ぷちらば


03.空から堕ちた天使

ガシャンッ!!ガシャンッ!!ガシャーンッッ!!!

広い屋敷の隅々まで盛大に響き渡る騒音。

「・・・・・・また灰音(はいね)だな・・・」

書斎で仕事をしていた高宮(たかみや)は、はぁ〜・・・と
こちらもまた盛大なため息を吐いて、そっと立ち上がった。





その日、大手ベンチャー企業の社長である、高宮昴(たかみや すばる)は
取引先の会社と商談をまとめ、そのまま自宅へ帰るつもりだった。
だが、大きな商談がこちらに有利にまとまり、更に、天候は高宮の気分を表すかのような
見事なまでの日本晴れ。
いつもなら用意された車に乗って自宅まで送ってもらうところなのだが
自宅までの距離がそれほどないことも相まって、高宮は自分の足で帰ると秘書に告げた。

自社ビルでは社長室でデスクにかじりついて仕事三昧の日々。
運動といえば、社長室と会議室の往復のみなんていう始末。
運動不足も甚だしい身体には、この程度の散歩が丁度良いのかもしれない。
うっすらとそんなことを思いながら、高宮はゆったりと歩き続け
ふと視野に映った公園へ、ふらりと立ち寄った。
時刻は午後2時。
オフィス街のど真ん中に位置するこの公園には、学生や子供の姿など見かけない。
ポツポツといるのは、スーツ姿の営業サラリーマンぐらいである。

「ふぅ・・・」

一休みだと言わんばかりに、高宮はドカッとベンチに腰を下ろした。
そこから公園をぐるりと見回してみる。
さわさわと揺れる樹に、そこから零れる優しい木洩れ陽。
耳を澄ませば、噴水の水音すら鮮明に響く。

社長として忙しい毎日を過ごしている高宮にとっては、この公園の情景が
ひどく新鮮に感じられて

(・・・たまには散歩ぐらいするもんだな・・・)

なんて、妙に感心してしまう。

ガサガサッ・・・・ガサッ・・・

「・・・ん?」

風に煽られた木の葉の音かと思ったが、それにしてはやけに大きい。
高宮が不審に思って、回りの木々を見渡していると・・・・・・

ガサガサッ・・・・・・・・・ドスンッッ!!

高宮の座っていたベンチの後ろの樹から、何かが落ちた。

「何だ!?」

その大きな音に驚いて振り返ってみれば、そこには

「ぅ・・・・・・ん・・・」

真っ黒なワンピースに、真っ黒なリボン、真っ黒な靴・・・とにかく全身が
黒でコーディネイトされた少女が横たわっていた。
ひとつだけ真っ黒でなかったのは、腰までもあるかと思われるその長い髪。
キラキラと陽に反射する色はまるで宝石のように輝く銀色で
一見するとまるで天使の羽のようだ。

「・・・天使・・・なわけないか・・・」

高宮が傍に座り込んでゴチャゴチャと見解を述べても、落ちてきた少女は
気絶しているのか、目を開かない。
ピタピタと頬を軽くはたいてみるが、それでも少女は目を覚まさない。

「完全に気絶してるな・・・」

その可愛らしい顔立ちから判断するに、中学生ぐらいだろうか。
もしそうだとすると、何故こんなところにいるのか理解に苦しむ。
いや、そもそも樹から落ちてくる時点で、かなりおかしい。

ピタピタと頬をまた軽くはたいてみるが、少女は一向に起きる気配がない。

「さて・・・どうするかな・・・」

第一発見者として、放っておくのは何となく気が引ける。
かといって、警察だの何だのに相談するのも憚られる。
そもそも保護した理由を聞かれたら、答えにくくてしょうがない。
真面目に「樹から落ちてきました」と答えたところで、頭がおかしいんじゃないかと
逆に疑われるだけだろう。
高宮は少女の輝く銀髪を指で弄びながら、しばらく思考を巡らせた。

「しょうがないか・・・・・・」

散々考えた挙句、高宮はため息を吐きながら、ポケットから携帯電話を取り出すと
秘書の携帯へとボタンをプッシュした。





「・・・・・・・・・腹へった」

人形のように可愛らしい顔立ちで、目覚めてから開口一番がこのセリフ。
高宮は思わず少女を前にして固まってしまった。

結局、あの後困り果てた高宮は、秘書を呼び出し、車を手配させて
この少女を自分と一緒に自宅へ運び込んだ。
幸いただ気絶しているだけのようだし、事情を聴いた上で
その後どうすべきか判断しようとしたのである。

綺麗に整った容姿に、透けるように白い肌。
そして、室内でもキラキラと輝く銀髪。
ベッドに横たわっていても、どこか神々しさすら感じさせる少女のミステリアスな雰囲気に
高宮は、目覚めたら一体どれだけ美しい声を聞かせてくれるのだろうかと、内心かなり
期待していた。
だが・・・

「腹へった」

これである。
声は確かに高宮が期待した通り美しい。
だが、その美しい声で発せられるのは、姿かたちにまるで似つかわしくない乱暴なセリフ。

「・・・旦那様・・・如何いたしましょう?」

客間のベッドの傍であっけにとられている高宮に、執事の三田村は困ったように尋ねた。

「・・・ああ・・・そうだな・・・」

三田村に声を掛けられてハッと正気に戻った高宮は、同じく困ったように唸ると

「・・・ま、腹へったって言ってるんだし・・・食事にしようか」

そう言って三田村に指示を出した。





客間まで食事が運ばれてくる間、高宮は色々と少女に質問したが
返ってくるのは、やはり乱暴な言葉ばかり。

「君、名前は?」

「何でテメェに教えなきゃなんねぇんだよ」

「じゃぁ、歳は?」

「だからっ、何でテメェなんかに教えなきゃなんねぇんだよっ」

「どこに住んでるんだ?何故、あの公園に?」

「うっせー」

とにかく何を質問しても、まともに答えは返ってこない。

高宮が少女から何も聞き出せないうちに、食事が運ばれてきて
ベッドに腰掛けた少女の前のテーブルに並べられていく。
それを少女は黙々と平らげ、そして遂には満足そうにスプーンを空になった皿へ放った。

「・・・満足かい?」

「・・・まぁまぁだな」

これまた可愛らしい顔には似つかわしくない言動に、ここまでくると高宮も
思わず呆れて苦笑してしまう。

「・・・で?君は一体何者だ?」

「またそれかよ」

「気絶していた君を助けて、食事までご馳走したんだ。
 それぐらいは聞かせてくれても良いだろう?」

高宮が説得すると、少女も納得したのか

「・・・ま、メシはまぁまぁだったしな」

しょうがない・・・と、言った風ではあるが、ようやく口を開いた。

「私は灰音(はいね)。職業は堕天使だ」

「は・・・?堕天使だって?」

「だからそうだって言ってんだろ」

「・・・本当に?」

「だーかーらー、そうだっつってんだろ!!」

どうやらこの灰音という少女は、とにかく気が短いらしい。
確認を取る高宮に、ベッドの上から噛み付かんばかりに叫んだ。

「へぇ・・・堕天使ねぇ・・・」

昼間、自分が想像していたことが、実は当たらずとも遠からじだったことに
高宮は思わず苦笑してしまう。
それと同時に、警察に届け出なくて本当に良かったとも思う。
こんなことを言っても、警察では絶対まともに取り合ってくれないだろう。

高宮とて、全てを信じたわけではない。
だが、この灰音という少女のミステリアスな雰囲気を考えた時、まぁ納得できなくもない
といった程度である。

「じゃぁ・・・証拠は?」

「はぁ?」

「君が・・・灰音が堕天使だという証拠はあるのかい?」

未だにベッドに座ったままの灰音は、不機嫌そうに短くチッと舌打ちすると
何をしようというのか、ゆっくりと目を閉じた。

「・・・?・・・あれ・・・?」

だが、閉じてすぐにパチパチと瞬きをすると、驚いた表情で
自分の掌を見つめる。

「・・・どうかしたのかい?」

高宮がそう声をかけても

「あれ?なんでっ・・・!?」

聞こえていないのか、それとも相当パニックに陥っているのか
灰音は徐々に取り乱していく。
そして何を思ってか、ハッと高宮の方へ向くと、彼の胸倉を締め上げた。

「テメェ・・・私が寝てる間に、何かしただろっ!!」

「・・・こら、苦しい・・・。離しなさい」

いきなり胸倉を掴まれ、ギリギリとすごい形相で牙を向く灰音に
高宮はポンポンと腕をはたく。

「テメェ・・・私に何をしたっ!?」

だが、灰音はますます強い力で高宮を羽交い絞めにしていくので
高宮は説得しても無駄だと思い、このままの姿勢で灰音に答えることにした。

「何をって・・・特に何もしていないが?」

「ンなわけあるかっ!!テメェが何かしたから、羽が出せねぇんじゃねぇか!!」

「そんなこと言われてもねぇ・・・」

「このヤロォ・・・思い出せっ!!」

のらりくらりとした態度の高宮に腹を立てた灰音は、ガクガクと高宮を揺さぶる。
その度に、灰音の長い銀髪が揺れるのが、高宮の視野へ映った。

「・・・あぁ・・・そういえば・・・」

そしてふと思い出す。
樹から落ちてきて気絶しているらしいこの少女の銀髪があまりにも見事で
美しく煌くものだから、そっと指に絡めて弄んだことを。
そう、丁度高宮がどうしたものかと考えていた時のことである。

「まさか・・・テメェ・・・私の髪を切ったのかっ!?」

「『切った』・・・?そんなことはないと思うが?
 もしかしたら指に絡めた時に、『抜けた』かもしれないがね」

高宮がそう告げると、灰音は高宮の胸倉を掴んでいた手を離すと
がくんっと脱力して、ペタリとベッドに座り込んでしまった。

「・・・・・・灰音?」

急に意気消沈した灰音を高宮が覗き込むと、灰音はギッと高宮を睨み上げた。

「どーしてくれんだっ!!堕天使は人間に自分の体の一部を奪われると
 力が弱まっちまうんだぞ!!」

ギリギリと歯軋りを立てて、泣きそうな顔で見上げてくるわりに
またしてもアンバランスなセリフが返ってくるものだから
何だかおかしくて、高宮は思わず苦笑してしまう。

「・・・笑い事じゃねぇんだよっ!!
 どーしてくれんだっ、テメェのせいで何にも出来なくなっちまっただろがっ!!」

ギャーギャーと騒ぎながら、灰音がまた高宮を締め上げようと
腕を伸ばしてくるものだから、高宮は

「まぁまぁ・・・力が弱くなってしまう、ということは
 完全に力が消えてしまったわけではないんだろう?
 だったら、そのうち元に戻るかもしれないじゃないか」

灰音の腕を払いのけて、逆にグリグリと頭を撫でてやった。

「いつ戻るかもわかんねぇんだぞっ、どうしてくれんだ!!」

だが、灰音は高宮の手を頭からバシッと振り払うと、ギッと高宮を睨みつける。

「・・・わかった。なら、力が戻るまでうちで面倒をみようじゃないか。
 それなら文句ないだろう?」

思わず言ってしまったこのセリフに高宮自身も驚く。
自分は思いのほか、この口の悪い堕天使を気に入っているらしい。

「誰がテメェの世話になんかなるかってんだ」

高宮が折角提案してやったというのに、灰音はぷいっとそっぽを向くと
ベッドから起き上がり、スタスタと窓へ向かう。

「おや、この屋敷は気に入らないか?」

「・・・テメェがいるから嫌だ」

灰音は悪びれずに言うと、バンッと大きな窓を開け放ち
スタスタとベランダへと歩いていく。
ベランダの端まで来たところで、灰音は背中に力を込めるが、やはり羽は出てこない。
どれだけ力を込めても、強く念じても、一向に反応しないのだ。
数分間粘ってみたものの、結局どうすることも出来ず、灰音はその場にペタリと
座り込んでしまった。

「力が戻るまでここにいれば良いじゃないか。
 うちの食事は『まぁまぁ』なんだろう?」

灰音の様子をすぐ後ろで見ていた高宮は、脱力している灰音にそっと手を差し伸べる。

「・・・・・・うっせーよ」

だが、灰音はバシッと高宮の手を振り払うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
この堕天使はどこまでも強情らしい。

高宮は、やれやれ・・・とため息を吐きながら、ぐいっと灰音を抱え上げた。

「うおっ・・・テメェ、何しやがんだっ!!」

いきなり持ち上げられて、灰音は驚きながら高宮の腕の中で暴れる。

「こら、あんまり暴れてくれるなよ。落ちるぞ」

「ンなこと知るか!離せっての!!」

高宮の忠告を無視して灰音は暴れるが、どれだけ暴れても堕天使の力を失っている灰音では
人間の高宮にすら敵わない。
結局は、高宮に抱えられたまま、元の客室のベッドまで戻ってくることになってしまった。

「君の力が戻るまで、この部屋を君に貸し出そうじゃないか。
 一日三食、なんだったらおやつも付けてあげよう」

どうだ?と、高宮が灰音の顔をのぞき込む。

「・・・・・・しょーがないから、いてやる。
 ただし!力が戻ったら即出てくからな!!」

今の自分の力ではどうにもならないと悟った灰音は、渋々ながらも
結局は高宮の提案を受け入れることにした。

こうして、自称・堕天使の灰音は、高宮の屋敷で一緒に暮らすことになったのである。





「・・・灰音、何をした?」

先程、盛大に響き渡った音の発生地点へ足を向けた高宮は
そこにいた灰音に声を掛けた。

「な・・・なんでもねぇよ」

ここで暮らし始めてから、高宮が何度か注意してみたが、その口の悪さは
相変わらず改善されない。
灰音は口を尖らせて、そっぽを向くと、そのまま黙り込んでしまった。

「何でもないはずないだろう・・・」

灰音の足元には、見るも無残な姿の元・高級磁器たち。
広い高宮の屋敷には、数々のアンティーク小物や、有名作家の作品が飾られているが
灰音が来てからというもの、その美術品たちは、ことごとく悲惨な末路を辿っている。

灰音は高宮の屋敷のものが珍しいのか、興味津々でその美術品たちに触れる。
触れるだけなら、まだ良いのだが、彼女は力加減というものを知らない。
壷や花瓶を思い切り振ってみたり、絵画を壁から思い切り剥がしたり・・・・・・
とにかく何でも『思い切り』なのだ。

今回もその『思い切り』が発揮されたと見えて、窓辺に置いてあったはずの
数百万はくだらない高級磁器は、粉々に砕かれていた。

「・・・灰音、こっちに来なさい」

高宮は、はぁ・・・とため息を吐きながら、ぐっと灰音の腕を掴むと
そのまま歩を進める。

「なっ・・・この・・・離せっ!!離せよっ!!」

相変わらずの言葉遣いで高宮に抵抗するが、堕天使の力がまだ戻っていない灰音は
高宮からしてみれば、ただの女の子である。
そのままズルズルと引き摺られる様にして、灰音は高宮の書斎まで連行されてしまった。

「このヤロォ・・・離せって言ってんだろっ!!」

何とかして高宮から逃れようと、腕を振ってみるが、高宮はびくともしない。

「うわぁっ!!」

書斎の椅子に腰掛けた高宮の膝の上に引き倒されて、灰音は驚いたように声をあげる。

「やっ・・・やめろっ!!」

灰音はとにかく好戦的で、放っておくと執事やメイドたちとも喧嘩を始める。
とはいっても、ほとんどが気の短い灰音が勝手に癇癪を起こしているだけなのだけれど。

その度に、高宮は灰音を引き摺って、この書斎へ連れ込んだ。
だから、これから起こることは、灰音にとって初めてではない。

「何度も、注意したのにねぇ・・・触るのは良いけど『思い切り』はダメだって」

高宮は膝の上でバタバタと盛大に暴れる灰音の両腕を、彼女の背中に片手で縫い付けると
もう片方の手で、その真っ黒なスカートを捲る。

「このっ・・・やめろって言ってんだろッ!!」

その捲くろうとする高宮の手を目掛けて、灰音は足でキックをお見舞いしようとするが
今度は高宮の足にキッチリ挟みこまれて、逆に身動きが取れなくなってしまった。

「それに『何でもない』なんて嘘まで吐いて・・・」

「あっ・・・あんなにヤワなもん、置いとく方が悪ぃんだろっ!!」

全く身動きも取れず、下着までも下ろされて、真っ白なお尻を剥き出しにされたにも
関わらず、灰音の暴言は止まらない。
高宮は、小さくため息を吐くと

「じゃぁ、しょうがないな」

そう言って、腕を振り上げた。

パァンッ!!バチンッ!!バチンッ!!

「やっ・・・いっ・・・いぅっ」

突然襲ってくる痛みに、灰音は大きく背を反らせるが、高宮が灰音の腕ごと
背中を押さえつけているので、すぐに元の位置に戻されてしまう。

パァンッ!!パァンッ!!バチィンッ!!

「ぅっ・・・つっ・・・いっ」

腕も足も高宮に封じ込められている灰音は、暴れることもできず
ただ降り注いでくる平手の嵐に耐えるしかない。
黒のスカートとは対称的であった真っ白なお尻は、徐々に赤く染め上げられていく。

「何も美術品に触るなと言っているんじゃない。
 ちゃんと手加減して触りなさいと言っているんだよ」

高宮は諭しながらも、振り下ろす手を止めてはやらない。

「いぅっ・・・ふぇっ・・・いたぁっ」

決して声を漏らすまいとしていた灰音だったが、何度も同じところを強くぶたれて
遂に我慢できなくなって、グスグスと泣き声を漏らし始めた。

「それに『何でもない』なんて見え透いた嘘を吐くんじゃない。
 正直に言えば、こんな痛い目に遭わなくても良いんだぞ?」

「うぇっ・・・いたいっ・・・いたいーっ!!」

痛くて、逃れたくて、ジタバタと暴れようとするが、灰音の腕は高宮に背中で
纏め上げられているし、高宮の足に挟み込まれていて足も動かせない。
モゾモゾと動くのが精一杯で、灰音は涙を拭うことも出来なくて
目から零れる大きな涙の粒は、ポタポタと流れ落ちて書斎の絨毯を濡らした。

パンッ!!バチンッ!!バチンッ!!

「やっ・・・も、やだっ・・・ふぇっ」

パァンッ!!パァンッ!!バチンッ!!

「やめっ・・・やめろってばぁっ・・・いぅっ!!」

ぶたれていても、この悪態。
相変わらずな灰音に、高宮も思わず苦笑してしまう。

「灰音、自分が悪いことをしたと思うなら、言わなくてはいけない言葉があるだろう?」

「なっ・・・だれがっ・・・言うかっ」

バチィィンッ!!

「やぁぁっ!!」

あんなに透き通るように白かった灰音のお尻は、もう真っ赤だし
高宮とて、そろそろ許してやりたい。
それなのに、灰音は決して自分が悪いとは認めようとしないものだから
高宮はしょうがなく、少し強めに腕を振り下ろした。

「灰音、言うなら今のうちだぞ?
 後で言っても、もう遅いかもしれない」

バチィンッ!!パァンッ!!パァァンッ!!

「いたぁっ・・・やっ・・・ふぇぇっ!!」

パァンッ!!バチィンッ!!バチィィンッ!!

「やぁぁっ・・・いっ・・・うぇぇぇ・・・」

痛くても、押さえつけられているから身動きも出来ない。
高宮の平手が振り下ろされるたびに、灰音はビクンと肩を大きく震わせ
それに合わせて、長い銀糸が大きく跳ねる。

「ほら、灰音。さっさと言ってしまいなさい」

高宮は膝の上でグズグズと泣きじゃくっている灰音に優しく声をかけてやるが

「・・・・・・ぜってぇヤダ・・・」

返ってくるのは、いつも決まってこのセリフ。

「灰音はもっと痛くしないとわからないんだな」

やれやれ・・・と、高宮は本日何度目かもわからないため息を吐きながら
大きく腕を振り上げた。

パァァァンッッ!!

「わあぁんッ!!」

今までとは全く違う音が書斎に響き渡る。
灰音の銀髪は一際大きく揺れ、その後もカタカタと小刻みに震えた。

「・・・灰音」

いつもと全く違うトーンで名前を呼んでやる。
これが最後通告。

「うぅ・・・・・・ご・・・なさ・・・ぃ」

ポソリと呟かれた、本当に小さな謝罪。
全部は聞こえなかったけれど、言おうとした努力を高宮は認めてやることにしている。

そっと灰音を膝から降ろすと、床に座り込んで泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫でてやった。

「・・・さわんなっ!!」

だが、灰音は高宮の腕をバシッと振り払うと、服を元に戻してヨロヨロと立ち上がる。

「・・・くそぅ・・・力が戻ったら、テメェなんかボコボコにしてやるんだからなッ!!」

「・・・涙目で凄まれても、威力は半減だな」

「なっ・・・!!」

灰音はよほど悔しいのか、顔を真っ赤にしながら高宮をキッと睨むと

「このヤロォ・・・今に見てろよッ!!」

そう捨て台詞を残して、バタバタと騒がしく書斎を出て行く。
乱暴にドアを開け放った灰音の背中を見つめながら

「・・・もう少しおしとやかになってくれれば助かるんだがねぇ・・・」

高宮はまたしても重いため息を吐く。





自宅に堕天使がいるなんて嘘の様な現実。
堕天使の灰音は次から次へと問題を起こしてくれるし、厄介事が起こるのはしょっちゅうだ。
けれど、その分、彼女がいれば退屈だけは絶対にしない。

高宮は、空から降ってきた真っ黒な堕天使との、この非日常的日常を
もう少し楽しむことに決めた。
彼女が空へ帰る―――――いつかのその日まで。