ぷちらば


04.CALL ME

空は快晴、吹く風は爽快。

いつもなら遅れがちの列車も、今日は順調に進んで予定通りに東部に着いた。
司令部に着く前に寄った、お気に入りのドーナツ屋さんで
今日は特売日だからと、いつもよりたくさんのおまけ。
司令部の資料室に行ってみると、前回頼んでおいた資料は
丁度昨日届いたのだと、受付のお姉さんが教えてくれた。

きっと今日はラッキーデー。
このまま何もかもが上手くいきそう・・・そんな予感すら抱かせる。
こんな気分のいい日は、きっと滅多に来ない。

そう思っていたのに・・・・・・。



「だーかーらー、そうじゃないっつってんだろッ!?」

「だから、それが間違いだって言ってるんだよ!!」

「ちげぇよ!!そもそもそれが間違ってるっつってんの!!」

「だから、それが間違ってるって言ってるんじゃないか、バカ兄!!」

「なッ!?バッ・・・!?」

「わからず屋のバカ兄のことなんて、もう知らないから!!」

読みかけの資料をエドワードに投げて寄こすと、アルフォンスは
ガチャガチャと大きな音を立てながら、資料室を出て行ってしまった。

資料室で昨日届いたばかりだという資料を二人で読んでいて
口論・・・もとい、言い争いになって喧嘩した。
アルフォンスが出て行ってしまった今、ただっ広い無機質な空間に残されたのは
エドワード一人だけ。

「何だよ・・・アルのヤツ・・・」

確かにエドワードの方が先に熱くなってしまったから
言い争う結果になってしまったのだが、仮にも先に生まれてきた兄なのだから
何も「バカ兄」とまで言わなくても良いではないか。

「オレの方が兄貴なのに・・・」

エドワードは拗ねたように口を尖らせながらも、アルフォンスが投げて寄こした資料を
パラパラとめくる。

「アルがいなくたって・・・・・・」

こんなの自分ひとりで何とかなる・・・そうブツブツと呟きながら
エドワードは再び床に座り込んで、資料の文字を追う。
けれど、いつものように内容が頭に入ってこない。
一生懸命集中しようとしても、全然頭が働かないのだ。
どうやら集中力もアルフォンスと一緒にどこかへ行ってしまったらしい。

今日は天気も良くて、風も気持ちよくて、ようやく運も向いて来たかと
思っていたのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
今日はきっとラッキーデーだと信じていたのに。

「はぁ・・・・・・」

思わずため息。
ため息を吐くと幸せが逃げるなんて言うけれど、案外当たっているのかもしれない。
どうにも集中できないエドワードは、読みかけの資料をパタンと閉じると
その他の山積みになっている文献の上に乗せた。

「あ〜ぁ・・・・・・」

集中力も、ヤル気も何もかも逃げ出してしまったらしい。
コロンと床に寝転がってみるものの、口から出るのはため息ばかり。

「こんな時は、やっぱ・・・・・・充電だよな」

こうなってしまったら、解決策はひとつしかない。
じっくりと充電してから、アルフォンスと仲直りして、またこの資料室で
二人で資料を漁ろう。
そう考えたエドワードは、ゆっくりと起き上がると、パタパタと小さな足音を鳴らして
資料室を後にした。



とりあえず充電をしようと考えたエドワード。
ならば、まずは充電器を探さなくてはいけない。

「うーん・・・この時間なら・・・多分いつもの部屋かな」

ブツブツと呟きながら廊下の角を曲がったところで、くわえタバコがトレードマークの
ハボックを発見した。

「ラッキー!少尉に聞けば、すぐわかんじゃん」

エドワードは、パタパタと軽い足取りでハボックに近づきながら、手を振る。

「少尉〜!!」

エドワードが声を上げると、書類に目を通していたハボックもこちらに気付いたようで
顔を上げた。

「よぉ・・・はが―――――」

「ダメーッ!!」

「はぁっ!?」

鋼の大将・・・と続けようとしたハボックだったが、絶叫しながら走ってきたエドワードに
飛びつかれて、小さな手で口を塞がれてしまう。

「た・・・大将・・・!?」

いきなり飛びついてきたエドワードを、ハボックが驚いた顔で見ると

「オレのこと、ちゃんと名前で呼んでくんなきゃ困るの!」

エドワードは、拗ねた顔つきでじっとハボックを睨む。

「あ・・・あぁ・・・」

その勢いにやられたハボックは素直に返事を寄こすが、何故名前で呼ばないと
怒るのか、実のところよくわかってはいなかった。

「なぁ、大佐・・・どこにいる?」

ようやくハボックの口を塞ぐ手をどけたエドワードは、目的を果たすべく
ハボックに尋ねた。

「大佐なら・・・いつもの部屋で、サイン書きに追われてるけど・・・」

ハボックはロイの机に置かれた書類の量を思い出して、思わずため息を吐いた。
あの量は、どう頑張っても今日中には終わらないだろう。

「ありゃぁしばらく終わりそうに・・・・・・」

ない・・・と、言いかけたハボックだったが、言葉をかけるはずの人物は
もう既に目の前にはいない。
見ると、エドワードは、パタパタと早足で掛けながら、廊下の角を曲がるところだった。

「・・・何なんだ、一体・・・」

何故名前で呼ばなくては怒るのか、何故あんなにも急いでいるのか・・・
ハボックには解らないことだらけ。
もう既に消えたエドワードに向かって呟くと、ハボックはふぅっと煙草の白い煙を吐いた。





4階の階段を上りきって、すぐ右の上等な扉の付いている部屋。
ここがロイの執務室である。
エドワードは、階段を上りきってその扉を見ると、大きく息を吸い込んだ。
そして、そのまま

「大佐ーッ!!」

バンッ!と勢い良く扉を開け放って室内に飛び込んだ。
ロイが驚いたような顔で、デスクからこちらを見上げてくるが
エドワードにとって、今はそんなこと問題ではない。
エドワードはそのまま、パタパタとロイの元へと駆けて来る。

「・・・・・・鋼の」

書類の山と格闘していたロイがペンを放って、駆け寄ってくるエドワードを
じっと視線で射る。

「・・・な、何・・・?」

こういう目つきをしている時のロイは、いつもエドワードに何かしら厳しい。
それを今までの経験上わかっているので、エドワードも条件反射でビクッと身を強張らせた。

「まったく・・・君は何度言っても覚えないな」

言いながらロイは立ち上がると、目の前にいるエドワードをひょいっと小脇に抱えた。

「え・・・ちょっと、大佐!?」

何だか嫌な予感がして、エドワードも暴れて抵抗しようとしたのだけれど、もう遅い。
抱え込まれて、ロイの左腕でガッチリと腰を固定されてしまった。

「これで何度目だと思っているんだね?」

「えっ・・・えっ・・・?」

ロイが何を言わんとしているのかが理解できないエドワードは
必死にロイの方を見上げようとするのだけれど
腰を二つ折りにされている今の状態では、それすら叶わない。
頭に?マークを飛ばしながらもがいているエドワードが、風を切るような音を聞いた瞬間

バチンッ!!

「いたぁっ!!」

お尻に衝撃が走る。

「いたっ・・・な・・・何でっ!?」

今日は東部に着いてから、ずっと資料室に篭っていた。
だから、ロイの仕事の邪魔もしていないし、叱られるようなイタズラだってしていない・・・と思う。
それなのに、ロイはエドワードを小脇に抱えて、お尻にバチンバチンと平手を振り下ろしてくる。

「いたっ、たいさ・・・いたいってばぁっ!!」

暴れて逃れようとするけれど、ロイにぐっと腰を抱え上げられていて
両足はつま先だけで立っているような状態。
とてもじゃないが、ロイの腕を振りほどくことは出来ない。
それならば・・・と、今度は両手でバシバシとロイの背中を叩いてみるが

「こら、暴れるんじゃない」

ピシリと冷たく告げられ、バチンッ!とよりきつい平手を喰らう羽目になってしまった。

「いたぁっ・・・う〜っ・・・やだぁっ」

ズボンの上からだとはいえ、何度も何度もぶたれれば痛いに決まっている。
それに、エドワードは自分がどうしてお仕置きされているのかすらわからない。

バチンッ!!バチィンッ!!バチィンッ!!

「やだぁっ・・・やだっ、やだぁっ!!」

エドワードはこんなことをされる為にロイを探していたのではない。

「う〜っ・・・いたぁっ・・・やだぁっ!!」

恋人としてのロイに用事があったのに、今のロイは、まるきり上司兼保護者の顔で。

「いたぁぃっ・・・も、やぁぁっ!!」

エドワードがグスグスと鼻を鳴らし始めると、ようやくロイは振り上げる手を止めたが
まだ解放してはくれなかった。

「ほら、鋼の。『ごめんなさい』は?」

ピタピタとエドワードのお尻を軽くはたきながら催促してくるけれど
エドワードはどうして自分が叱られたのかもわからないのだから言えるわけもない。

「・・・・・・・・・・・・」

無言で唇を尖らせているエドワードを見たロイは
呆れ気味に小さくため息を吐きつつも、ヒントをくれた。

「・・・さっき、君がこの部屋に入る時、どうやって入ってきた?」

「へ・・・?」

「いつも私が言っていることをちゃんと覚えているかね?」

「え・・・?」

さっきこの部屋に入ってきた時、自分がしたこと・・・。
エドワードは、ほんの数分前の自分を思い起こしていた。

ハボックに教えてもらって、ロイが執務室にいることを突き止めて。
4階まで階段を2段飛ばしで駆け上って、いつもの扉を勢い良く開けて飛び込んで・・・。

「・・・・・・・・・あ」

そこまで思い出してようやく気付く。
とにかくロイに会わなくては・・・という思いが強すぎて、すっかり忘れていたのだ。

「今まで何度も注意しただろう?
 出入りは自由だが、せめてノックぐらいはしたまえよ。
 来客中だったらどうするつもりだ」

「う〜・・・・・・」

実のところ、エドワードは何度も注意されている。
この間も、何としてでも閲覧許可証をもらわなくては・・・と思って
ロイの元へと急いでいたら、いつものように元気よく執務室へ飛び込んでしまった。
そういえばあの時、ロイはエドワードのほっぺたをつねりながら
次に同じことをしたらお仕置きするとも言った気がする。

「ほら、わかったら『ごめんなさい』は?」

ロイがそう促してくるが

「・・・だって・・・・・・」

エドワードは何だか素直になれずにいた。

一番の理解者であるアルフォンスと喧嘩して、ヤル気も元気もなくなってしまった。
だからこそ、恋人であるロイに、珍しく甘えようと思っていたのに
ロイは自分のことなど気にもかけてくれなくて、開口一番怖い顔。

確かにエドワードに非があるのは明らかなのだけれど
いつも何かに夢中になると、その他がおざなりになってしまうことを
ロイだって充分知っているはずだ。
今回はロイに会うことで頭がいっぱいだったのに
そんな恋人に対して、何もいきなりお仕置きしなくてもいいではないか。

「ほら、鋼の」

再度促されるけれど

「・・・・・・やっ」

恋人の冷たい対応に拗ねたエドワードは、唇を尖らせてぷいっと横を向いてしまう。

「こら」

ぺちんっと軽くお尻をはたかれたけれど、エドワードは拗ねたまま口を開こうとしない。

「鋼の、いい加減にしなさい」

「・・・・・・・・・・・・」

いつまでも黙ったままのエドワードに、ロイは呆れたようにため息を吐くと

「・・・なら、しょうがないな」

そう言って、エドワードを抱えたままソファの方へと移動する。

「やっ・・・やっ・・・!!」

ズリズリと引き摺られるような格好でソファの前まで移動させられたエドワードは
これから先、ロイが何をしようとしているかがわかって、必死にロイの腕を振りほどこうと
ジタバタと暴れた。

「やっ・・・やだやだやだーっ!!」

けれど、ロイは全く動じることなく

「君が素直に『ごめんなさい』の一言が言えないからだろう?」

どっしりとソファに深く腰掛けて、自らの膝の上にエドワードをぐいっと抱え上げる。

「やーだーっ!!」

エドワードも必死で抵抗を試みるものの、結局はロイの膝の上で
ぺろんっと先程のお仕置きでほんのり色づいたお尻を剥き出しにされてしまう。

「う〜っ・・・やだってばぁっ!!」

イズミに仕込まれた体術には、錬金術と同じくらい自信がある。
いつもなら、どんな連中とだってやりあって、絶対に負けたことなんてなかったのに。
それなのにロイには全然敵わなくて、いつも膝の上に乗せられては
小さな子供みたいにお尻ぺんぺんのお仕置き。

いつもは自分からロイに甘えたりはしないのだけれど、今日は元気もヤル気もなくなって
どうしようもなくなってしまったから、珍しく自分から甘えてみようと思った。
それなのに、ロイは恋人が落ち込んでいるなんて気付きもせずに
ドアをノックしなかった・・・なんて些細なことでエドワードをお仕置きした。

敵わない悔しさと、子供みたいにお尻をぶたれる情けなさと
落ち込んでいる様子に全く気付いてもらえなかった寂しさと。
色々な感情が胸に渦巻いて

「やぁ・・・ふぇ・・・うぇぇっ・・・」

まだぶたれてもいないのに、エドワードの瞳からはボロボロと涙が溢れ出してきた。

「ひくっ・・・ふぇぇぇ・・・・・ぐすっ・・・」

必死で涙を拭くのだけれど、瞳の奥から際限なく溢れ出てくる。
拭いきれなかった涙は、ポツポツと雨の雫のように、エドワードの赤いコートに
暗い水溜りを作った。

ふいに背後で腕の振り上がる気配を感じて、エドワードはビクンッと
大きく身を震わせる。
涙でいっぱいの目をぎゅっと瞑って、ロイのズボンを固く握り締めて。
自らに降りかかってくる痛みに耐えようと身構えたのだけれど
いつまで経っても、痛みはやってこなかった。
代わりに、ぐっと引き起こされて、瞑っていた目を開いた瞬間
真っ先に飛び込んできたのは、鮮やかな軍服の蒼。

「まったく・・・泣くぐらいなら、最初から素直になりたまえよ」

それから、困ったように苦笑するロイの顔。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

お尻をぶたれなかったことに、ほっと安堵はするけれど
エドワードはまだ拗ねたまま黙りこくっている。

「・・・鋼の」

短く呼ばれたけれど、知らんぷり。

「・・・鋼の」

言いながらロイはそっと髪に触れて、エドワードを自らの胸に引き寄せる。

「・・・・・・・・・」

けれど、エドワードはまた知らんぷり。
小さく口を尖らせて、ぷぅっと頬を膨らませている。

「・・・鋼の」

触れてくる手の温かさも、ロイしか使わない呼称で自らを呼ぶ声も
もはや、さっきまでの上司兼保護者ではなく、恋人のそれ。
未だにグスグスと鼻を鳴らしているエドワードは、震える手でロイの軍服を
遠慮がちに、きゅっと掴んで引っ張る。

「・・・・・・・・・・・・・・・ぐすっ」

普段、滅多に自分からは甘えてなどくれない恋人からの珍しい要求に

「・・・・・・私も君が好きだよ」

ロイは甘く囁いて、その小さな唇を塞いだ。





「・・・ドアをノックしなかったぐらいで、いちいち尻ぶつなよ・・・」

あれから目一杯ロイに甘えて、機嫌を直したエドワードだったが
やはりロイのお仕置き理由には納得がいかないらしい。
目の前にいるロイに向かって、ぶーぶーと文句を言う。
けれど

「元気のいい鋼のの方が確かに『らしい』がね。
 だが、それでは私が困るんだよ」

ロイはそう言って、エドワードの頭をポンポンと撫でた。

「なんで、大佐が困んのさ?
 上官の監督責任になるから?」

「いいや」

「じゃぁ、何で?」

「それは君が・・・・・・」

言いかけて、ロイはスッとエドワードの耳元へ唇を近づける。

「・・・・・・未来のファーストレディだからだよ」

「なっ!?なっ・・・だっ・・・!?」

ポソリと囁かれたロイの告白に、耳まで真っ赤にして何か反論しようと
口をパクパクと動かすエドワードだが、その何かの言葉が出てくるよりも先に
薄く笑ったロイに唇で言葉を塞がれてしまった。
短くちゅっと音がしたかと思ったら、

「・・・ほら、アルフォンス君と仲直りしておいで」

乗っていたロイの膝からストンと下ろされる。

「ちゃんと充電は出来ただろう?」

「えっ・・・・・・」

何でアルフォンスと喧嘩したことを知っているのかと、目を丸くしたエドワードが問うよりも先に

「私が気付かないとでも思っているのかね?」

ロイは言いながら、綺麗に微笑む。

この男は気付いていたのだ。
エドワードがこの部屋に飛び込んできた瞬間から。
そう、何もかも。

「なっ・・・だったら・・・ッ!!」

エドワードの気持ちを知っているのなら、お仕置きなんてせずに
最初から甘やかしてくれればいいのに。

「だがね、それとこれとは別問題だよ」

ロイはそう言って、今度は意地悪く微笑む。

「う〜・・・・・・」

やっぱり納得のいかないエドワードは低く唸りながら
ぷぅっと頬を膨らませる。
何だか、まんまとロイの掌の上で踊らされていたようで気に入らない。

「・・・大佐なんて・・・ただの充電器なんだからなッ!!」

エドワードは、何とか苦し紛れにそれだけ言うと
バタンッと大きな音をたてて、勢いよく執務室から飛び出していった。

「やれやれ・・・・・・未来のファーストレディには程遠いな・・・」

一人残された執務室で、すっかり元気を取り戻したエドワードを見送りながら
ロイはクスクスと苦笑した。





廊下に出て、ふと立ち止まって見た空は快晴。
窓から吹き抜ける風が、頬に心地良い。

アルフォンスを見つけたら、素直に謝って
それから、二人でまた資料室に戻って、文献を読んで
それから・・・それから・・・・・・。

「・・・・・・・・・よしっ」

エドワードは、小さく両拳を握ると、長い廊下を走り出した。