ぷちらば


11.徹夜の代価

「兄さん、ちゃんと拭かなきゃ風邪ひいちゃうよ?」

「・・・・・・うん・・・・・・」

「こら、鋼の。しっかり拭いてから上がりなさいと言っただろう?」

「・・・・・・うん・・・・・・」

アルフォンスとロイの二人から声を掛けられても、お風呂上りのエドワードは、相槌をうちながらも
うわの空で、気のない返事しか寄こさない。
いつも三つ編みに結われている長い金糸は、肩まで下ろされており、滴り落ちる水滴が、ポタポタと床を濡らした。

「もう、兄さんったら!ホントに風邪ひいちゃうよ?」

アルフォンスがそう言っても、エドワードはやはり

「・・・・・・うん・・・・・・」

とだけしか返事をしない。

「はぁ・・・風呂に入る前に、彼に文献を見せたのは間違いだったな・・・」

ロイはため息を付きながら、リビングの床に転がって、ろくに返事もしないパジャマ姿のエドワードを見やる。





予定が詰まっていて忙しいからと、ロイは今日、エドワードを司令部へは連れて行かなかった。
丁度アルフォンスも家にいたし、いつかのように、書斎を半壊させるようなイタズラはしないだろうと踏んだのだ。
このところのエドワードは、彼にしては大人しく、言いつけもそれなりに守っているし、まぁまぁいい子にしていたので
ロイはご褒美にと、大佐の特権を活かして、貴重文献を借り出してきてやったのだ。

「それなのに・・・渡した途端、これだ・・・」

エドワードの研究熱心さには、時々ロイですら、畏敬の念を抱くほどのものがある。
だが、ひとたび文献に集中すると、その他のことに全く目がいかなくなるのが悪い癖。
風邪をひくと注意されようが、髪から水滴が滴り落ちようが、今のエドワードには関係ない。
文献に集中しているエドワードにとって、今は目の前のそれが全てなのだ。
今日なんて、心ここにあらずの状態ではあるが、返事が返ってくるだけマシな方で
アルフォンスによると、返事が全く返ってこないことなど、しょっちゅうらしい。

ロイが帰宅したのは午後9時30分を過ぎたところだった。
ロイがリビングに入ってきた時、エドワードは丁度お風呂に入ろうとしていたらしい。
だが、ロイがお土産の文献を見せた途端、パジャマを投げ捨てて、文献に飛びついてきたのだ。
この文献はそれなりに厚みがあって、今から読んでもおそらくは徹夜になってしまうだろう。
そう判断したロイは、見せろ見せろとせがむエドワードを無理矢理バスタブに放り込んで
とりあえずはお風呂に入らせることにした。

ところが、文献は逃げないと、そう言ってあったのに、エドワードはものの5分もしないうちに急いで出てきて
ロイから文献をぶん取ると、身体からは少量の水を滴らせ、さらに髪は完全に濡れたままの姿で
文献をリビングの床に広げ、そのまま座り込んで見入ってしまった。
そして、アルフォンスやロイが何を言っても、気のない返事しか寄こさなくなってしまったのである。

「まったく・・・兄さんったら、ホントにしょうがないんだから・・・・・・」

アルフォンスが、しょうがなく小さな兄の髪をワシワシと拭いてやっているのを見て
ロイは、これではどちらが兄かわからないな・・・と、半ば呆れながら苦笑した。





「や〜だ〜っ!!まだ全部読んでないのにっ!!」

文献に集中していたエドワードが、気のない返事の他に発した言葉がこれである。

時刻は夜中の12時を回り、床に転がって読んでいたエドワードだが、文献に影が映ったと思った瞬間
サッとロイに文献を取り上げられてしまったのだ。

「もう、12時を過ぎているんだ。今日のところはこのぐらいにして、そろそろ寝なさい。
 この続きは明日また読めば良いだろう?」

そう言いながらロイは、読みかけのページをパタンと閉じてしまう。

「いいじゃんか〜!!続きが気になるんだってばっ!!」

「鋼の、今の君は子供の身体なのだよ?
 夜中に起きているのは、身体に悪いと前にも言っただろう?」

「う〜っ・・・・・・」

5歳になってからというもの、徹夜は身体に悪いからと、ロイから禁止されていた。
1回目の徹夜がばれた時は注意するだけで終わらせてくれたが、2回目はそう甘くなかった。
泣き喚いて『ごめんなさい』を言っても、なかなか許してもらえず、椅子に座るのもつらくなるほどたっぷりとぶたれた。
お尻が痛くて痛くて、その日は大好きなシチューもあまり食べる気にならなかったほどだ。
あの時のロイは、とても厳しくて、怖くて、エドワードはあの時のことを思い出すと
今でもお尻が痛いような、妙な錯覚に陥ってしまう。

「文献は逃げないんだから、明日また読めば良いじゃないか」

「・・・・・・でもっ・・・・・・」

とことん研究熱心で、とことん頑固なこの少年。
優しく言ってやるだけでは納得しないようだ。
それならば・・・とロイは

「あんまりワガママを言うと・・・この文献、今からでも返却して来るが?」

さぁどうする?と言わんばかりに、意地悪く微笑んだ。

「う〜っ・・・・・・」

そう言われてしまっては、エドワードは大人しく従うしかない。

「ほら、兄さん。また明日読もうよ。
 解読出来ない箇所があったら、僕も手伝うしさ。ね?」

エドワードは名残惜しそうに文献を見つめていたが、アルフォンスに促されて
しぶしぶ寝室にしている客間へ足を向けた。

「おやすみ」

ロイに後ろからそう声を掛けられたが、未だに納得がいかないエドワードは
ベ〜ッと舌を出してパタパタと走り去った。





次の日の朝、普段ならば起き出してくるはずの時刻になっても、エドワードは起きてこなかった。
不審に思ったロイとアルフォンスが様子を見に行くと

「・・・ん〜・・・・・・」

エドワードは何だかぐったりした様子で、布団に包まってベッドから降りようとしない。

ロイがサッとエドワードの額に手をあてて、自身の体温と比べると・・・・・・

「・・・・・・これは、熱があるね・・・・・・」

エドのワードの額はかなり熱かった。

「えぇっ!?熱っ!?」

鎧の中身は空っぽで、魂だけの存在であるアルフォンスには、エドワードの額に触れても
体温を感じることが出来ないため、熱があってもわからない。
だが、それでも心配で、思わず鎧の手をエドワードの額に伸ばしてしまった。

「・・・ん・・・アルの手、つめたくて・・・きもちいい・・・・・・」

ぼそぼそと元気のない声を出しながら、エドワードは布団の端っこから、埋まっていた顔をのぞかせた。

「兄さん、大丈夫!?
 気持ち悪い?頭痛い?
 それとも何か食べたい?僕、何でも作るよ?」

元より兄想いのアルフォンスであるが、病気ともなると、心配からか、とことん過保護になるらしい。
わたわたと慌てながらも、何とか兄の要望に応えようと必死である。

「・・・鋼の、少し出掛けても、我慢できるか?」

「え・・・?」

ロイの発言に、アルフォンスは驚いたように隣へ顔を向ける。

「もうすぐハボックが向かえに来る。
 その車で一緒に軍の付属病院へ行こう。
 あそこならすぐに診察してもらえるからな。どうだ、行けそうか?」

ロイの問いに、エドワードは

「・・・ん、それぐらい・・・だいじょぶ・・・」

弟をこれ以上心配させるのは憚られるのか、先程よりも少し元気な声を出して答えた。

その数分後、3人はハボックの運転する車で、軍の付属病院へと急いだ。





受付を通過し、ロイはエドワードを抱きかかえて診察室に入った。アルフォンスもそれに続く。
初老の軍医は、国軍大佐がイキナリ子供を抱きかかえて入ってきたことに、少々驚いた様子ではあったが
ぐったりとして、つらそうなエドワードを見ると、すぐに診察を開始してくれた。

「ん〜・・・これは風邪ですね」

エドワードの胸にペタペタと聴診器を当てていた軍医が、それを外してサラサラとカルテにペンを走らせる。

「・・・・・・風邪・・・ですか」

ロイとアルフォンスは、だから昨日あれだけ注意したのに・・・と、顔を見合わせてため息を吐いた。
それを見ていたエドワードは、元気がないながらも

「・・・なんだよ・・・・・・」

少し口を尖らせて、呆れた表情の二人を睨み返した。
それを見たロイとアルフォンスは、多少の元気は無いものの、いつものエドワードらしい表情に
少なくとも大病ではないと、安堵した。

「そうそう、熱が少し高いようですから、注射しておきましょうか」

軍医がそう提案し、隣にいた看護師がテキパキと準備を始める。

「や・・・やっ・・・注射いらないっ!!」

『注射』の言葉を聞いた途端、エドワードはロイに抱っこされていた膝から、ぴょんっと飛び降りた。

「あ、こら!!」

「ちょっと兄さん!!」

だが、この診察室には、ロイの他にもアルフォンスがいるのだ。
そう易々と逃げられるわけがない。
案の定、あっさりとアルフォンスに捕まってしまう。

「やだぁっ!!いらないってばぁっ!!」

それを証明するように、エドワードは足をバタつかせて、本当に熱があるのか疑わしいぐらいに元気よく暴れた。

「こら、大人しくしなさい」

そう言ってロイの元に引き寄せられる。

「やだぁっ!!注射はいらないってばぁっ!!」

頭をブンブンと振りながら叫ぶエドワードの顔を覗き込んでみれば、眉を寄せて今にも泣きそうだ。

「熱が高ければ、君だってつらいだろうに・・・」

5歳の姿だからこそ不自然ではない光景だが、ご存知の通りエドワードは15歳である。
ロイは呆れ顔でエドワードの左腕の袖をまくると、これ以上暴れないようにがっちりと台に押さえ付けた。

「やっ・・・やだってばぁっ!!」

遂にエドワードは目にいっぱいの涙を溜めて、ふるふると頭を振った。
だが残念ながら、この診察室の中には、今のエドワードに味方してくれる人物などいない。

「や、やだぁ〜〜〜っ!!」

エドワードの絶叫も虚しく、注射針はエドワードの左腕を突き刺した。





「う〜・・・ぐすっ・・・・・・大佐の鬼っ・・・」

診察室を出たエドワードは行きと同じく、ロイに抱きかかえられながら、ロイの肩口に顔を埋めて文句をもらす。

「男が注射の一本ぐらいでいつまでも泣いてるんじゃないよ。
 まったく、本物の5歳児以下だな君は・・・・・・」

ロイはグスグスと泣くエドワードの背をさすってやりながら、呆れ顔で歩を進める。
いつもは、わけのわからない連中に腹を切られようが、入院するほどの深手を負わされようが
涙ひとつ見せずに立ち向かって行くくせに、たかだか注射一本で何故こうまで泣き喚くのか。

「兄さん、昔から医者嫌いだもんね。注射も、薬も大嫌いだし・・・」

注射で泣き出してしまった兄を、フォローするかのようにアルフォンスが言うが、その顔は苦笑しているように見えた。

病院の外にそのまま待たせておいた車にアルフォンスとエドワードが乗り込む。

「では、後は頼むよアルフォンス君。
 ハボック少尉、悪いが送ってやってくれ」

ロイはこれから司令部へ出勤なので、それぞれに声を掛けると、パタンと車の扉を閉めて見送った。





司令部に着いたロイを待っていたのは、有能な部下の微笑と、デスクに積まれた山のような書類。

「大佐、こちらの書類の期限は本日中ですので、お急ぎください」

ホークアイはそう言いながら、さらに書類の束をドスンとデスクに積み上げる。

「中尉・・・・・・この書類・・・全部かね?」

あまりの量の多さに、ロイは思わず顔をしかめてしまう。
積み上げられた量は、本日中に終わるとは、もはや到底思えない量になってしまっている。
このままでは徹夜で残業になるだろう。

「はい。この書類の山、全部です」

ニコリと微笑みながら返すホークアイに、ロイはもう何も言えない。
そんなロイの頭をふとよぎったのは親友・・・もとい、悪友ヒューズの言葉。

『子供が熱出して苦しんでてもよ、仕事がありゃ帰れやしねぇ・・・
 ホント、軍属ってのは厄介なもんだよな・・・』

そう愚痴をもらしながらも、最後には、オレには良妻賢母な嫁さんがいるから心配ないと笑って
結局はのろけたのだけれど。
あの時は、またヒューズの家族自慢が始まったと、うんざりしたものだが、自分には奥さんもいなければ
エドワードは息子でも何でもないのに、それなのに今は、その時のヒューズの気持ちが否応にも理解できてしまう。

「はぁ・・・私もヤキが回ったな・・・・・・」

「・・・何かおっしゃいましたか、大佐?」

「いや・・・独り言だよ」

ロイはやや自嘲気味に苦笑しながら、目の前にそびえ立つ敵に立ち向かうべく、ペンを取った。





「兄さん、大丈夫?食べれそう?」

そう言ってアルフォンスが差し出してくれたのは、温かいクリームスープ。
エドワードは牛乳は大嫌いだが、牛乳を使ったシチューやクリーム煮は大好きである。
それを知っているアルフォンスは、栄養のことも考えて、わざわざ作ってくれたのだろう。

「うん、もらう」

さっきの注射が効いたのか、一時的にせよ熱は少し下がっているようで、今は朝ほどつらくない。
エドワードはベッドから起き出すと、アルフォンスからスープ皿を受け取った。

「僕は味見できないから、美味しいかわかんないけど・・・・・・どう?」

申し訳なさそうにそう言うアルフォンスを見ていると、エドワードは悲しくなってしまうけれど
同時に、この弟を必ず元の身体に戻してやるのだと、決意を改めることが出来た。
絶対に弟と二人で賢者の石を見つけて、元の身体に戻る。
その為には、いつまでも5歳の姿でぐずついているわけにはいかない。
風邪なんてひいている場合ではないのだ。

「アルが作ってくれたんだろ?だったら、何だって旨いよ。
 昔から、アルの方が、よく母さんの手伝いしてたもんな」

エドワードはそう言いながら、アルフォンスの作ったクリームスープを全てたいらげた。

「そうそう、食べたら薬飲まなきゃね」

ハイと、手渡されたのは袋に入った粉薬。

「・・・・・・もう熱も下がったし・・・飲まなくても・・・きっと平気だよ」

エドワードは注射同様、苦い薬が大嫌いなのだ。

「ダメ!!また熱でちゃうでしょ?はい、お水!!」

「う・・・・・・」

水の入ったコップを手渡されて、飲むまで見届けようと目の前に居座られては、逃げるに逃げられない。

だが、丁度その時、タイミング良くリビングから電話の呼び出し音が聞こえた。

「ちゃんと飲まなきゃダメだよ?」

アルフォンスはそう言い残して、ベッドから離れて、急いでリビングへ向かった。
これはチャンスとばかりにエドワードは薬の袋を開けると、中の粉薬を近くにあったゴミ箱にサラサラと落として
コップの水だけを少し飲んで量を減らした。
これで隠蔽工作は完璧である。





「・・・・・・誰から?」

電話を終えて戻ってきたアルフォンスに、エドワードは何事もなかったかのように尋ねる。

「大佐からだよ。今日は仕事が忙しいから帰れないんだって」

「ふぅん・・・・・・」

朝から迷惑を掛けたわけだし、今日だけは帰って来たら素直にお礼でも言おうと思っていたのに
何だか拍子抜けしてしまう。

「それにしても・・・なんで風邪ひいちゃったんだろうね?
 昨日、僕が兄さんの髪ちゃんと拭いてあげたのに・・・。
 兄さんったら、またお腹出して寝てたんじゃないの?」

「なっ・・・そ、そんなんじゃ――――――ッ!!」

アルフォンスとしては単純に疑問を感じて言ったのだろうが、そんな軽い疑問に対するエドワードの反応が何だか
過剰すぎておかしい。

「いつもみたいに、お腹出して寝たんじゃないんだ?」

どことなく様子のおかしいエドワードを見て、アルフォンスは更に疑問を深め、不思議そうな顔をする。

「え・・・あ・・・いや・・・」

エドワードは明らかにまずいといった表情で顔を逸らし、さっきからアルフォンスの顔を見ようとはしない。

「兄さん・・・・・・何か隠してるでしょ」

こういう時、兄弟というものは実に厄介である。
長年一緒に暮らしているだけに、相手の思考がある程度わかってしまう。
アルフォンスの経験から言って、兄が相手の顔を見ようとしないのは、何か隠し事をしていることが多い。

「な・・・何にも隠してなんか・・・」

「じゃぁ、何でこっち見ないの?」

「それは・・・その・・・・・・」

問いただせば、問いただすほど、エドワードはごにょごにょと語尾を濁して
いつものようにスッパリと答えようとしない。

「さっき・・・ちゃんと薬飲まなかったでしょ」

「え・・・何でわかっ・・・・・・」

完璧に隠せると思っていたのに、イキナリばれてしまって、エドワードは思わず反応してしまった。
慌てて自分の手で口を塞ぐが、もう遅い。

「・・・やっぱりね。だいたい、兄さんが1回言っただけで、素直に言うこと聞くハズないもん」

この場合、自分のことをよく理解してくれていると、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
見事に誘導尋問に引っかかったエドワードは、複雑な表情を浮かべながら弟を見た。

「でも・・・・・・それだけじゃないんでしょ?」

これ以上、兄が何を隠しているか、それはさすがに弟のアルフォンスにも内容まではわからない。
だが、兄は絶対に何かを隠していると、アルフォンスの弟としての経験がそう言っていた。

「いや・・・それは・・・・・・」

またしても視線を逸らしたエドワードであるが、その視線の先には・・・・・・。

「・・・あのチェストに何か隠してるんだね?」

「ちっ・・・ちがっ・・・!!」

その過剰反応こそ、何かを隠していると告白しているようなものである。
生来、真っ直ぐな性格のエドワードは、嘘をつくのが下手だ。

アルフォンスがチェストに近づき、その引き出しを開けると、中には一冊の本が隠されていた。

「これって・・・昨日、大佐が持って帰って来てくれた文献じゃない」

「えっと・・・それは・・・」

「確か昨日、リビングに置いたままにしてあったハズだけど・・・」

「えっと・・・えっと・・・」

「勝手に持って来たんだね?」

「うっ・・・・・・・・・」

つまりは、そういうこと。
昨日、読みかけだったあの文献の続きを、どうしても読みたくて。
けれど、ロイに徹夜は禁止されているから、一度は寝たフリをして、夜中にこっそりリビングから持ち出したのだ。
そして部屋に着いた途端、ページを広げて、昨夜のように熱中してしまった。
東部は今の時期はそれほど冷える事はないが、一晩中上着も着ずにパジャマだけで床に寝転がっていては
さすがに風邪もひくというもの。

「はぁ〜・・・・・・もう、兄さんは・・・・・・」

ホントにしょうがないんだから・・・と、アルフォンスはため息を吐きながらベッドに近づくと
ひょいっとエドワードの身体を浮かせた。

「えっ・・・アル??」

「今日は熱があるから、ちょっとで許してあげる」

「へっ・・・何が??」

アルフォンスは床に座り、エドワードのお腹に手を回して左腕で支え、膝立ちにさせると
わけがわからず不思議そうな顔をしているエドワードのお尻に向かって、ピシャリと平手を振り下ろした。

「いたぁっ!!や・・・やっ、やだぁっ!!」

ようやく何をされるかわかったエドワードは慌てて、何とか逃れようと、必死で手足を動かすが
ロイより力も背丈もある鎧の弟に敵うはずはない。

パンッ!!パンッ!!パシンッ!!

「ひぅっ・・・やだぁっ・・・ふぇぇっ・・・」

鎧の大きな手にぶたれては、パジャマの上からだろうと、とんでもなく痛い。
エドワードは早速、グスグスと泣き声をもらし始めた。

「まったく・・・明日にしなさいって大佐に言われてたでしょ?
 案の定、風邪までひいて・・・それに薬も捨てちゃうし・・・」

パシンッ!!パンッ!!パァンッ!!パァンッ!!

「ふえぇぇっ・・・やぁっ・・・や、ごめ・・・・・・うぇぇっ、アル〜ッ!!」

どう暴れても逃れられないエドワードは、ぎゅうっと腕にしがみついて、泣きながら弟の名前を呼んだ。

「・・・ちゃんと自分から大佐にホントのこと言うって約束できるなら、離してあげるけど?」

必死に腕にしがみつく兄を見たアルフォンスは、手を止めて兄に尋ねる。

「ひくっ・・・・・・だって・・・言ったら・・・大佐、めちゃくちゃ・・・怒るじゃんかぁ・・・・・・」

「・・・・・・言えない?」

「・・・・・・・・・言い・・・たくない・・・」

「じゃぁ、しょうがないね」

そう言ってアルフォンスはまた右腕を振り上げた。

「やぁっ・・・も、やだぁっ!!」

ついさっきまで自分に優しく触れていた弟の鎧の手。
それなのに今は、その手が振り下ろされるのがとにかく怖い。

「・・・・・・ちゃんと言うっ!!大佐にちゃんと言うからぁっ!!」

エドワードは涙を目にいっぱい溜めながら、必死でアルフォンスを見上げた。

「じゃぁ、僕からはこれでおしまい」

パァァンッ!!

「うわあぁんっ!!」

最後に一度だけ容赦のない平手を喰らって、エドワードは目に溜めていた涙をボロボロ零しながら悲鳴を上げた。

結局、その後に大嫌いな粉薬を無理矢理飲まされて。
ついでに、読み返そうと思った文献は、風邪が治るまで没収されることになってしまった。
さらに、ロイには自分から叱られるようなことを言わなくてはならない。
まさに、踏んだり蹴ったり。
これなら、最初から大嫌いでも、粉薬を飲んでいた方がマシだったと、エドワードは額とお尻に熱を感じながら
もはや手遅れだが、今更ながらに後悔した。





次の日のお昼過ぎ、書類の山からやっと解放されたロイが帰ってきた。
エドワードの熱はすっかり下がっていたが、アルフォンスが心配して、ベッドから出てはいけないと言うので
エドワードは暇をもてあましながら、ぼんやりと寝転がっていた。

「鋼の、どうだね?具合は・・・」

エドワードが寝室にしている客間の扉をノックして、ロイが顔をのぞかせる。
ロイの顔を見た途端、エドワードはびくんっと大きく身を震わせた。

「ん?・・・どうかしたのかね?」

玄関先でロイを出迎えたハズのアルフォンスは、どうやら何も言わなかったらしい。
やはり自分で言うしかないのか・・・けれど、言ってしまえば、昨日の熱など比べ物にならないぐらい
お尻に熱を与えられるのは必至。
約束を反故にして、何も言わなければ・・・とも考えるが、そうしたところでアルフォンスからロイに伝えられ
結局、結果は変わらないだろう。
いや、もしかしたら自分で言うよりもひどい結果になるかもしれない。

「・・・・・・鋼の?」

顔色は昨日より断然良いが、眉を寄せて今にも泣きそうな顔で、何か言いたげにしているエドワードを
ロイは不思議そうな顔で見やる。

「あの・・・・・・大佐・・・・・・」

「なんだね?」

「えっと・・・あのっ・・・・・・」

モジモジと指を動かしていたエドワードだが、布団をぎゅっと握り締め、覚悟を決めることにした。

「あのっ・・・・・・ごめんなさいっ!!」

「・・・??『何が』だね?
 それを言ってくれなくては、わからないよ?」

「えっと・・・その・・・」

いくら覚悟を決めたとは言っても、これから自分の身に起こることを考えると、やはり小声になってしまう。

「その・・・ダメって言われてたのに・・・半分徹夜で・・・・・・文献読んで・・・・・・
 だから・・・風邪・・・ひいて、迷惑・・・・・・かけた・・・・・・ごめん・・・なさい・・・・・・」

ボソボソと小声で単語を並べて、何とか白状したものの

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ロイは何も言わずに黙ったままである。

「・・・・・・あの・・・・・・・・・大佐?」

エドワードが恐る恐る顔を上げた瞬間、ロイはベッドに腰を下ろすと、ぐいっとエドワードの腕を引いて
自身の膝にうつ伏せの姿勢で押さえつけた。

「わぁっ!!や・・・やぁっ!!」

こうなることがわかってはいても、エドワードはやはり怖くて、つい抵抗してしまう。
ロイは、バタバタ膝の上で暴れるエドワードのパジャマと下着を、少々乱暴に膝まで下げると

バチィィンッッ!!

「うわぁんっ!!」

最初から容赦のない平手を振り下ろした。

パァンッ!!パァンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「ふぇぇっ・・・いたぁっ・・・やぁっ・・・・・・ごめ・・・なさいぃっ!!」

覚悟はしていたとは言え、いつもよりもずっと厳しくぶたれて、エドワードは我慢できずに
ボロボロと大粒の涙を零しながら、わぁわぁと泣き喚く。
だが、どんなに泣いても、どんなに叫んでも、ロイは手を緩めてはくれなかった。

パンッ!!パァンッ!!バチィンッ!!パァンッ!!

「ひぅっ・・・も、しないっ・・・たいさ、ごめ・・・なさいぃっ・・・わあぁぁんッ!!」

パァンッ!!バチンッ!!バチンッ!!パァンッ!!

「ふぇぇっ・・・ごめ・・・なさっ・・・も、やぁっ・・・も、やだぁッ!!」

最初から容赦のない平手打ちの連続で、エドワードのお尻はピンク色を通り越して、もう既に真っ赤に染まっていた。
痛くて痛くて堪えられず、エドワードがバタバタと手足を動かすと、ロイはエドワードの右手を
エドワード自身の背中に押さえつけた。
更に、暴れた罰にと、足を組んでエドワードの腰を高く上げさせると

バチィンッ!!バチィンッ!!パァンッ!!

「ふぇぇっ・・・・・・も、いやぁっ・・・・・・うわあぁぁんッッ!!」

お尻と太ももの付け根にきつく平手を振り下ろした。

「ひくっ・・・も、しな・・・からぁっ・・・ぐすっ・・・ごめ・・・なさっ・・・」

いつもならお説教のひとつもするロイが黙ったままなのも、いつもよりずっと厳しく振り下ろされるロイの手も
何もかもが怖くて、エドワードはビクビクと怯えながら、ロイの膝の上で小さく震える。
まだ自由になる左手でロイのズボンをぎゅっと握り締めて、泣きながら必死で『ごめんなさい』を繰り返した。

パァンッ!!パァンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「ひぅっ・・・・・・はんせ・・・してるっ・・・も、しな・・・からぁっ!!」

それでも、やはりロイの手は、エドワードのお尻に容赦なく飛んでくる。

パァンッ!!バチンッ!!バチンッ!!パァンッ!!

「やぁっ・・・・・・も、やめっ・・・・・・ごめっ・・・・・・なさいぃッ!!」

パンッ!!パァンッ!!バチィンッ!!パァンッ!!

「ふえぇぇ・・・・・・たいさ、おねがっ・・・ごめ・・・・・・わああぁぁんッッ!!」

溢れ出てくる涙はとめどなく、エドワードの顔はもう涙でグシャグシャで。
お尻は可哀相なぐらい真っ赤に腫れて、ジンジンと熱を持っている。

「ひくっ・・・・・・ひぅっ・・・ごめ・・・なさいぃ・・・ふぇぇっ・・・」

それでも、泣き喚いて枯れた喉で、搾り出すように言った『ごめんなさい』。

エドワードの気持ちが通じたのか、ふいに、振り下ろされるハズの手が、ふわりと頭に乗せられて

「・・・まったく、君って子は・・・・・・
 毎度毎度、心配するこっちの身にもなってもらいたいね・・・」

頭上から、ロイの声が静かに響いた。
そっと抱き起こされて、下着とズボンを元に戻され、ベッドに腰掛けているロイの前に立たされる。

「あのねぇ、鋼の・・・私だって、何も意地悪で徹夜をするなと言っているわけじゃない。
 今回は風邪だけで済んだが・・・子供の身体は君が思っているよりずっと弱いものなのだよ?
 万一、大病にでもかかったら、15歳に戻るのも、賢者の石を探すのも、それどころじゃなくなるだろう?」

そう優しく語りながら、ロイはいつまでも涙を零しているエドワードの頬を、指で軽く拭ってやる。

「病気で済めばまだ良い。
 最悪、死ぬことになったら・・・悲しむ人がいると思わないか?」

「・・・・・・・・・・・・アル・・・」

「・・・解ればよろしい」

ロイはぐしゃっとエドワードの頭を力強く撫でた。

「ふぇぇっ・・・・・・・・・たいさぁ・・・ごめんなさいっ!!」

許された、という安堵からか、エドワードの目からは、またしても大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
目の前でまた泣き出したエドワードを、ロイは優しく抱きかかえると、背中をポンポンと撫でてやりながら
エドワードにそっと囁く。

「お土産に君の大好きなドーナツを買ってある。
 アルフォンス君と三人でお茶にしよう」

「・・・・・・うんっ!!」

15歳の時ならば、いつだって断るロイのお茶のお誘いだけれど、今日は誘われたことが素直に嬉しかった。
先程まで泣き喚いていたエドワードだが、ロイに抱きかかえられてリビングに着くまでには
すっかり泣き止んで、いつもの笑顔を見せていた。

国軍大佐と、5歳程度の子供、それに鎧姿の少年・・・傍から見れば奇妙な取り合わせであるが
その日のマスタング邸は、それはそれは幸せそうな笑い声が聞こえていたとか・・・・・・。