ぷちらば


15.右手、ひだりて。

その日、いつものように、エドワードはロイと一緒に司令部へやって来た。
そして、ロイはいつものように、会議へと出かける。
エドワードはいつものように、広い執務室で一人きり。
ただ、その日違っていたのは、机の引き出しから、あるモノが姿を見せていたこと。





「鋼の・・・・・・これはどういうことかね?」

会議から帰って来たロイに、地を這うような低い声で尋ねられて
エドワードはびくんっと肩を震わせる。

「もう一度訊く。鋼の、これはどういうことかね?」

そう問いかけてくるロイの目はギロリと厳しくエドワードを見据えている。

「・・・・・・・・・・・・」

どう見ても怒っているロイが怖くて、エドワードは何も言えず、黙り込んでしまった。

「・・・これだけはっきりと証拠が残っているのに、素直に白状できないのかね?」

ロイがバンッと机を叩く。
そのロイの手のすぐ隣には、黒焦げの書類と、ロイの発火布で出来た手袋。
エドワードが何をしたかなど、一目瞭然である。
書類のほとんどは黒焦げどころか、灰になってしまっていて
ロイがバンッと机を叩くごとに、灰が宙に舞った。

「鋼の」

ロイが低く名前を呼んでやれば、エドワードはその度にびくんっと身を強張らせる。
だが、俯いているばかりで、口を開こうとはしない。
ロイはやれやれ・・・と、大きくため息を吐いた。

そこに置かれていた書類は、会議に出かける前にホークアイが持ってきたもの。
ロイはそれにまだ目を通していなかった。
いくら錬金術師とはいえ、何が書かれていたかわからないものを灰の状態から元へは戻せない。
灰から錬成できたとしても、出来上がるのはせいぜい白紙の書類である。

ホークアイは期限が明日の朝だと言っていた。
現在時刻は21時。
机に置かれた時、ドスンと音が鳴るくらいの量だったから、どう考えても
今日は全員残業になりそうだ。

ロイはまたしても深くため息を吐くと、余った書類で灰をすくい、そのままゴミ箱へ捨てた。

「鋼の・・・来なさい」

「ぁ・・・・・・」

その場から全く動こうとしないエドワードの腕を、ロイがぐっと掴んで引き寄せると
エドワードは小さく声を漏らした。

「も・・・もうしないからっ・・・だからっ・・・!!」

これから自分の身に起こることを察したのだろう。
小さな子供は無駄とわかっていながらも、言い訳を口にする。

「私の発火布には触るなと、以前にもそう釘を刺したはずだがね。
その時、君は今と同じことを言ったと思うが?」

だが、ロイはそんな子供の言い訳などする余地も認めない。
そのままエドワードの腕を引っ張って、執務椅子の傍まで寄ると、どっしりと腰を下ろし
エドワードをその膝の上に乗せた。

「やっ・・・やだぁっ・・・大佐、ごめっ・・・ごめんなさいっ!!」

ジタバタと手足を懸命に動かしながら、エドワードは必死に許しを請う。
珍しく早々に謝罪の言葉を口にしたエドワードだったが、今回ばかりは
素直に謝ったからといって、ロイは簡単に許してやるつもりはなかった。

自分ひとりだけに被害が及ぶならまだ良いけれど、今回のエドワードの行動によって
自分の部下までも一緒に残業する羽目になってしまったのだ。
人に迷惑を掛けるなと、エドワードには散々言い聞かせていたロイだから
今回のことは、そう簡単に許してやれそうもなかった。

「まったく・・・君は毎度毎度、懲りもせずにイタズラばかり・・・」

ロイは、ため息を吐きながらエドワードのズボンに手を掛ける。
瞬間、ビクリとエドワードの身体が強張ったのがわかったが、ロイはあえて無視して
そのまま下着ごとズボンを膝まで下ろしてしまった。

「やっ・・・やだぁっ・・・ホントに、もうしないからぁっ!!」

エドワードがどんなにお願いしても、泣きそうな顔で見上げても、ロイは相手にしてくれない。
抵抗も虚しく、エドワードの小さなお尻は剥き出しにされてしまった。

「少しは学習したまえ」

ロイはそう冷たく告げたかと思うと

バチンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「いたぁっ・・・やっ・・・・・・いだぁっ!!」

最初から容赦のない平手を与えた。

「いたぁっ・・・・・・やぁっ・・・」

いきなり容赦なくぶたれて、エドワードは堪らず自分の手でお尻をかばう。

「うぇぇ・・・いたぃ〜・・・・・・」

エドワードは、もう許してと、目尻の端に大粒の涙を浮かべてロイを見上げるが

「・・・鋼の、手をどけなさい」

ロイはエドワードのお尻をかばっている手をピタピタとはたくだけ。

「ちゃんとっ・・・はんせいしてるっ・・・みんなにも『ごめんなさい』いうからぁっ・・・」

そうロイに訴えてみても、ロイは

「・・・早くどけないと、数を増やすぞ?」

冷たい声で恐ろしいことを言うだけで、エドワードの言い分など聞いてもくれない。
それでも痛いのが嫌なエドワードは、かばっている手をなかなかどけようとはせず
痺れを切らしたロイは、エドワードの手をぐいっと捻り上げると
そのままエドワードの背中に縫い付けた。

「うぇぇ・・・・・・いたいのやだぁっ・・・」

そうエドワードが泣き言を漏らしても

「痛くされる様なことをしたのは、君だ。反省しなさい」

ロイに冷たく告げられる。

バチンッ!!パァンッ!!パァンッ!!

「ふぇぇぇ・・・・・・やっ・・・いたぁっ!!」

腕は捻り上げられてしまっているから、動かせない。
けれど、痛くて痛くて、エドワードは堪らずに身をよじって何とかロイの膝から
逃れようと必死に暴れる。

バチィンッ!!パァンッ!!バチンッ!!

「うぇぇぇぇ・・・・も、やだぁっ・・・やぁぁっ・・・」

パァンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「やぁぁっ・・・たいさ、おねがっ・・・も、やだぁっ!!」

パァンッ!!バチンッ!!バチンッ!!

「ふぇぇっ・・・・・・うぇぇぇっ・・・やぁぁっ」

エドワードがどんなに膝で暴れても、名前を呼んでお願いしても
ロイは決して手を緩めてはくれなかった。
それどころか、バカな願いはするなと言わんばかりに、厳しく平手を振り下ろしてくる。

「ふぇぇぇっ・・・・・・も、やぁぁっ・・・うえぇぇっ・・・」

いつもロイは、エドワードが泣き出したら、それなりに力を緩めてくれて
許すチャンスを与えてくれていた。
そこで素直に『ごめなさい』が言えたら、そこから後はこれでもかというほど
優しくエドワードを甘やかしてくれる。

それなのに、今日はこれだけ厳しくされていて、エドワードも泣きじゃくって
涙で前が見えないぐらいなのに、ロイはなかなか許すチャンスをくれない。
それほどまでに、今日のロイは怒っているのだ。
そう考えると、エドワードは自分がロイをここまで怒らせるほど
とんでもないことをしでかしたのだと自覚させられる。

「うぇぇぇっ・・・たいさ・・・・・・ごめっ・・・ごめ・・・なさぃっ!!」

泣きじゃくって上手く呼吸も出来ない喉から、一生懸命に搾り出して『ごめんなさい』を繰り返して。
それでもロイの平手打ちは止まってくれなくて。

今回ばかりは、本当にもう許してもらえないのかもしれない・・・そう考えると
エドワードは余計に悲しくなって、瞳からはボロボロと大粒の涙が溢れ出た。

「ひくっ・・・うぇぇぇっ・・・!!」

バチンバチンと肌を張られて、当然お尻は痛いし、怒っているロイも怖い。
けれど、それ以上に、もう自分は許されないんだと思うと、一層不安でしょうがなくて。
エドワードは膝の上でビクビクと怯えながら、ボロボロと涙を零した。

「うぇぇぇっ・・・やだぁぁっ・・・」

泣いて泣いて泣きじゃくって、お尻もまんべんなく真っ赤になって、じんじんと痺れるように熱い。

「ぐすっ・・・ふぇぇぇ・・・」

痛くて痛くて『ごめんなさい』も言えなくなるぐらいで、エドワードはもはや
嗚咽を繰り返すだけになってしまった。

「まったく・・・・・・」

今まで一言も発しなかったロイは、ここまできてようやく一言そう漏らすと
ため息を吐きながら、ひくひくと泣きじゃくるエドワードを膝の上から解放した。

「ふぇ・・・・・・・・・」

あんまりにもお尻が痛くて熱くて、エドワードは立っていられなくて
そのままペタリと床に座り込む。
ようやく許されたのだと思って、泣きじゃくった顔のままロイを見上げてみるが
ロイはエドワードの方など見向きもせずに、すっと立ち上がった。

「うぇぇ・・・・・・たいさぁ・・・」

いつものように甘やかしてくれるものだとばっかり思っていたエドワードは
ペタリと座り込んだまま小さな手をロイの方へ伸ばすが

「・・・君のような悪い子は、甘やかしてやれんな」

と、まだ低いトーンで告げられ、ロイはそのまま執務室を出て行ってしまった。

「う・・・ぐすっ・・・ふぇぇぇ・・・」

今日のロイは、本当に怒っていて、まだ自分は許されたわけではないのだと知らされる。
ポツリとひとり執務室に残されたエドワードは、ロイに自分はもう許されることはないのだと
そう告げられたような気がして、お尻に降ってくる平手はもう止まったのに、ボロボロと流れる涙は
止められそうもなかった。





ガチャリとドアノブを回す音が聞こえて、バタンと扉が開かれる。
それでもエドワードは扉を振り返ることもなく、まだ床に座り込んだままで泣きじゃくっていた。
ロイはそれに構わず、持ってきた書類を机に置くと、自分は椅子に座り直し
サラサラと書類にサインを走らせる。

「ぐすっ・・・・・・ひくっ・・・・・・たいさ・・・」

エドワードは、ロイが出て行った時のまま、床にペタリと座り込んで
未だに泣いたままの真っ赤な目で頭上を見上げて、弱々しくロイを呼ぶ。
それでも、ロイはエドワードの方になど振り向いてもくれない。
ただ淡々と書類を処理していく。

エドワードはじんじんと熱く痛むお尻を擦りながら、どうすればロイに許してもらえるのだろうかと
必死になって考えていた。
二人きりの執務室に響くのは、ロイがカリカリとペンを走らせる音と
エドワードがすすり泣く声だけ。
ロイは黙々と作業を続けるだけで、エドワードには何も言わない。





ロイの会議中、エドワードは執務室でいつものように一人きりで留守番をしていた。
書棚の資料から、ふと目を逸らすと、ロイの机の引き出しから見えたあの白いモノ。
それが発火布だというのは、知っていた。
以前にもそれを使って、ロイの書斎を半壊させたことがあるからだ。

負けず嫌いな性格からか、今度こそは上手くやってやる・・・なんて
意気込んでしまったのがそもそもの間違い。
手袋をはめてみれば、当然5歳児の手にはぶかぶかで。
それでも何とかなるだろうなんて、そんな甘い考えで小さな指を擦り合わせた。

火力の調整が前回よりも上手かったのがせめてもの救いか。
執務室を半壊させるまではいかなかったものの、机に積んであった書類は灰と化した。

だが、それだけでもロイを怒らせるのには充分すぎた。
エドワードは今更どうにもならないとわかっていながらも、あの時
軽々しく発火布を取ってしまったことを後悔していた。
おかげで今、ロイはとんでもなく怒っていて、自分のことなど相手にしてくれないのだから。





「ふぇぇ・・・たいさっ・・・・・・ごめ・・・なさっ・・・」

どんなに悩んでも、考えても、後悔しても、結局はこれしか言えない。
泣きじゃくりすぎて喉も枯れて、声を出すのも本当はつらいけれど、許してもらえない方が
もっとずっとつらい。
エドワードは懸命に喉から声を絞り出してロイを呼ぶ。

「たいさ、ごめ・・・なさぃっ・・・・・・も、しないっ・・・ふぇぇ」

必死に『ごめんなさい』を繰り返して、エドワードは小さな手で
椅子に座っているロイのズボンをきゅっと握った。

「ホントにっ・・・も、しなぃ・・・ふぇぇ・・・たいさ、ごめ・・・なさぃっ・・・」

嗚咽を繰り返しながら、カタカタと震える手で弱々しくロイを呼ぶ。
カタンッと小さな音がしたと思ったら、急にふわりと身体が浮いた。

「・・・まったく・・・どうしようもないな、君は・・・」

浮いた身体を膝の上に向かい合わせにちょこんと乗せられて
驚いて目をパチパチさせながらそっと見上げると・・・・・・・・・
溜め息を吐いて、苦笑するロイの顔。

「少しは、懲りたかね?」

「・・・たいさ・・・ごめ・・・ごめ・・・なさっ・・・」

ようやく許されたのかもしれないと、そう思うとエドワードは何だかほっとして
余計に涙が止まらなくなってしまった。

「これでは、国家錬金術師の名が泣くぞ?」

そう言って、ロイはエドワードの頬に流れる涙を拭ってやる。

「だ・・・だってっ・・・ふぇぇ」

そんなことを言われても、後から後から勝手に出てくるのだから
エドワードにはどうやって止めれば良いかなんてわからない。
自分でも目を擦って何とか止めようとするのだけれど、なかなか上手くいかない。

「・・・これで少しは懲りただろう、鋼の?発火布には二度と手を触れないこと。わかったね?」

ロイにそう言われても、未だに涙が止まらないエドワードは、コクコクと首を縦に振って
返事をするしか出来なかった。

「・・・よし、いい子だ」

そう言われて、ぐりぐりと頭を撫でられる。
今日のロイは本気で怒っていて、とにかく厳しくて、怖くて。

「ふぇぇぇぇ・・・・・・」

エドワードは、ロイの手がまた自分に優しく触れてくれたことが嬉しくて。
けれど、そんなことを思っているなんて、ロイに知られるのが何だか癪で
グスグスと泣きじゃくりながら、ロイの胸に顔を埋めて誤魔化した。





「・・・オレも何か手伝う」

膝の上でグスグスと泣いていたエドワードが、泣き止んで開口一番そう言った。

ロイは時間も遅いし、帰って先に寝るように指示したが、頑固なこの子供は
ロイやその他のメンバーが残業することになったのは自分のせいだからと、譲らない。

「鋼の、私の言うことがきけないと?」

「うっ・・・・・・」

だが、少しきつく睨んでやれば、ビクッと肩を震わせて黙りこむ。

「聞き分けのない子は、どうされるんだったかな?」

更に追い討ち。

「う〜・・・でもっ・・・」

小さな口を尖らせて、エドワードは不平をもらすが、現在時刻はもう22時。
これ以上は5歳児が起きていて良い時間ではない。
結局、ロイは渋るエドワードを半強制的にハボックに自宅まで送らせた。

エドワードを帰してしまった今、執務室にはホークアイが時々書類を集めに来る以外は
人の出入りがなくなって、部屋に響くのはカリカリとペンを走らせる音だけ。
そっと懐中時計を開けば、時計の針は2本とも真っ直ぐに上を指していた。

エドワードのイタズラがなければ、もうとっくに家に帰れていただろうに・・・と思うと
少しばかりの溜め息も出るというもの。
だが、例え溜め息を吐いたところで、書類の量には変わりがない。
残業は残業だと自分に言い聞かせて、ロイはぐっと腕を上げて伸びをすると
書類の山を倒すべく、ペンを取り直した。





あれから随分と時間も経って、何とか目処が付きそうになったので
ロイは部下達を全員残業から解放してやった。
なので、今は書類を取りに来る者もいなくて、執務室には正真正銘ロイひとりきり。
胸にしまった銀時計の秒針の音が、カチカチと妙に大きく聞こえる。

「はぁ・・・・・・・・・」

やっと最後の一枚にサインを終えて、再度時間を確認してみれば、もう午前3時。
明日の出勤時刻は6時の予定だったから、今から家に帰ってもろくに寝られない。

「・・・仮眠でも取るか」

ロイは大きく伸びをして立ち上がり、欠伸をしながらドアに近づく。
バキバキと凝った肩を鳴らしながらノブを回すと

ガサガサガサ・・・・・・

真っ暗な廊下で動く小さな何か。

(・・・・・・何だ?)

目を凝らしてよく見てみると、暗い廊下でガサガサと動くその何かは
赤い色をしているように見えた。

「・・・・・・・・・鋼の?」

赤といえば、エドワードのいつも着ている、あの赤いコートを連想して
思わず発してしまった言葉に、その何かはビクンッと大きく反応してロイから離れようとする。
怪しんで、ロイがその赤い物体をぐっと掴んで引き寄せてみれば

「あ・・・あはは・・・見つかちゃった・・・はは・・・」

バツが悪そうに苦笑する真っ赤なコートを着た金色の子供。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

随分と前に家に帰したはずのエドワードが、まさか戻ってくるとは思ってもみなくて
ロイは思わず無言になってしまう。

「あのっ・・・ホントはちゃんと言われた通り、帰って寝ようとしたんだよ!?
ベッドにも入ったけど・・・・・・でも、残業の原因作ったオレが先に寝るのって
何だか悪いなって思って・・・大佐の仕事が終わるまでオレも起きてようって・・・
ホントは、大佐が出てくる前に帰るつもりだったんだ・・・けど・・・・・・」

その無言を怒っていると汲み取ったのか、エドワードは早口で言い訳を口にする。

「う・・・・・・いいつけ・・・やぶって、ごめんなさぃ・・・」

首根っこを掴まれてしまっているから、もはやこの場でロイから逃げるのは不可能。
そう判断したエドワードは、これ以上お尻をぶたれてはたまらないので早々に
素直に謝ってしまうことにした。

「あの・・・・・・大佐、怒った・・・?」

『ごめんなさい』を言っても、まるで反応のないロイを不審に思って
エドワードはチラリとロイを見上げる。

「はぁ・・・君って子は・・・」

エドワードが見上げると、ロイは小さく溜め息を吐いて苦笑した。

「せっかく早めに帰したのに、これでは意味が無いじゃないか」

ロイは、困った子だとエドワードの頭をコツンと小突くと
そのままエドワードを抱き上げて歩き出す。

「おわっ!?あ・・・あの、大佐っ・・・そのっ・・・」

抱き上げた瞬間、エドワードの身体がビクリと大きく強張ったのがわかった。
おおかた、またお尻をぶたれると思って怯えているのだろう。
だが、つい6時間ほど前に厳しくお仕置きしたばかりだし、自分のせいだからと言って
ロイが仕事をしている時間までは起きていようなんて、エドワードの優しい気遣いが
正直、ロイには嬉しかった。

だから、ロイは今回、これ以上エドワードのお尻をぶつつもりはなかった。

「うぇっ・・・やっ・・・大佐、お尻痛いのはもうやだぁっ!!」

けれど、ロイはそれをエドワードにはまだ教えてやらない。

「ごめんなさいっ・・・も、いいつけ破んないからぁっ!!」

肩口でビクビクと怯えて、今にも泣きそうな声でエドワードはそう訴えるけれど
ロイはあえて無言で歩を進める。

これは言い付けを守らずに、家で大人しく寝ないで、夜中に出歩くなんて危険なことを
しでかしたことに対する小さなお仕置きだから。

「うぇぇっ・・・やだぁっ・・・お尻痛いの、もうやだぁっ・・・」

スタスタとロイが歩を進めるたびに、完全にお仕置きされると思い込んでいるエドワードは
グスグスとぐずり始めた。
仮眠室に着いて、ロイがその扉を静かに開くと

「やだぁっ・・・やぁぁっ!!」

エドワードはロイの腕の中で、より一層大きく暴れだした。
ロイはしょうがなく、ピシャリとエドワードのお尻を軽くはたいて黙らせると
そのままエドワードをストンと床に降ろした。

「・・・・・・ふぇ?」

てっきりまた膝に乗せられて、それはそれは痛い思いをする羽目になるんだとばかり
思っていたエドワードは拍子抜けしたような顔で、きょとんとロイを見上げる。

「鋼の、コートを脱ぎなさい。朝までもう時間が無いんだ。さっさと寝るぞ」

ロイはそう言いながら、自身の上着を脱ぐ。

「え・・・えっと・・・??」

いまいち状況が飲み込めないエドワードは、頭に?を飛ばしておろおろとするばかり。

「ほら、さっさとしたまえ」

ロイにそうせかされて、何だかよくわからないけれど、エドワードは自分の赤いコートを脱いだ。
その途端、ロイに腕を引かれて、膝の上に座らされる。

(やっぱり、お尻ぶたれるんだっ!!)

そう察したエドワードは、バタバタと暴れようとするが、後ろからロイに押さえ込まれてしまった。
背後から、ぬっと伸びてきたロイの大きな手が、エドワードの小さな靴を脱がしていく。

(・・・あ・・・あれ・・・?)

そう言えば、今自分は膝の上に、ロイの胸に背中を預ける形で座っている。
てっきりまた容赦なくお仕置きされるものだと思っていたエドワードは
ロイが何をするつもりなのかわからず、膝の上でそわそわと落ち着かない。

「ほら、寝るぞ。夜更かしは身体に悪いと、何度もそう教えただろう?」

ロイはエドワードの靴を脱がし終わると、エドワードを抱きこんだままバタリと横に倒れてしまった。

「うぇっ!?なっ!?」

無理矢理一緒に倒されたエドワードはわけがわからない。

「大佐!?何なんだよ!?」

もぞもぞと動くたびに、ベッドのスプリングがギシギシと音をたてる。

「・・・おやすみ」

ロイは一言そう言うと、掛け布団をふわりとかけて、目を瞑った。

(・・・わけわかんねぇ・・・・・・けど・・・)

早々に寝ようとするロイに、本来ならばどういうことなんだと、文句のひとつも言ってやりたい。
けれど、仮眠室なんて場所でロイが寝なくてはいけない原因を作ったのはエドワード自身。
それを考えると、もうこれ以上は暴れることも出来ず、エドワードはロイの腕の中で
大人しくしているしかなかった。

二人が寝るには少し狭い仮眠室のベッド。
お世辞にも上等とは言えないから、寝心地もそれほど良くない。
けれど、今日はロイが隣にいるから、少なくとも寒くはなかった。

時刻は午前3時30分。
5歳児の身体には、もうこれ以上の夜更かしは無理で、エドワードは温かなロイの腕に擦り寄ると
重い瞼を閉じて意識を手放した。





翌朝、午前6時。
仮眠室の扉を開けたホークアイは、どうしたものかと苦笑していた。

ひとつのベッドで仲良く眠る二人は、それはそれは気持ち良さそうで。
エドワードがすっぽりとロイの腕の中に納まってしまっているから、ロイを起こせば
自然とエドワードまでも起こしてしまう。

「・・・・・・今日だけですからね?」

困ったように小さく呟くと、ホークアイはずり落ちそうな掛け布団をそっと二人に掛けてやる。

ふわりと掛けられた布団の間から見えたのは、仲良く同じ夢でも見ているだろう―――――
しっかりと握られた二人の右手とひだりて。