ぷちらば


18.かくれんぼ

「だから、牛乳は大っ嫌いなんだってばッ!!」

朝のマスタング邸のリビングで、う〜っと低く唸りながら
エドワードはテーブル越しにロイを睨みつける。
今日も今日とて、エドワードはロイと牛乳を挟んで戦闘態勢。

「嫌いなのは知っているよ。
 だから、一口だけでもいいと何度も言っているだろう?」

唸りながら喚くエドワードとは対称的に、ロイは新聞を読みながら静かに告げる。
エドワードが5歳児になってしまってからというもの、毎日のように繰り広げられているから
この朝の騒動の対応にも慣れたものだ。

「好き嫌いをする悪い子はどうなるんだったかな?」

ロイが一言こう言えば、エドワードは

「う・・・・・・」

と、押し黙ってしまう。
ここで下手に逆らうとどうなるか、エドワードは自分の身をもって何度も経験しているのだから。

「ほら、一口でいいから飲みなさい」

押し黙ってしまったエドワードに、ロイはそっとコップを近づけてやる。

「だって・・・牛乳・・・嫌い」

さっきまで喚いていたのとは裏腹に、随分とトーンダウンしているけれど
それでもまだエドワードは文句を言って、コップに手をつけようとはしない。
チラチラとロイと牛乳とを見比べている。

「鋼の、さっさと飲んでしまいなさい」

ロイは呆れたように軽くため息を吐くと、また新聞へと視線を戻した。
そんなロイを恨めしそうに見ながら、エドワードは低く唸る。

いつもいつもこうなのだ。
朝起きて、眠い目を擦りながらエドワードが朝食の席につくと
もう既に身支度を整えたロイが新聞を広げながら、コーヒーを飲んでいて。
アルフォンスに隣から「もう、まだ寝てるんだから・・・」なんてちょっとしたお小言を
言われながらも、寝ぼけ眼でパンやサラダを小さなフォークで口に運んで。
スープも綺麗に平らげたところで、食卓に最後に残るのが、大嫌いな牛乳。
素知らぬフリをして、エドワードが「ごちそうさま」を言って、イスから降りようとすると
新聞に目線をやっているはずのロイから、「待ちたまえ」とお声がかかる。
それから後は、一口でも牛乳を飲むまでは
ロイはエドワードが席を立つことを許してはくれない。

「ほら、鋼の」

またしてもテーブル越しに催促が飛んでくる。
けれど、嫌いなものは嫌いなのだ。
どうあがいてもエドワードにとって牛乳は仲良くなれる相手ではない。

「う〜・・・だって・・・」

エドワードは口をますます尖らせるばかりで、一向にコップに手をつける気配がない。

「まったく・・・君は少し痛い思いをしないと、素直に牛乳も飲めんのかね?」

ロイは読み終わった新聞をテーブルに置くと
はぁ・・・と呆れ気味にため息を吐きながら立ち上がった。

「あ・・・やっ・・・やだっ!!」

これから起こることがわかりきっているエドワードは
ガタンッと勢い良く椅子から飛び降りた。
と同時に、肘がテーブルに当たってガチャンッと大きな音をたてる。

「あ・・・・・・」

気付いた時にはもう遅く、テーブルの上にはコップが倒れて
牛乳の白い水溜りが出来ていた。

「こら、鋼の!」

一層厳しくなったロイの声色に、エドワードはビクッと肩を震わせる。
チラッと横目でロイを見上げると

「いくら嫌いだからといって、やっていいことと悪いことがあるだろう?」

キッと冷たい視線で射抜かれた。

「わ・・・わざとじゃ・・・ないもん・・・」

ジリジリと後ずさりしながら、エドワードはリビングのドアへ近づいていく。
けれど、それと同じくらいのスピードでロイもエドワードに近づいてくる。

「鋼の、こっちに来なさい」

ロイの大きな手がエドワードの腕を掴もうと伸びてくる。
この手に腕を掴まれたら、もう終わり。
膝の上に抱え上げられて、その後は、まんべんなく真っ赤になるくらい厳しいお尻ぺんぺん。

泣いたって、喚いたって、ロイはちょっとやそっとでは許してくれない。
顔が涙でグシャグシャになるまで泣かされて
当然、お尻は触れると驚くほどに熱くされる。
更には、グスグスと泣いているところへ追い討ちをかけるように
ロイの膝の上に座らされて、牛乳まで飲まされるのだ。

膝の上で、まだ痛むお尻をピタピタとはたかれては、さすがのエドワードも分が悪い。
素直に飲まなければ、ピシャリと強めにはたかれて、余計に泣く羽目になる。
お尻は痛いし、大嫌いな牛乳は飲まされるし、ロイは怖いし
良いことなんて何も無い。

それが解りきっているエドワードは

「ふぇ・・・やっ・・・やだぁーッ!!」

叫ぶと同時にロイの手を振り払い、そのままバンッと両手を床につけて壁を錬成した。

「こら、鋼の!!」

背後でロイの声が響いたが、そんなことは気にしてはいられない。
エドワードは脱兎の如く、リビングから飛び出した。





何とかリビングからは逃げ出すことに成功したものの
エドワードはまだパジャマ姿のまま。
このままでは、外に逃げようにも逃げられない。
けれど、もたもたと部屋で着替えていたら、その間にロイに追いつかれてしまうかもしれない。
相手はなんと言っても自分と同じ国家錬金術師。
リビングに作った即席の一枚壁なんて、大した時間稼ぎににはならないだろう。

「う〜・・・早くしなきゃ・・・」

何とか打開策を考えてはみるものの、焦ってしまって余計にいい案が浮かばない。
そうこうしているうちに、階段からパタパタとスリッパの音が近づいてきた。

(たっ、大佐だッ!!)

その足音にエドワードはビクッと肩を震わせると
急いでキョロキョロと辺りを見回す。
そして、とある一室へ飛び込んだ。

(とりあえず、ここに隠れてやりすごす・・・ッ!!)

静かに部屋のドアを閉じると、今度は扉のすぐ近くにあるクローゼットの扉を開いた。
中にはシーツや、毛布が入っていたけれど、そんなのにはおかまいなしに
エドワードはその中へポスンッと身を沈めて、内側からクローゼットの扉を閉じた。





「まったく・・・あの子はどうしてこう叱られることばかりするかな・・・」

テーブルに零れてしまった牛乳と、エドワードが錬成した一枚壁を綺麗に片付けたロイは
毎度のことながら無駄な抵抗を繰り広げるエドワードにため息を吐きつつ
ゆっくりと階段を上っていた。

エドワードはパジャマのままだったから外に逃げたとは考えづらい。
そうなるとエドワードが逃げるのは、当然ながら家の中に限られる。

「さて・・・どの部屋にいるのやら・・・」

2階には、ロイの寝室とエドワードとアルフォンスが寝室代わりに使っている客間が
それぞれひとつずつ。
それに物置のように使っている空き部屋がひとつあるから、隠れられる部屋は4つ。
廊下からそれぞれの部屋のドアを見てみると
ご丁寧にドアが閉めてある部屋がひとつだけある。

「・・・ここだな」

追われる身のエドワードとしては、ドア一枚でも防護壁の役割を果たしてくれると思ったのだろう。
けれど、毎日エドワードが朝食を食べている間に、アルフォンスが2階の風通しを
良くする為にわざわざ部屋の窓とドアを開けているのだ。
それがひとつだけ閉じているということは、そこに誰かが入ったということ。

「子供の浅知恵だな」

ロイはクスクスと笑いながら、部屋のドアノブに手を掛けた。

ロイが入った部屋は何を隠そう、ロイの寝室。
自分の部屋だから、どこに隠れているかぐらい軽く見当がつく。
この部屋にエドワードが隠れられる場所はひとつしかない。
けれど、ロイはわかっていながら、ベッドに腰掛けて

「はぁ・・・鋼のはどこに隠れたんだか・・・皆目検討もつかんな」

などと、落胆した振りをする。

「まいったな・・・このままでは、鋼のの為に借りてきた文献も返却するしかないか」

そう言った途端、クローゼットの中から、小さくゴソリと音が聞こえた。
きっと今頃クローゼットの中ではエドワードが聞き耳をたてて葛藤していることだろう。
お仕置きも牛乳も嫌だけれど、文献を逃してしまうのも嫌だと。

「返却期限は確か今日中だったか・・・」

ロイがそう付け加えると、クローゼットの中から、またしてもゴソリと
小さな物音が聞こえてくる。

(あれでバレないと思っているのかねぇ・・・)

今頃エドワードは身体全体で考えあぐねているところなのだろう。
ロイの言葉にいちいち反応を示すエドワードに、思わずロイは小さく笑ってしまう。
わかりやすい反応を示すエドワードは子供らしくて可愛いのだけれど
ずっとこのままというわけにもいかない。

「さて・・・・・・」

ロイは、ベッドから腰を上げると、そっとクローゼットに近づき

「そろそろ・・・かくれんぼは終わりにしようか、鋼の」

ガラッと勢い良く扉を開けた。





バチンッ!!バチンッ!!パァンッ!!

「やっ・・・やだぁっ・・・いたっ・・・いたい、いたいーッ!!」

毛布に身体がすっぽりと挟まっていて、ガラッとクローゼットを開けても
ロイから見えたのは、毛布からはみ出した金色のアンテナだけ。
その姿に苦笑しながら、毛布に腕を突っ込んで、その小さな身体を攫った。
その後は、もちろんベッドに腰掛けたロイの膝の上にご招待。

「いたぁっ・・・も、やぁぁ・・・うぇぇっ」

パジャマのズボンも下着も下ろされて
剥き出しになったお尻に、ロイの大きな掌が飛んでくる。

「ふぇっ・・・いたぁっ・・・うあぁんっ!!」

エドワードがどんなに手足をジタバタさせても、泣き喚いても
それでもまだロイは振り下ろす手を止めてくれない。

「まったく・・・好き嫌いはするし、家の中で錬成はするし
逃げて隠れるし・・・本物の子供かね、君は・・・」

「だ・・・だってぇっ・・・」

「以前に約束しただろう?『牛乳もちゃんと飲む』と」

「でも・・・でもっ・・・ふぇぇっ」

「鋼の、私は嘘を吐くような悪い子には厳しいぞ?」

そう言ってロイは、バチンッ!!と少々きつく平手を振り下ろし
エドワードのお尻に赤い跡を付けた。

「うえぇっ・・・だってぇ・・・わぁぁんっ!!」

何度も何度もぶたれたエドワードのお尻は、もう真っ赤。
じんじんと熱くて、ヒリヒリと痛む。
エドワードの瞳からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。

「ふぇぇっ・・・も、やだぁ・・・」

どんなにジタバタと暴れても逃げられない。
どんなに泣いたってロイの手は止まってくれない。
どんなにお尻が真っ赤になったって、許してはもらえない。
あの言葉を言うまでは。

グスグスと泣きじゃくるエドワードは、お尻が痛くて暴れる元気も削がれてしまった。
瞳からは際限なく涙がボロボロと零れて止まらない。

「・・・ぐすっ・・・うそ・・・じゃなっ・・・ごめ・・・なさ・・・ふぇぇっ・・・」

小さな両手でギュッとロイのズボンを握り締めて、キュッと瞼を閉じて。
祈るかのような気持ちで、小さく小さくロイに告げた「ごめんなさい」。

「よくできました」

ふわっと身体が浮いたかと思ったら、今度はロイの膝の上に向かい合わせに座らされる。

「ぐすっ・・・ふぇ・・・」

いつまでも泣き顔をロイに見られるのは恥ずかしくて嫌なのだけれど
次々と勝手に涙が零れてきて止まらないので、仕方がなくエドワードは
ポスンとロイの胸に顔を埋めた。





「う〜・・・・・・」

結局あの後、ロイはエドワードの涙が止まるまで、ずっと頭を撫でたり
背中を擦ったりして、散々甘やかしてくれた。
けれど、やっぱり約束は約束らしい。
エドワードが泣き止んだら、ロイは軽く抱き上げてリビングへと連れてきた。
そして、エドワードは只今、本日二回目となる牛乳との攻防戦の途中。

「鋼の、さっきの『ごめんなさい』は嘘かね?」

目の前でコーヒーを啜りながら、ロイは呆れ気味に声を出す。
いざ牛乳を目の前にすると、さっきまでのお仕置きも効果があるのやら、ないのやら。
朝と同じくコップには手をつけようとしない。

「だってぇ・・・・・・」

エドワードは相変わらず拗ねたような声を出すが
どことなくロイの様子を窺っているようでもある。
さっきから、そわそわと落ち着きがない。

(またかくれんぼでもするつもりか・・・)

あれだけ泣かされてもまだ懲りていないエドワードに内心苦笑しつつ

「・・・どこへ隠れても無駄だよ、鋼の」

ロイがニヤリと笑ってやると

「なっ・・・」

ロイの読みが当たっていたのか、エドワードはビクッと肩を震わせた。

「そ・・・そういえば、大佐なんでさっきあそこにオレが隠れてるってわかったんだ?」

「君のことなら、何でもお見通しなんだよ」

あれでバレないと思っていたらしいエドワードが何だか可愛らしくて
ロイはクスクスとおかしそうに笑った。