ぷちらば


01.名探偵コナン 銀翼のマジシャン

いつだって逃げるアイツを追いかけて追いかけて。
二人の決着はまだハッキリとはついていないから。
今日こそは・・・と、いつだって思ってる。





「もうゲームは終わりにしようぜ・・・こそ泥さん」

ヘリポートの真ん中に立っている男に、背後から声を掛けたというのに
その男は驚きもせず、余裕の表情でゆっくりとこちらを振り向いた。

「そうだな・・・・・・」

男は己の警備員服をぐっと掴むと

「キミとかくれんぼするには、日が暮れすぎたよ・・・探偵くん」

言いながら脱ぎ捨てた。

今夜の月はとても明るく、まるでスポットライトのように男の真実の姿を照らし出す。
全身真っ白なスーツにマント、それにシルクハット。
その姿は、さながらに奇術師。

そう、彼は月下の奇術師とも称される―――――怪盗キッド。





「軽口叩けんのも今のうちだ。
 そろそろケリを付けようじゃねぇか」

コナンはそう言いながら、そっと自分の靴に触れる。
スイッチを入れると、ピリピリと電気の刺激が伝わり、足に力がこもる。

「ああ・・・恋人が夕飯作って待ってるからな・・・」

キッドがそう言って不敵に微笑んだ途端

「コナンくん?夕飯出来たよー?」

ここにいるはずのない人物の声が聞こえた。
その声にコナンはギクリと後ろを振り返る。
キッドと対峙している今のこの姿を、幼馴染の蘭に見られては
自分が工藤新一だと、ばれかねない。
慌てて振り返ったものの、そこに彼女の姿はなかった。

「早く来ないと、食べちゃうよー?」

ハッと気付いて、前に向き直る。
案の定、声は目の前にいるこの男から発せられている。
キッドにとっては変声機も無しに他人の声を出すのはお手の物。

早速一杯喰わされて、チッと短く舌打ちをしたコナンに、キッドは銃口を向け、一発目を放った。
コナンはそれを避けながら、今度はそっとベルトに触れる。
バックルが開いたと思ったら、そこからサッカーボールが飛び出した。
コナンはそれをキッド目掛けて、蹴り上げる。
だが、キッドは軽くボールをかわし、素早く二発目、三発目と間髪入れずに
トランプ銃でコナンを端へ端へと追いやっていく。

そしてついにコナンはヘリポートの端に追いやられてしまった。
下を見下ろせば、ビルのネオンや街灯がきらめいている。
ビルの隙間から吹く風が、肌に冷たい。
ここから落ちれば、死は避けられないだろう。

「どうやら、ケリが付きそうだな・・・探偵くん?」

ジリジリとキッドがコナンに近づいてくる。
追い詰められたコナンにはもう後がない。

「ああ・・・そうだな・・・」

退路もなく、小学生のこの身体では、体術でキッドを倒すことも出来ない。
まさに絶体絶命なのだが、それでもコナンの瞳は、キッドを捕えて離さない。
探偵として、ここまできて諦めるわけにはいかない。

ジリジリと近づいてくるキッドは、銃口をコナンに合わせ、ニヤリと口の端を上げると
そのままトリガーを引いた。
自分に向かってくるトランプを間一髪で避けたコナンだが、ビルの隙間風に煽られてか、足を取られ

「うわぁぁっ・・・・・・!!」

鉄柵の隙間から転がり落ちた。

真っさかさまに超高層ビルから落ちていく自分を、キッドはハンググライダーで
追いかけてくる。
コナンはキッドが自分に近づいて来た瞬間、時計型麻酔銃の照準をキッドに合わせ
麻酔針を彼に向かって放った。

「うわっ、やべっ・・・!!」

キッドもまさかこんな状況で反撃してくるとは思ってもみず、慌てて回避する。
ハンググライダーを付けている自分は良いとして、このままではコナンは地面に激突して
間違いなく死んでしまう。
それなのに、まだ諦めずに自分を追ってくるものだから

(おいおい・・・・・・)

キッドはそのコナンの執念に半分驚き、そして半分呆れた。
せっかく助けてやろうとしたのに・・・と思っていたら、コナンの背負っていたリュックから
パラグライダーが飛び出した。
あの探偵のことだから、何か策を講じているとは思っていたのだが・・・・・・

「なるほど・・・ハンググライダーにはパラグライダーってワケね」

キッドは多少感心しながら、ビルの隙間をハンググライダーで飛び回って逃げる。
コナンが無事ならば、これ以上相手をしている場合ではない。
身体は小学生でも、中身は高校生探偵の工藤新一なのだ。
スターサファイアを盗む計画はまだ始まったばかり。
これ以上やりあうのはあまり得策ではない。

ビル街を抜けて、キッドとコナンは臨海線の線路へとさしかかる。
キッドはハンググライダーを捨て、走ってきた電車の屋根に飛び移った。
コナンもパラグライダーを捨て、キッドと同じように飛び降りる。

「さすがだなー。さっきのパラグライダー・・・あれも阿笠博士の作品かい?」

さっきまでのヘリポートと違い、対峙した二人の間をバタバタと強風が吹く。

「もう逃げられないぜ。空を飛べなくなったら、怪盗キッドもただのこそ泥だ」

コナンはキッドの質問には答えず、そう言いながら、じわじわとキッドに近寄っていく。

「ほぉ・・・言ってくれるねぇ」

今のキッドに、空を自由に飛べるハンググライダーはもうない。
今度はキッドの方が追い詰められているはずなのに、何故かキッドは不敵な笑みを浮かべている。

「んにゃろぅ・・・」

余裕すら窺えるその笑みが、コナンにとってはむしろ腹立たしい。
ただでさえ今日、目の前のこの男は、こともあろうか工藤新一に化けて劇場に潜り込み
ぬけぬけと蘭と接触したのだから。

「オレを捕まえるんだろう・・・探偵くん?」

またしても余裕たっぷりに微笑み、大きく手を広げてこちらを挑発してくるキッドに

「言われなくても捕まえてやるさ!!」

コナンは勢い良く飛び掛り、がっしりとキッドの腰に掴まった。

「はいはい、おいでませ〜v」

「へっ!?」

コナンは確かにキッドの腰に掴まったはずなのに、気付いてみれば
腰を掴まれているのはコナンの方で。

「なっ・・・・・・!?」

驚いているコナンには構わず、キッドはそのままその場に座り込む。

「前から一度言っておこうとは思ってたんだよな〜」

キッドは独り言のように呟きながら、胡坐をかいた自分の膝の上にコナンを腹ばいにさせた。

「てめぇ・・・なんのつもりだ!!」

何故こんなことをするのか、キッドの思考が全く読めないコナンは、ジタバタと膝の上でもがく。
だが、小学生の身体と大人の男では、力の差は歴然で。
どんなに暴れても、腰を押さえつけられているから、逃げられない。

「探偵くんは、随分と悪い子みたいだから・・・ちょっぴりお仕置きv」

「はぁっ!?」

こちらを不思議そうに見上げてくるコナンに、キッドはニッコリと微笑むと
振り上げた右手を、コナンのお尻目掛けて思い切り振り下ろした。

パァァンッ!!

「いたぁっ!!」

コナンはビクッと大きく背を反らせて、短く悲鳴を上げた。

「・・・てっ、てめぇ・・・なにしやがんだっ!!」

ズボンの上からのたった一回の平手打ちが相当痛いとみえて
コナンの目尻には小さく涙の粒が光っていた。

「だから言っただろ?『お仕置き』って」

キッドはまたしてもニッコリと微笑む。

「なっ・・・!!」

何が悲しくて探偵が捕まえるべき怪盗に、こんなことをされなくてはいけないのか。
それでなくても中身は高校生なのだ。
お尻をぶたれるなんて、屈辱でしかなく、いくらなんでも恥ずかしい。

「このやろっ・・・離せっ!!」

ジタバタと手足を動かしてみるが、腰をぐっと押さえつけられているため
キッドはまるで動じない。

「ちゃんと反省できたら、自由にしてやるぞ?探偵くん」

「はぁっ!?何でオレが反省なんか―――――」

パァンッ!!パァンッ!!パァンッ!!

「いっ・・・・・・いたぁっ・・・・・・やっ・・・!!」

言いかけた言葉は、自らの悲鳴によって遮られてしまった。

パァンッ!!パンッ!!パンッ!!

「いぅっ・・・・・・やめっ・・・・・・いたぁっ!!」

パンッ!!パシンッ!!パシンッ!!

「やっ・・・・・・ひぅっ・・・・・・ったぁっ!!」

パンッ!!パンッ!!パァンッ!!

「やめっ・・・・・・いたぁっ・・・・・・ふぇぇっ・・・!!」

連続で振り下ろされる平手があまりにも痛くて、ついにコナンは泣き出してしまった。
探偵が怪盗にお尻をぶたれるなんて屈辱を味わわされて、そこで更に泣いてしまうなんて
自分で自分が情けない。
悔しさと、恥ずかしさと、惨めさと。
ついでに情けなさも手伝って、もう涙は止められそうになかった。

パァンッ!!パシンッ!!パシンッ!!

「いぅっ・・・・・・いたぁっ・・・・・・も、やぁっ・・・・・・!!」

パンッ!!パンッ!!パァンッ!!

「うぇぇっ・・・・・・ひぅっ・・・・・・も、やだぁ!!」

パァンッ!!パァンッ!!パァンッ!!

「ふぇぇっ・・・・・・いたぁっ・・・・・・わぁぁんっ!!」

コナンがわぁわぁと泣き出したところで、キッドはようやく手を止めた。

「お前・・・さっきオレが追いかけてくるってわかってて、わざと落ちただろ」

「ふぇっ・・・?」

突然の質問に、コナンは目に涙を溜めたまま、キッドの方へと首を捻った。

「どうなんだ、探偵くん?」

ピタピタとお尻を平手ではたかれて、コナンはギクリと身を強張らせる。
正直に白状しないと、更にぶつと、暗にそう脅しをかけられているのだ。

「・・・だ、だって・・・・・・お前、絶対に人殺さねぇし・・・」

「だから、見殺しにはしないだろうって思った?」

「・・・・・・・・・・・・思った」

コナンの答えを聞いて、キッドは大きくため息を吐いた。

「だからって・・・あんなビルから落ちるなんて、いくらなんでも無茶だろ・・・」

キッドは呆れた声を出しながら、パンッ!!パンッ!!と、コナンのお尻へ
平手打ちを再開した。

「ふぇっ・・・やだっ・・・なんでっ・・・・・・!?」

てっきり膝から解放されると思っていたコナンは、再開された平手打ちに
早速泣き声を漏らし始める。

パンッ!!パンッ!!パァンッ!!

「ふぇぇっ・・・・・・いたぁっ・・・・・・も、やだぁっ!!」

先ほどよりはずっと力の弱い平手打ちだったけれど、もう既に何度もぶたれているお尻には
充分に痛い。

パシンッ!!パシンッ!!パァンッ!!

「やだぁっ・・・・・・も、やだってばぁっ!!」

高校生探偵のプライドだとか、そんなものはこの際気にしている場合ではない。
コナンはあまりの痛みに、ジタバタと手足を動かして暴れ、いつまでも止まない平手打ちに
グスグスと泣きじゃくる。

「も・・・やだぁっ・・・・・・うわあぁぁんッ!!」

痛くて痛くて、コナンは気付けば顔が涙でぐしゃぐしゃになるまで泣いていた。





「さて・・・反省できたかな、探偵くん?」

コナンがあんまりにも泣くものだから、キッドは振り下ろす手を止めて
そっと抱き起こし、今度は膝の上で抱っこするように座らせてやる。

「なっ・・・何が反省だよっ・・・このやろ・・・!!」

さすがにもうこれ以上ぶたれはしないだろうと踏んだコナンは、拗ねた顔つきでキッドを
ギッと睨み上げた。

「全然懲りてないみたいだな〜、探偵くんは・・・」

キッドはまたしても大きくため息を吐く。

「お前さぁ・・・・・・グチャグチャの死体になったオレを捕まえたいと思うか?」

「はぁっ・・・!?」

またしても不可解な質問を投げかけるキッドを、コナンは心底不思議そうな視線で見やる。

「死体なんか捕まえても意味無いだろ?」

「そりゃ・・・まぁ・・・」

「こっちだって、半身不随の探偵に追いかけられたって、面白くねぇの」

そう言いながら、キッドはコナンの頭をグリグリと撫でる。
キッドが何を言いたいのかイマイチ理解できないコナンは、ただ呆然とキッドが
次の言葉を紡ぐのを待っていた。

「つまりだな・・・オレが助けに来る、なんて不確定要素に賭けてビルから落ちるなんて
 そんな無茶してねぇで、お得意の推理でオレを追い詰めてみせろってこと」

キッドはそう言うと、コナンを膝から降ろして、スクっと立ち上がった。

「あ・・・・・・キッド!!」

自分を置いて、さっさと逃げようとするキッドに、コナンは先ほどと同じく
がっしりと腰に掴まろうとしたが、今度はするりと逃げられてしまった。

「楽しみにしてるぜ、探偵くん」

ワイヤーで繋いであったハンググライダーに掴まり、キッドはコナンに向かって
ウインク交じりにそう言うと、颯爽と夜の闇に紛れて消えてしまった。

「・・・なんなんだよ・・・・・・」

キッドの言うことはもっともなのだが、まさか怪盗に説教されるとは思ってもみなくて

「・・・バーロォ・・・オレだって、てめぇを推理で追い詰めるつもりだっての・・・」

コナンは小さくぼやいた。





いつだって逃げるアイツを追いかけて追いかけて。
二人の決着は、まだハッキリとはついていないから。
今日こそは・・・と、いつだって思ってる。

だけど今夜は―――――きっと、完敗。