ぷちらば


16.SWEET DEVIL

エドワード・エルリック、15歳。
最年少で国家錬金術師の資格に合格した、正真正銘の天才錬金術師。

「エドワードくん、チョコレートあるわよ。食べるでしょう?」

「うんっ」

右腕・左足が機械鎧であること、授けられた銘が『鋼』であることから
人々は彼を『鋼の錬金術師』と、そう称している。

「お、大将。さっき総務課の女の子達が大将にって、キャンディくれたぞ〜。
ほら、手ェ出してみな」

「うんっ」

少年ながら、少々いかつい銘を授かったエドワード。
普段ならば、賢者の石を求めて、アメストリスの国中を弟と一緒に旅をしている15歳・・・
のハズが、何故か今現在のエドワードの姿は5歳児そのもの。

「おやおや、随分とたくさん貰ったようだね」

「あ、大佐」

「ほら、角のパン屋の娘さんが、君にラスクをくれたぞ」

「やった!」

錬成のリバウンドで姿かたちは5歳児になってしまったが、エドワードの知能は15歳のまま。
けれど、外見が外見だけに周りの反応も、つい子供に対するソレになってしまう。
最初でこそ子供扱いするなと、いちいち憤慨していたエドワードだったが
最近ではもう慣れたのか怒りもせず、むしろ子供の姿を利用しているようにさえ思える。

今現在、エドワードは直属の上官であるロイの家で弟と一緒に厄介になっている。
この5歳児の姿から何とか抜け出すために毎日色々と奮闘しているが
なかなか良い手立ては見つからない。
だから、時折ロイと一緒に東方司令部へやって来ては、資料室や書庫で資料を漁っている。

独身であるはずのロイが、子供を連れて歩く姿を何人もの軍人に見られて
ロイの隠し子だとも噂されていたこともあったが、一応公式にはロイの親戚の子供
ということになっている。

軍司令部なんて閉塞的な空間で、毎日殺伐とした雰囲気の中に、正体はどうであれ
小さな子供が紛れ込めば、必然的に場も和むというものである。
そういうわけで、いつの間にやら5歳のエドワードは東方司令部の
マスコットキャラクター的な存在になっていた。

司令部内をうろつけば、女性軍人達からは可愛がられるし、甘いお菓子も貰える。
じっとしていたって、子供好きな大人達からは、これをエドワードにと誰かに
伝言を頼んで、いつだってたくさんのお菓子が貰えた。

エドワードは男の子だけれど、育ち盛り食べ盛りな彼には牛乳以外、ほとんど好き嫌いはない。
それは甘いものも例外ではなく、チョコレートだって、クッキーだって、キャンディだって
お菓子なら何だって大好きである。

「あぁ、鋼の。食堂のミランダ婦人が後でドーナツを揚げてくれるらしいぞ。
おやつの時間に取りにおいでと言っていたよ」

「やったっ!!ドーナツ好き〜v」

甘いものが大好きなエドワード、かつ、周りの大人達も可愛さから甘いものを与え続けた。
となれば・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・歯が・・・痛い・・・」

当然こうなる。





「あ〜あ・・・これは完全に虫歯だね」

ロイ・マスタング邸のリビングで、エドワードの大きく開かれた口の中を見ながら
アルフォンスがそう告げる。

「・・・・・・ふひは?」

アルフォンスがじっと見つめているので、エドワードは口を大きく開けたままの状態でしか
しゃべることが出来ない。

「そう、虫歯。右下の奥歯、真っ黒になってるじゃない。
もう、兄さんってば、夜中にお菓子食べて、歯磨きしないで寝たんでしょ」

ようやくエドワードの小さな顔から、手を外したアルフォンスが
はぁ・・・と小さくため息を吐きながら、右頬をさすっているエドワードを見やる。

「むぅ・・・・・・・・・」

身に覚えが全くない・・・というわけではないエドワードは、バツが悪そうに
アルフォンスから視線を外すと、小さく唸って口を尖らせた。

「とにかく、早く歯医者さんに行っておいでよ」

「う・・・・・・・・・」

実は、エドワードは医者と名のつくものが大の苦手。
苦い薬は無理矢理飲まされるし、大嫌いな痛い痛い注射は打たれるしで
ろくな目に遭ったことがない。
幼い頃から医者が苦手だったエドワードが、唯一平気な医者は
幼馴染のウィンリィの両親ぐらいのものだ。
二人とも、ウィンリィやエドワードが小さい頃に亡くなってしまったけれど
それでもその他の医者とは断然違ったのを今でも覚えている。

「早く歯医者さんに行って直してこないと、お菓子も食べられなくなるよ?」

「ううっ・・・・・・・・・」

甘いものは大好き。
歯医者は大嫌い。
現在、右奥歯は虫歯。
でも、お菓子は食べたい。

「う〜・・・・・・」

エドワードは唸りながら、ジレンマに陥る。
虫歯は確かに痛いし、厄介なのだけれど、歯医者には行きたくない。
歯医者には行きたくないけれど、お菓子は食べたい。

結局、そんなことばかり言っていたら、アルフォンスと「行け」、「行きたくない」の論争を
繰り広げる羽目になってしまったのだが、その日は何とかエドワードが勝利し
歯医者には行かなくて済んだ。
行かなくて済んだのは、エドワードにとっては喜ばしい。
けれど、そうなれば当然のことながら、右奥歯はいつまでも痛いままである。





「ん?どうした、鋼の?」

次の日の夕食時、同じテーブルについたロイが、エドワードの様子がおかしいことに気が付いた。

「シチューは好きだろう?」

今日のメニューはエドワードの大好きなクリームシチュー。
アルフォンスが作ってくれた、母親直伝のレシピによるもので、野菜は柔らかく
ほっくりと煮えていて、コクのある濃厚なルゥは、どこの三ツ星レストランにだって
勝るとも劣らない。
牛乳が大嫌いなエドワードが唯一、食べられる牛乳入りの料理がこのシチューで
エドワードの大好物でもある。

いつもなら、大好きなシチューをガツガツと頬張っては、ロイやアルフォンスに
そんなに急いで食べなくてもたくさんあるからと、笑われていた。
それなのに、今日のエドワードは、それほどまでに大好きなシチューを目の前にしても
スプーンを小さく動かしては口に運ぶだけで、表情も何だか浮かない顔つきである。
いつもとのあまりのギャップに、事情を知っているアルフォンスだけでなく
ロイがエドワードの異変に気付くのも、当然と言える。

「シチューは・・・好き・・・だけど・・・」

カチャカチャとスプーンをお皿の中で転がしながら、エドワードは小さく俯く。
ここで本当のことを言ってしまったら、ロイのことだから、エドワードがどんなに嫌がっても
無理矢理引き摺ってでも歯医者に連れて行くに決まっている。
そう考えると、医者嫌いのエドワードとしては、このまま黙ってロイをやり過ごすに限る。

「なっ・・・なんでもないからっ・・・」

本当は右奥歯がズキズキと痛むし、出来立ての熱いシチューは沁みるのだけれど
何でもないという顔をしていなければ、ロイは怪しむだろう。

エドワードは、パッと顔を上げると、スプーンいっぱいにシチューをすくって大きく口を開け
痛いのを堪えて放り込んだ。

「・・・・・・鋼の、嘘は良くないね」

もぐもぐとあごを動かして、何とか右奥歯には当たらないように配慮しながら
野菜を噛み砕いていたエドワードに、ロイは呆れたような視線を送る。

「うっ・・・嘘なんかじゃねーもん・・・」

エドワードが必死になってごまかしても、ロイには全てお見通しらしく

「鋼の。君の嘘ぐらい、私にはすぐわかるんだよ」

じっと厳しい視線で射抜かれてしまう。

「う〜・・・ッ!!」

この視線にぶつかってしまった以上、エドワードに勝ち目はない。
この辺りで大人しく降伏しておかないと、後が怖い。
それは、今までの経験上、嫌というほど解っていた。

「ほら、鋼の。素直に白状したまえ」

ロイに、コツンとテーブル越しに大きな手で頭を小突かれる。
けれど、それで素直に白状できるほど、エドワードにとって、この悩みは単純ではなかった。

「むぅ・・・・・・・・・」

エドワードは、むくれながら、ぷいっと視線をロイから外し、だんまりを決め込んでしまった。

「ちょっと兄さん・・・」

俯いた兄を、隣に居た弟は肘で促しながら声を掛けるけれど、エドワードは頑なに口を
閉ざしたままで、何もしゃべろうとしない。

「もう・・・じゃぁ、僕がしゃべっちゃうよ?」

俯いたエドワードが、ハッとして顔を上げる。
自分がいくら口を閉ざしたところで、アルフォンスは事情を知っているのだから
ロイに隠し通せるはずもない。
それに、アルフォンスは昨日エドワードを何とかして歯医者に連れて行こうとした。
どう考えても、今のアルフォンスはロイに味方するだろう。

「あっ・・・アル、しゃべっちゃダメッ!!」

そう考えたエドワードは、椅子に立ち上がると、隣に座っていたアルフォンスの顔を
小さな手で必死に押さえた。
アルフォンスの身体は鎧で、実際の声は鎧の内部の血印から聞こえてくるから
鎧の顔をいくら押さえても本当は無駄なのだけれど、焦っているエドワードは
それでも押さえずにはいられなかった。

「ほぅ・・・アルフォンス君は知っているんだな・・・」

「ええ、まぁ・・・・・・実はですね・・・」

確実に進んでいくロイとアルフォンスの会話。

「だっ・・・ダメだってばぁーッ!!!」

その間に、エドワードの絶叫がこだました。





翌朝、10時20分。
エドワードは、少し熱を持ってきた右頬に手を当てながら歯科医院の前で
難しい顔をしながら唸っていた。

「う〜・・・・・・うぅ〜・・・・・・」

先ほどから、足は入り口の前を行ったり来たり。

「知り合いの歯医者に、10時30分に予約を入れておいたから」

そうロイに告げられたのは、エドワードが朝食の席に着いたと同時だった。

どんなにエドワードが

「痛くないから・・・大丈夫だから・・・」

と、そう主張しても、ロイもアルフォンスも信用してくれなくて
散々嫌だと言ったけれど結局は、こうして歯科医院の前まで来る羽目になってしまった。

「う〜・・・・・・・・・」

いつまで経っても、ふんぎりのつかないエドワードとは裏腹に、時間は確実に過ぎていく。
現在時刻は10時25分。
いつまでもウジウジと悩んでいるのは性に合わないと決断したエドワードは
意を決して歯科医院の重い扉に手を掛けた。

だが、その瞬間・・・・・・・・・

「やだぁーっ!!わぁぁぁぁーんっ!!!」

院内にこだまするほどの子供の激しい泣き声。

ドアに手を掛けた状態で、その声を聞いたエドワードは気が付けば反射的に身を翻し
脱兎の如く歯科医院から駆け出していた。





「はぁ・・・・・・・・・」

街を歩きながら、エドワードは激しく自己嫌悪に陥っていた。
今は身体は5歳児だけれど、中身はれっきとした15歳なのだ。
歯医者が怖くて逃げ出したなんて、自分で自分が情けない。

「はぁ〜・・・・・・」

おかげで、さっきから出るのはため息ばかり。

「ん・・・鋼の!?」

エドワードが俯いたまま歩いていると、頭上から聞き慣れた声が耳に入ってきた。
ふっと顔を上げれば、案の定、そこにはロイの顔。
市街視察の途中なのか、ロイは隣にホークアイを連れながら、手には何かの書類を持っている。

「あら、エドワードくん。こんにちは」

「えっ・・・あ、こんにちは・・・」

ホークアイに挨拶をされて、エドワードも慌てて返す。

「あ、そうそう。キャンディがあるんだけど・・・食べるでしょう?」

「えっと・・・」

ホークアイが、ごそごそとポケットからキャンディを取り出すよりも
エドワードが返事をするよりも先に、ロイが手でホークアイを制止する。

「歯医者にはちゃんと行ったのかね?」

そして、エドワードにそう問いかけた。

「え・・・えと・・・・・・」

歯医者が怖くて逃げ出しただなんて情けないと、自分で自分を嘆いていて
すっかりロイの存在を忘れてしまっていた。
ロイが予約した歯医者に、エドワードが行かなかったことぐらいきっとすぐにばれてしまうだろう。
そうなれば、ちゃんと行けと言われていたのに、行かなかったことを咎められて
今日の夜には、家に帰ってきたロイにこっぴどく叱られるに決まっている。
意外と几帳面なロイは、約束を破ることを嫌うから、予約を無視したエドワードは
当然お仕置きだろう。

「それにしては診察が少々早すぎるような気もするが・・・」

「う・・・そのっ・・・・・・」

叱られることがわかっているのに、本当のことなんて言えるわけもない。
エドワードは何とかして上手く切り抜けられないかと、モゴモゴと言葉を濁しながら
必死にその方法を探していた。

「ん?もしかして、まだなのか?」

いまいち煮え切らない態度のエドワードに、さすがにロイもおかしいと気付き始め
怪訝な顔つきでエドワードの顔を覗き込む。

「い・・・今から行くとこ!!」

それだけ言い残すと、エドワードはまたしても脱兎の勢いでロイとホークアイの間を
すり抜けて行ってしまった。

「・・・まったく・・・嘘をついてもすぐにわかると言ってあるのに、あの子は・・・・・・」

走って歯科医院とは全く逆方向へ逃げ出したエドワードを見て、ロイはそう言いながら
深くため息を吐いた。

「エドワードくん・・・虫歯だったんですか」

「あぁ・・・それなのに、歯医者が嫌だと言って行こうとしないんだよ・・・」

ロイは、エドワードが逃げた方向を見つめながら、またしても深くため息を吐いた。





その日の午後8時。
エドワードは、ロイの家の玄関扉の前を、落ち着かない様子でうろついていた。
結局、あの後も歯医者には行かなかったので、ロイが家に帰って来ていたら
こっぴどく叱られる羽目になってしまう。
入りたくないのだけれど、いつまで経っても家に入らないままでいるわけにもいかない。
またしても、ジレンマが襲ってくる。
エドワードは、もう10分以上前から、そんなことを考えながら扉の前を行ったり来たりしていた。

「う〜・・・・・・・・・」

エドワードが、うろうろとドアの前をうろついていると

「・・・鋼の、帰って来ているのはわかってるんだ。さっさと入ってきたまえ。
家の中に入るまでは、門限を守ったことにはならないよ」

玄関扉ごしに、ロイの声が聞こえてきた。
瞬間、ドキリと心臓が跳ね上がる。

エドワードの門限は、ロイによって午後5時と決められている。
それ以降は、5歳児がうろつく時間にしては危険だし、何かと厄介ごとに
巻き込まれやすいエドワードはなおさらだとロイが判断して、勝手に決めた。
当然、エドワードは反対したのだけれど、どんなに反対したところで所詮は、子供の主張。
あっさり撥ね退けられて、ちゃんと守らなかったらお仕置きだとまで言われてしまった。

歯医者の一件で、すっかり門限のことなど頭から抜けてしまっていたけれど
現在時刻からすれば、3時間も門限を破っていることになる。
ただでさえ、今日歯医者に行かなかったことでロイを怒らせているだろうに
その上、門限破りとなると・・・・・・

「さっさと入ってこないと、今日は100や200じゃ済まなくなるぞ?」

「〜〜〜ッ!!」

急に厳しくなったロイの声色に、エドワードはびくんっと身を強張らせる。

「鋼の、さっさと入ってきなさい」

ドア越しにロイにそう促されて、観念したエドワードは、そっと玄関扉を開いた。

「・・・おかえり」

目の前でそう言ったロイの顔は微笑んでいたけれど、目は決して笑っていない。
それを見たエドワードは

「・・・た・・・・・・ただいま・・・」

言いながら、思わず顔を引きつらせて後ずさってしまう。
そんなエドワードにはお構い無しに

「さぁ、おいで」

ロイは、エドワードがドアを閉めた途端、エドワードを小脇に捕まえ
そのままスタスタと自分の寝室へ向かいだした。

「やっ・・・やだーっ、やだやだっ!!やぁぁーっ!!」

こうなることはわかりきっていたのだけれど、それでも抵抗せずにはいられない。
この後、自分はとんでもなく痛い目に遭わされるのだから。

エドワードは必死に手足をバタつかせて、ロイに掴まれた小脇から逃げようと暴れる。

「こら、本当に100や200じゃ済まなくなるぞ?」

そう言って、ロイはピシャリとエドワードのお尻に平手を振り下ろしてエドワードを制止した。

「やっ・・・だってっ・・・だってっ・・・!!」

確かに歯医者に行かなかったことも、門限を3時間も破ったことも、全部自分が悪い。
本当はエドワードだってちゃんとわかっているのだ。
それなのに、お尻をぶたれて反省させられるなんて・・・。

「ちゃんとわかってるからっ・・・明日はちゃんとするからぁ!!」

エドワードは必死に訴えるが

「わかっているのなら、素直に反省できるだろう?」

逆に、ロイに意地悪く返されてしまう。

「も・・・ちゃんと反省したもん・・・」

何を言っても無駄なのだと知らされたエドワードがブツブツと文句を言っている間に
ロイは自分の寝室に到着してしまい、エドワードはロイの小脇に抱えられたまま
一緒に部屋の中へ連れ込まれてしまった。





バチンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「ふぇぇぇっ・・・・・・やぁぁっ!!」

部屋に着いてすぐ、ベッドに腰掛けたロイの膝の上に寝かされて
剥き出しにされたお尻に、大きな平手を打ち据えられた。
バチン!バチン!と甲高い音が部屋中に響く。
エドワードがどんなに言い訳を口にしても、手足をバタつかせても
ロイは一向に動じることなく、一定の間隔でエドワードのお尻を真っ赤にしていく。

「ふぇっ・・・うぇぇっ・・・ごめ・・・なさぃっ!!」

お尻は焼ける様に熱いし、とにかくめちゃくちゃ痛いし、エドワードは
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死にロイに許しを請う。

パァンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「も、やぁぁっ・・・たいさ、ごめっ・・・なさいっ!!」

ロイの大きな手でぶたれたお尻は、もうまんべんなく真っ赤で、エドワードはとてもじゃないが
これ以上は耐えられそうになかった。
震える小さな手でロイのズボンをぎゅっと握り締めて、エドワードはロイにもう許してと訴え続ける。

「鋼の、私が何に怒っているか、わかるかね?」

ロイは問いながらも、振り下ろす手は止めてくれない。

「えぅっ・・・もんげんっ・・・まも・・・な・・・ったからぁっ・・・」

「他には?」

「ちゃんと・・・はいしゃ、いかなかっ・・・からぁっ・・・」

エドワードは、お尻が痛くて働かない頭をフル回転させて、必死に答える。

「他には?」

「ふぇっ・・・・・・!?」

エドワードの考えていた、自分が今日やらかした悪事というのは
きちんと歯医者に行かなかったことと、歯医者のことで頭が一杯になって
すっかり門限の存在を忘れて、破ってしまったこと。
このふたつだけ。

「ほら、他には?」

ロイが言うような、他のことなんて考えつかない。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

エドワードが答えられずにいると

バチンッ!!バチンッ!!パァンッ!!

「うぇぇっ・・・ひたぁっ・・・も、やぁぁっ!!」

先ほどよりも、きつい平手が降ってきた。

「ちゃんとわかるまで、今日はずっとこのままだな」

「ひぅっ・・・やぁぁっ・・・も、やだぁぁぁッ!!」

ロイが、まだまだお仕置きを終わらせてくれるつもりがないのを知らされたエドワードは
手足を必死に動かして暴れた。
もう既に50は軽く越えているし、お尻も真っ赤になっていてとんでもなく痛い。
それなのに、これ以上なんて、とても耐えられるわけがなかった。

「うぇぇっ・・・やぁぁぁッ!!」

エドワードはジタバタとロイの膝の上で、必死にもがく。

「やだぁっ・・・も・・・いたいの、やぁぁッ!!!」

「こら、あんまり暴れると落ち―――――」

―――――――――――――――ベシャッ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

暴れてバランスを崩したエドワードは、ロイが支えてくれるよりも先に
顔面から真逆さまに床に落ちた。

「・・・・・・は・・・鋼の!?」

随分と小気味良い音が部屋に響いて、あっけにとられていたロイだったが
さっきの音からすれば、エドワードは顔からモロに床に突っ込んだらしい。
慌てて抱き起こしてみれば・・・

「ふぇ・・・・・・ぐすっ・・・うぇぇぇぇっ!!」

したたかに鼻を打ちつけたらしく、エドワードの鼻はお尻と同じく、赤くなっていた。
顔に怪我でもしたかと心配したが、どうやら大事には至らなかったようだ。
ロイは安心する反面

「・・・だから、暴れるなと言ったのに・・・」

と、少々呆れ気味に声を出す。

「ほら、鋼の。こっちを向いてごらん」

一応、他に怪我がないかを調べようと、ロイがエドワードの顔に手を掛けた瞬間
ポロリと何かが泣きじゃくるエドワードの口から零れ落ちた。
そのまま、コロリと床に転がったものをよくよく見てみると、その何かは
どうやら白い色をしているらしかった。

「ん・・・?」

ロイが拾い上げて、もう一度よく見てみると、その白いものは一部が黒くなっている。

「・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」

ロイは、お尻と顔面を打った痛みでグズグズと泣きじゃくっているエドワードの口を
無理矢理こじ開けると、急いで口腔の右奥を確かめる。
すると、先程まではあったであろうエドワードの右奥の虫歯は綺麗に姿を消しており
代わりに小さな小さな白い歯がひょっこりと顔をのぞかせていた。

「鋼の・・・・・・君は、何歳だったかな・・・?」

「ふぇ・・・?15・・・だけど?」

泣きじゃくりながら、きょとんとした顔でエドワードは、ロイを見上げる。
ロイはと言えば、15歳でまだ乳歯があったなんて事実にあっけにとられて、思わず脱力する。
本当は、エドワードがちゃんとわかるまでお仕置きするつもりだったけれど
おかげでこれ以上は叱る気も失せてしまった。

「ぐすっ・・・たいさ・・・?」

エドワードは泣きじゃくりながら、急に黙り込んだロイを不思議そうに見上げてくる。

「はぁ・・・・・・」

しょうがなくロイは、エドワードの頭をポンポンと撫でると、ようやく口を開いた。

「あのねぇ、鋼の。私が怒ったのは、君が自分の身体を大事にしなかったからだ。
もちろん、歯医者の先生に、予約していた時間に行かないで迷惑を掛けたり
決められた門限を守らないのも、悪いことだがね。
歯が痛くて困るのは、君自身だろう?」

違うか?と、問われて、エドワードは

「・・・・・・・・・・・・ちが・・・わない・・・」

口を尖らせながらも、そう答えるしかなかった。

「他でもない自分の健康のことなんだから、痛いから嫌だなんてそんな理由で
自分の身体を粗末にしないこと。わかったね?」

ロイの言うことは確かに正しい。
それはわかっているのだけれど、エドワードとしては、よりにもよってロイに
そんなお説教をされるとは、何だか悔しいような、恥ずかしいような・・・。
でも、真っ赤になったお尻はひどく痛むし、これ以上余計なことを言ってぶたれてはたまらないから
エドワードは素直に

「・・・・・・わかった」

と、一言だけ小さく答えた。





次の日の昼下がり、ロイとエドワードは、ロイの邸宅の庭先で二人して空を見上げていた。

「取れたのは、下の奥歯だから、上に向って投げるんだよ」

「・・・なんで?」

「東の国の風習でね。次に生えてくる歯が丈夫な歯になりますように、との願掛けだそうだ」

「へぇ・・・・・・」

エドワードは感心したように呟くと

「うりゃっ!」

左手に握り締めていた昨日までの痛みの元凶を青い空目掛けて、思い切り投げつけた。





こうして、元凶は空へと消えたのだが、エドワードのマスタング家での生活ルールに
『甘いものを食べたら、必ず歯磨きをすること』が、付け加えられたのは、言うまでもない。