが折れてケーキショップに行ってくれることになった。
そうそう、やっぱりこうでなくちゃ。

燈馬くんが出掛けた後、私はソファで燈馬くんとの会話がいつも通りに戻ったことにホッとして、ヘヘッと軽く笑った。
ジンジンと熱を帯びたお尻をさすりながら。