ぷちらば


12.夕焼けラプソディ

自分の上官が、こんなにも子煩悩だったなんて、東方司令部配属であるハボック少尉は、今まで思いもしなかった。

それもそのはずで、上官は29歳の独身。子供どころか、奥さんもいない。
毎日のようにラブレターをもらい、街を視察すれば、女性達の黄色い声と、プレゼントの嵐。
しょっちゅうデートを楽しんでいるようだが、その姿を見かけるたびに、お相手はいつも違う。
そんなプレイボーイな上官に、自分は何度、煮え湯を飲まされたことか。

「あの女好きの大佐が・・・・・・子育てなんて・・・ねぇ?」

誰に同意を求めるわけでもなく、ハボックはポツリと呟きながら、胸元から右手でライターを取り出すと
左手に持っていたタバコにゆっくりと火を点けた。





その日、ロイ・マスタング大佐の勤務は昼までであった。
なので、ロイは司令部に一緒に来ていたエドワードを連れて、帰路に着いた。
まだ昼なので、人通りも多く、街は活気に満ち溢れている。

大通りのマーケットを抜け、二人はロイの自宅へ帰るべく、少し横道へ入った。
その道の途中で、ふとエドワードが足を止めた。

「・・・ん?どうかしたのかね?」

エドワードが足を止めた店の看板を見ると・・・・・・

「なるほど、古本屋か・・・・・・」

エドワードはその古本屋のショーウィンドウにべったりと貼りついて、そこから見える店内を
キラキラした目で見つめていた。

「そんなに気になるなら、中に入ってじっくり見れば良いじゃないか」

ロイがそう声を掛けると、エドワードは

「えっ、良いの!?」

パッと満面の笑みを浮かべて、パタパタと店内に入って行く。

普段は生意気で、大人びた言動をするエドワードだが、根が素直なので、時折こういう子供らしい顔をする。
それを見るとロイは、国家錬金術師といえどまだまだ子供だと、苦笑すると同時に、つらい過去を持つエドワードにも
子供らしい一面があることに、ほっと安堵を覚えるのだった。

ポツリポツリとまばらに客がいる店内で、エドワードは天井まである書棚の前で精一杯の背伸びをしていた。

「・・・お探しの本はこちらかな?」

ロイはエドワードの背後から手を伸ばすと、ひょいと書棚から一冊の本を取り出してやる。

「・・・・・・むぅ・・・」

はい、とロイから本を差し出されて受け取ったものの、エドワードは難しい顔をして口を尖らせた。

「何だ?それじゃないのかね?」

「・・・・・・ちが・・・わないけど・・・」

普段から人一倍身長にコンプレックスを抱いているエドワードにとって、いかに今は5歳児の身体だとはいえ
ロイにこうもまざまざと身長差を見せ付けられては、面白くないというもので、思わずむくれた顔をしてしまう。
そんなエドワードの内情がわかったロイは、エドワードの頭を撫でると、そっと抱き上げた。

「ちょっ・・・・・・何すっ・・・!?」

ロイの突然の行動にエドワードはジタバタと暴れるが、力ではとても敵わないので、結局はされるがままになってしまう。

「これが私の目線だよ」

「はぁっ!?」

ぐっと脇の下に手を回されて抱き上げられたエドワードは、ロイが何を言いたいのか、さっぱりわからない。
だが、その目線から見える景色は5歳の今とも、15歳の時とも、まるで違っていた。
さっき手が届かなかった書棚は、抱き上げられた今の自分の目線と同じぐらいの高さだし、天井までの距離もずっと近い。
これがロイの・・・大人の男の目線。

「あと5年もすれば、君はきっと私のこの目線よりも、高くなるんだろうな・・・」

エドワードの軍部での後見人の立場にあるロイにとっては、それが楽しみなようでもあり、反面、少々寂しい気もする。

「・・・・・・なってやるさ。今に大佐なんて見下げてやるだからな!!」

ロイがそんな複雑な思いをしているなんて、思ってもみないエドワードは、いつも通りの憎まれ口を叩いた。

「・・・ほぅ、それは楽しみだな」

「わかったら、さっさと降ろせってばっ!!」

外見は5歳でも、中身は15歳。
いつまでも抱っこなんて子供扱いをされているなど、恥ずかしくてたまらない。
エドワードは、ジタバタとロイの腕の中で暴れだした。

「おわぁっ!?」

突然、身体を支えていた両腕をパッと離されて、エドワードはドスンと床に落ちた。

「このヤロ・・・何すんだ!!」

不意打ちのように床に落とされて、エドワードは床に打ちつけてしまった腰をさすりながら、ロイを睨む。

「君が降ろせと言ったから、降ろしたまでだ」

ロイは悪びれずにそう言い放つと、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

「てめぇ・・・絶対、見下げてやるからな!!」

その笑みが癪に障ったエドワードは、ロイに向かって叫んだが、ロイはさっさと他の書棚を見に行ってしまい
返事の代わりに、ヒラヒラと手を振られた。





キラキラした目で店内をうろちょろするエドワードを置いて、ロイは自分も書棚を眺めることにした。
ここのところは忙しくて、あまりゆっくりとした時間を過ごせていなかったことだし
たまには家で読書というのもいいかもしれない。

しばらくして、書棚の前で吟味していると、クイクイと誰かが軍服の裾を引っ張る。
こんなことをする人物など、一人しかいない。
引っ張られた方へ顔を向けると、やはりそこにはエドワードの姿。

「・・・どうした?」

「あの・・・コレ・・・欲しいんだけど・・・」

そう言ってエドワードがおずおずと差し出したのは、一冊の生物学書。
これをもって人体錬成に関する資料にするつもりなのだろう。

「オレが15に戻ったら、ちゃんと銀行から下ろして払うから・・・・・・」

エドワードは5歳になってからというもの、ロイの手回しによって
国家錬金術師の研究費が下ろせないようになってしまっていた。
5歳の姿で銀行に行っても、誰からも相手にされないというのもあるが、子供の姿で大金を持っていることが
わかってしまえば、誘拐やら、強盗やらの厄介な事件に巻き込まれかねない。
ただでさえエドワードは厄介ごとに巻き込まれやすいのだ。
だからこそロイは、エドワードの口座を凍結させるよう手回ししておいたのだ。

「・・・・・・3千センズか。意外と安いものだな。それぐらい小遣いで充分何とかなるだろう?」

司令部内で食事をするにも、どこかで何かを買うにも、常にロイが傍にいるとは限らない。
いくらエドワードがロイと顔見知りの間柄だと言ったところで、ツケには出来ないだろうし
そうされては店側も困ってしまうだろう。
なので、ロイはエドワードの口座を凍結させた代わりに、エドワードにお小遣いを渡すようにしていたのである。

当初、エドワードは国家錬金術師の口座があるし、自分が何もしていないのにお金をもらっては
等価交換の原則に反すると、受け取りを拒否していた。
だが、自分の口座が凍結させられていることを知ってからは、渋々ながら受け取るようになった・・・というより
受け取らないと自分が一文無しで、何も出来ないことに気付いたのである。

だがそれでも、まだ時々、等価交換の原則に反するなどと言うことがあるので、ロイはそれならばと
書類を運ばせたり、資料を持ってくるように指示したり、自分の手伝いをした代価に、お小遣いをあげることにしていた。
それでも労働に対して、賃金が支払われすぎている感は否めないのだけれど、エドワードとしても
何もしないでお金をもらうよりはずっと良かった。

この十日程の間にロイがエドワードに与えていたのは、一日当たり千センズぐらいだから、半分は使ったとしても
まだ充分に余裕があるはずだ。
別に欲しいのならば買い与えても良いが、ロイは自分の与えたお小遣いを、エドワードがどう使っているのかが気になって
ふと先程のように言ってみようと思ったのである。

「どうした?もう使ってしまったかね?」

モジモジとして、答えにくそうに俯いているエドワードに、ロイは腰を折って顔を覗き込みながら尋ねた。

「・・・うん・・・使っちゃった。今、2千センズぐらいしかない・・・」

エドワードは叱られるとでも思っているのか、妙に小さな声でボソボソと言う。

「別に怒りはしないが・・・何に使ったのか、聞きたいね」

エドワードにだって食べたいものや、欲しいもの、時には必要なものもあるだろう。
自分の与えたお小遣いで有意義に生活できているのなら、残高が2千センズだろうが、ロイは怒る気など毛頭なかった。

「えと・・・・・・いつものドーナツ屋さんに行って・・・あとは司令部の食堂で御飯食べた。
えっと、それから・・・本屋さんで使った・・・」

ロイの怒る気がないのがわかったのか、エドワードは先程よりは大きな声で、指を折りながら答えた。
どうやら、ロイの与えたお小遣いは、それなりに有効活用されているようだ。

「・・・で、これは、本当に必要なのかね?」

ロイはエドワードの目の前で、チラチラと先程の生物学書をちらつかせた。

「うん・・・・・・大佐、買ってくれんのっ!?」

またしても子供らしく、期待に満ちた目でエドワードはロイを見上げた。

「ああ、必要ならば買っても構わないよ」

「やったぁっ!!」

本一冊ぐらいで、ご機嫌が取れるとは、まだまだ子供だと密かに苦笑していたロイだが

「じゃぁ、コレと、コレと、それから・・・こっちのと・・・コレも!!」

エドワードが、後ろからポンポンと本を出して、目の前に積んでいくのを見て、それは引きつった笑いへと変化した。

「待て待て待て!!」

目の前に勢い良く本を積み上げていくエドワードを、ロイはひとまず制止した。

「鋼の・・・これ全部かね?」

「え?そのつもりだけど・・・・・・」

エドワードはきょとんとした目でロイを見上げる。
ロイの目の前に積み上げられた本は、どれも分厚い学術書ばかりが5冊。

「全部はダメだ。どれかひとつにしなさい」

「ええ〜っ!?なんでっ!?さっき必要なら買っても良いって言ったじゃんか!!」

「鋼の。どうせ君のことだから、全部買ったら一晩かけてでも読むつもりだろう。
そんなことばかりしていては、身体に悪いと、何度も言っているだろう?
現にこの間だって、徹夜して風邪をひいたじゃないか」

「うっ・・・・・・」

ロイの発言は事実なので、エドワードは返す言葉に詰まってしまう。
この間、エドワードがロイの言いつけを破って、こっそり夜中に文献を持ち出して
自室の床で徹夜に近い状態で読んでいたら、案の定風邪をひいてしまった。
しかも、熱が高いからと、大嫌いな注射は打たれるし、苦い薬は飲まされるし、挙句に
ロイに徹夜して文献を読んだことを白状したら、お尻が真っ赤に腫れあがるまできつくぶたれた。
確かに徹夜して良かったことなど、ひとつもない。
だが・・・・・・・・・

「・・・徹夜は・・・しない・・・・・・だから、買って!!」

ここで引き下がるなんて、エドワードの性格には合わない。
負けず嫌い、意地っ張り、この両方が作用して、エドワードは頑として主張を変えなかった。

「ダメ。どれかひとつにしなさい」

だが、ロイも全く折れない。

「鋼の、ひとつ買ってあげるから、それを読み終えたら、また買いに来れば良いだろう?」

確かにロイの意見はもっともなのだが、前述した通りエドワードの性格は、負けず嫌いかつ意地っ張りである。
ここまで来て、引き下がれるはずがなかった。

「やだ・・・・・・今日、全部欲しいっ!!」

「ダメだと言ったら、ダメだ。残りは今度にしなさい」

せっかくエドワードのことを心配して提案してやっているというのに、本人が全く耳を傾けようとしないものだから
ロイは段々と表情を曇らせ始める。

「やだっ!!今日、買って!!」

エドワードとて、ロイの表情が段々曇り始めているのはわかっていたが、この性格は、走り出したら、もう止められない。

「買って!!コレ全部、読みたいっ!!」

ロイに向かって、買え買えと主張を続けた。

「・・・・・・・・・鋼の、いい加減にしなさい」

ロイはそう低く呟くと、立ったままエドワードを小脇に抱え込んで、ズボンの上からお尻にパンッ!!と平手を振り下ろした。

「おわっ・・・・・・いたぁっ!?」

突然、視界がぐるりと回転し、手足はぶらりと宙吊り状態。
一瞬何が起こったか、エドワードには全く理解できなかった。

パンッ!!パンッ!!パンッ!!と連続で、高く鳴る乾いた音。
それに少し遅れてお尻を襲うジンジンとした痛みと熱。

それでようやく自分がお尻をぶたれているのだと、エドワードは気が付いた。

「いたっ・・・・・・やだぁっ・・・なにすんだよっ!!」

手足が地面に付かず、不安定な状態にも関わらず、エドワードはジタバタと手足を動かして
何とかロイの手から逃れようと必死にもがく。

「『なにすんだよ』じゃない。君が聞き分けなく駄々をこねるから、こういうことになるんだよ。
口で言ってもわからないのなら、身体に教え込むしかないだろう?」

ロイは淡々とした口調で喋りながらも、振り下ろす手を止めようとはしない。

パンッ!!パンッ!!パシンッ!!パシンッ!!

「やっ・・・・・・いたぁっ・・・・・・だからってっ・・・こんなとこで・・・!!」

いくら書棚が天井まであって、店内に客がほとんどいないとはいえ、この状況では
いつ誰に見られるかわかったものではない。
エドワードは屈辱と羞恥心から、顔を真っ赤にして、より一層ジタバタともがいた。

「子供が悪いことをしたら、その場で叱らないと効果がないらしいからな。
ちゃんと私の言うことが聞けるというのであれば、今すぐ離してやっても良いが?」

パァンッ!!パシンッ!!パシンッ!!

「ひぅっ・・・・・・やっ・・・・・・やだぁっ!!」

エドワードの負けず嫌いと意地っ張りは、まだ健在で、ロイがせっかく助け舟を出してくれても
頑として妥協しようとはしなかった。
負けず嫌い、意地っ張りの他に、エドワードは相当な頑固者でもある。
店内にいる他の客に見つからないように、エドワードは自身の両手で口を塞いで
時折漏れる声を何とか押さえ込むことにした。

パンッ!!パシンッ!!パァンッ!!

「くぅっ・・・・・・・ん〜っ・・・・・・んくぅっ!!」

何とか頑張ってはみるものの、耐えれば耐えるほど、お尻に飛んでくる平手の合計は多くなるわけで。
そのうちジンジンと痛みが蓄積されて、最初と同じ強さでぶたれていても、ずっと痛く感じてしまう。

パンッ!!パンッ!!パンッ!!パァンッ!!

「ひくぅっ・・・・・・んっ・・・・・・んくっ・・・・・・ひ、いたぁっ!!」

ずっと両手で口を塞いで、何とか外に声を漏らすまいと、目にいっぱいの涙を溜めて頑張っていたエドワードであるが
連続で襲ってくるあまりの痛みに、ついにその手を離してしまった。
こうなってしまっては、溢れ出てくる涙も、泣き声も、もう止められない。

パンッ!!パンッ!!パァンッ!!パァンッ!!

「やぁっ・・・・・・も、やだっ・・・・・・ひぅっ・・・・・・ふぇぇぇっ!!」

エドワードはボロボロと涙を零しながら、わぁわぁと泣き出してしまった。
ロイはエドワードをそっと小脇から下ろすと、目の前に立たせ、自身も膝を曲げてエドワードの目をじっと見る。

「鋼の。何も全部買わないとは言ってないだろう?
今日はひとつだけにして、読み終わったらまた買いに来れば良いじゃないか」

グスグスとしゃくりあげるエドワードの頭をポンポンと撫でてやりながら、諭すようにそう告げる。
だが、エドワードは未だに納得がいかないのか、泣きながらもブスッとした表情で、ロイを睨みつけた。

「・・・・・・なんだよ・・・さっきは必要なら買ってくれるって・・・言ったくせに・・・・・・」

「それは一冊だったらの話だ。何冊も買ってやるとは言ってない」

欲しい本は全部今すぐに手に入りそうにない。
更には、いかに人が少ない場所とはいえ、古本屋なんて場所でお仕置きされた。
自分が元の15歳で、国家錬金術師の研究費が入っているあの口座さえ凍結させられていなければ
欲しい本だって今すぐ手に入っただろうし、こんな場所でお仕置きされることもなかったのに。
そう考えると、エドワードは何だかイライラが募ってくる。

「まったく・・・本物の5歳児よりも手がかかるな君は・・・・・・」

はぁ〜っ・・・と大きなため息を吐きながら、ロイが呆れた目でこちらを見てくるものだから
エドワードはそれが引き金になって、気付けばロイにイライラをぶつけてしまっていた。

「なんだよ・・・もう大佐になんて、頼まないっ!!大佐のけちんぼっ!!」

自分の欲しかった本をボカボカとロイに投げつけて、エドワードは古本屋を勢い良く飛び出して行く。

「あっ、こら鋼の!!」

後ろからロイの声が聞こえたが、エドワードは全て無視して、あっという間にロイの視界から消えていってしまった。





「・・・だからって俺ん家、来られても困るんだがなぁ・・・」

「・・・だって・・・・・・少尉のとこしか思いつかなかったんだもん・・・・・・」

無我夢中で走っていて、ふと気が付いた。
古本屋から勢い良く飛び出したは良いが、ロイの家に帰るわけにも行かないし、かといって司令部に逆戻りすれば
間違いなくロイに連絡がいくから、司令部にも寄れない。
そうなると選択肢は案外狭いもので、結局、今日非番だったハボック少尉のアパートに転がり込むという選択肢しか
エドワードは思いつかなかった。

「・・・で?どーすんの?」

二人用の小さなテーブルに向かい合わせに座ったハボックが、コーヒーをすすりながらエドワードを見やる。

「へ・・・?」

「『へ・・・?』じゃないでしょ〜。大将はどーすんの?これから・・・」

「これから・・・って言ったって・・・・・・」

落ち着いて考えてみると、自分は案外とんでもないことをしでかしたのかもしれない。
ちょっとしたワガママでロイを困らせて、自分勝手な感情でイライラをぶつけて。
こんなことをしでかしてしまった以上、もうロイの家には帰れない。
そうなると、口座を凍結させられているエドワードは無一文だから、寝泊りする場所すらどこにもなくなってしまう。
唯一残された全財産は、ロイがくれたお小遣いの残りの2千センズ程度。
これでは到底生活していけるわけもない。

「どーしよ・・・・・・大佐・・・きっと怒ってる・・・」

「大将は、大佐に怒られたくねぇんだ?」

「だって・・・・・・大佐、怒ると怖いんだもん・・・」

いつもなら、幼い顔をしながらも、大人びた言動をして、子供らしい顔なんてあまり見せたことのないエドワードだが
今ハボックの目の前にいるのは、どう見ても親に叱られるのが怖くて怯える小さな子供の姿。
ハボックはいつもとのギャップに多少驚きながらも、そんな子供らしい一面を見せるエドワードが弟のようで可愛いとも思う。

「大将は、自分が悪いと思ってんのか?」

「・・・・・・まぁ・・・それなりに・・・」

「・・・大佐にお仕置きされない方法、教えてやろうか?」

「ほんとっ!?」

さっきまで俯き加減で元気のなかったエドワードが、パッと明るい表情で顔を上げた。
やはりエドワードには、こういう元気な顔の方がしっくりくる。

「じゃぁ、こっち来てみな」

ハボックがニコニコしながら向かい合わせに座っているエドワードを軽く手招きする。
エドワードは、ぴょこんと椅子から飛び降りると、テーブルを迂回して、ハボックの前に歩み寄った。

「ねぇねぇ少尉。どうやんの?」

期待に満ちた目で見上げてくるエドワードを、ハボックはひょいっと抱き上げる。
自分は椅子に深くに座って大きく足を広げると、両腿の間にエドワードを膝立ちにさせた。

「・・・少尉?何すんの??」

わけが解らず、不思議そうにするエドワードの身体を左腕一本で支えると
ハボックは右手でエドワードのズボンごと下着を下ろし、エドワードのお尻を剥き出しにした。

「なっ・・・ちょっと少尉!!何すんだよっ!!」

お尻を剥き出しにされた以上、エドワードにも今から何をされるかわかったようだ。
ジタバタと手足を動かしてみるが、膝立ちにさせられているから、あまり足は動かせないし
何より鍛え抜かれた軍人の腕は、5歳の子供がどれだけ暴れてもびくともしなかった。

「やだっ・・・少尉、なんでっ!?」

エドワードはそれでも何とか逃れようともがきながら、怯えた目でハボックを見上げる。

「方法はちゃんと教えてやる。でもな、悪いことしたんだから、まずは先に反省の時間!
心配しなくても、大佐よりは厳しくしねぇよ」

「でもっ・・・・・・!!」

「ほれ、ちゃんと反省しな」

エドワードの訴えも虚しく、先程ロイにやられた為に、ほんのりとピンク色に色づいていたエドワードのお尻に
パチンッ!!とハボックの平手が落とされた。

「いぅっ・・・・・・少尉、いたい〜っ!!」

「そりゃぁ痛いだろうよ。お仕置きなんだから。ちゃんと反省してな」

そう言ってハボックは、更に平手を振り下ろしていく。

パンッ!!パチンッ!!パチンッ!!パァンッ!!

「やっ・・・・・・いたぁっ・・・しょーい、やだぁっ・・・・・・ふぇぇっ!!」

誰にやられても、痛いものは痛い。

エドワードはたまらず泣き出してしまった。

「今頃、大佐は必死でお前さんのこと探してんじゃねぇの?
あんま心配ばっかかけさせんな。あの人、意外と心配性なんだから」

ハボックは優しく説教をしながらも、手を止めずにエドワードのお尻を徐々に赤く染め上げていく。

パァンッ!!パンッ!!パンッ!!パァンッ!!

「うぇぇっ・・・・・・だってぇっ・・・たいさ・・・いじわるしたんだも・・・・・・ふぇぇっ」

やっぱり負けず嫌いで意地っ張り、なおかつ頑固者なエドワードは、ハボックに対しても
自分は悪くないと、ついついそう主張してしまう。

「さっき、それなりに悪いと思ってるって言ったの誰だ?
嘘つく悪ガキには、もっときつくしてやんなきゃいけねぇな」

そう言ってハボックは

パァンッ!!パァンッ!!バチィンッ!!

「やぁっ・・・・・・だってぇっ・・・・・・うわあぁんっ!!」

容赦の力でエドワードのお尻を引っぱたいた。

「エド、さっき悪いと思ってるって言ったのは嘘か?」

「ひくっ・・・うそ・・・じゃないぃっ・・・ふぇぇっ」

鍛え上げられた腕で思い切りぶたれて、エドワードの顔はもはや涙でグシャグシャになっている。
お尻も強くぶたれて、随分と赤くなっていた。
だが、それでもまだハボックの平手打ちは止まってくれない。

「だったら、ちゃんと言わなきゃいけないんじゃねぇの?」

パァンッ!!バチンッ!!バチンッ!!

「うぇぇっ・・・しょーい、も・・・やぁっ・・・」

パンッ!!パンッ!!パァンッ!!

「ふぇぇっ・・・・・・も、やめっ・・・・・・やだぁっ!!」

膝を揺すって、何とか椅子から降りようとするエドワードを、ハボックは左腕でぐいっと引き寄せると

パァンッ!!バチィンッ!!バチィンッ!!

「いぅっ・・・やぁっ・・・うえぇぇぇっ!!」

平手を強く打ち据える。

「こら。ちゃんと答えねぇと、大佐からお仕置きされなくて済む方法教えてやんねぇぞ?」

「ふぇぇっ・・・だって、わかんな・・・・・・ぐすっ」

エドワードはハボックの腕にぎゅっと掴まりながら、情けない顔でハボックを見上げる。

「大将さぁ・・・悪いことしたら何て言うんだっけ?」

その情けない顔で見上げてくるエドワードと、赤く色づいたお尻が少々可哀相になって
ハボックはそっとヒントを出してやった。

「ぐすっ・・・・・・えと・・・『ごめんなさい』・・・?」

「そうそう。わかってんじゃねぇの」

ハボックはぐいっとエドワードを抱き上げて、膝に向かい合わせにさせると、ぐりぐりと頭を撫でてやった。

「ちゃんと反省したか?」

「ぐすっ・・・した・・・・・・ふぇぇっ」

確かにロイよりは厳しくなかったかもしれないけれど、それでも痛いものは痛いのだ。
エドワードはグスグスと鼻をすすりながらハボックの膝から飛び降りると、何とか自分で下着とズボンを穿いた。

「よし、じゃぁ大佐にお仕置きされないで済む方法を教えてやろう」

未だにハボックの言うロイにお仕置きされない方法、というのがイマイチわからないエドワードは
グリグリと頭を撫でてくるハボックを、涙で濡れた目で見上げることしか出来なかった。





外に出てみると、太陽はもうすっかり傾きかけて、空はオレンジ色に染まっていた。
ハボックのアパートの前で、ハボックとエドワードが並んで立っていると、向かい側の通りから
ロイが走ってくるのが見えた。

「ほら、大将。お迎えが来たぞ」

部屋を出る前に、ハボックがロイに連絡しておいたのだ。

「う〜・・・・・・・・・」

向かい側から走ってくるロイの顔は、どう解釈しても怒っているようにしか見えなくて。
ハボックから、ロイにお仕置きされないで済む方法というのを教えてもらってはいたが
エドワードからすれば、そんなものが到底効くとは思えず、ビクビクと怯えていた。

「ハボック・・・すまないな」

走ってやってきた上官は、少し息を乱してそう言った。

「・・・・・・鋼の、おいで」

ハボックから視線を外して、その隣に引っ付いていたエドワードを見やると、ロイは低い声で告げる。
間違いなく怒っている声のトーンで名前を呼ばれて、エドワードはびくっと身を震わせると
サッとハボックの後ろに隠れてしまった。

「こら、鋼の。さっさと来なさい」

子供が悪いことをしたら、その場で叱らないと効果がないからと、昼間は古本屋でお仕置きされた。
ということは、今ロイの傍に行ったら、ハボックが見ているこの場でお仕置きされるかもしれない。
もうハボックにお仕置きされて反省したと言ったところで、ロイは優しくしてくれるような甘い男ではないから
既に赤いお尻が、更に真っ赤になって腫れあがっても、許してもらえないかもしれない。

そう思うとエドワードは、いくら名前を呼ばれても、これから起こることが恐ろしくて、どうしてもロイの傍には行けない。
ロイはエドワードを睨みつけ、エドワードはロイを見て萎縮していた。

「まぁまぁ大佐。大将が渡したいモノがあるらしいッスから、待ってやってくださいよ」

そんな二人の仲を取り持つようにハボックが軽い調子でロイに言う。

「ほれ、大将。さっさと渡しちまいな」

ハボックは自分の後ろに隠れていたエドワードを、ぐいっと抱き上げると、ズンズンとロイの方へ寄って行く。

「やだぁっ・・・少尉、やだってばぁっ!!」

完全にお怒りモードのロイに、エドワードは絶対にお仕置きされると思っているらしく
ハボックがロイに一歩近づく度にビクビクと怯えて暴れ、今にも泣きそうな顔で、必死にハボックに訴える。

「やだぁっ・・・少尉、おねがいだからぁっ!!」

だが、どんなに暴れても、やはり大人と子供の差は大きくて。
ハボックは何の問題もなくロイの前までエドワードを運んでしまった。

「なんだというんだね?」

ハボックに抱きかかえられるようにして、エドワードが運ばれてきたが、ロイには何のことかさっぱりわからない。
二人が何を企んでいるのか、怪訝そうな顔つきで見やる。

「ほら。ちゃんと渡しなって」

ハボックが無理矢理に近い形でエドワードの腕を持って、ロイの目の前にそっと差し出す。
カサリと小さな音がしてロイに手渡されたモノ・・・・・・・・・

「これは・・・・・・手紙かね?」

「そうッスよ。大将からのラブレター☆」

「ちっ、ちがっ・・・・・・んぐぅっ!!」

ハボックにからかわれて、エドワードは恥ずかしいのか顔を真っ赤にして否定しようとしたが
ハボックの手によって口を塞がれてしまった為に、それ以上は何も言えなかった。

「ほぅ・・・・・・それは楽しみだな」

ロイはエドワードから手渡された白い封筒の封を丁寧に切ると、中から一枚の便箋を取り出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そこに書かれていた文字を目で追いかける。

「・・・なるほど。これはまた熱烈なラブレターだな」

読み終えたロイは、クスクスと笑いながら便箋を封筒に入れ直した。

「ちがっ・・・そんなんじゃないってばっ!!」

ようやくハボックの手から解放されたエドワードは、ギャーギャーと顔を真っ赤にして抗議する。
どこをどう解釈したら、ラブレターだなんて結論に行き着くのか、理解に苦しむ。

「で、大佐。大将のこと、今日はお仕置きしたりしないッスよね?」

「・・・そうだな・・・これを見たら、怒る気も失せた」

そう言いながら、ロイは困ったように笑った。

「え・・・・・・ほんとに・・・?」

エドワードは今のロイの言葉がイマイチ信じられず、思わず聞き直してしまう。
今までエドワードが悪いことをしたら、ロイは必ずエドワードを膝の上に乗せた。
どんなに言い訳したって逃れられたことなど一度もなかったのに・・・。
ハボックの教えてくれた方法がこんなにもロイに有効だなんて、何だか信じられない。

「なんだ?それとも、やはり膝の上で反省したいと、殊勝なことを言うつもりかね?」

「やっ・・・・・・なしでいいっ!!」

このままだと、せっかく逃れられるものも逃れられなくなる。
エドワードは慌ててブンブンと首を横に振った。

「じゃぁ、おいで鋼の」

ロイは先程よりも幾分か穏やかな声でそう言いながら、自分の手をそっと差し出した。

「・・・・・・・・・う、うん・・・・・・」

エドワードは未だ半信半疑で、恐る恐るロイの手を取る。
エドワードの右手は機械鎧だから、体温は感じられないはずなのに、そっと触れたロイの手は
何だか温かいような気がした。

「・・・あのさ、このまま・・・手繋いで帰んの・・・?」

ロイの手は温かくて気持ち良いけれど、このまま街を歩くなんて何だか恥ずかしい。

「君は放っておくと、またどこかで迷子になりそうだからね」

「なっ・・・迷子になんてなってないっ!!」

「・・・はいはい」

ギャーギャーと騒ぐエドワードをロイはあっさりと受け流す。

「・・・せっかくラブレターももらったことだし、昼間の古本屋でデートと洒落込むか」

「えっ・・・・・・買ってくれんの!?」

「『ふたつ』だけならね」

仲が良いのか悪いのか、良くわからない二人の後姿を自分のアパートの前から見送りながら、ハボックは

「あの女好きの大佐が・・・・・・子育てなんて・・・ねぇ?」

独り言のように呟き、そっと胸元からタバコを取り出した。
火を点けて、ふぅ〜っと息を吐き出すと、真っ白な煙は、夕暮れの空に溶けていった。

ロイとエドワードが手を繋いで歩く後姿は、さながらに親子で。
自分の上官がこんなにも子煩悩だったなんて、この間までのプレイボーイぶりからは想像もできない。

「・・・ま、大佐のあんな穏やかな顔、今まで見たことねぇけど・・・」

ハボックは先程、エドワードからの手紙を読んで、ロイがふっと穏やかな笑みを浮かべたのを思い出しながら
また煙をオレンジ色の空に吹いた。





真っ白な封筒に、真っ白な便箋。
中に書かれていたのは、たったひとことだけ。

『   キライにならないで   』