ぷちらば


07.ご褒美

(また始まった・・・・・・・・・)

アルフォンスはうんざりした表情でため息をついた。
毎朝繰り広げられるこの騒動に、アルフォンスも最初は参加していたのだが、あまりの進展のなさに
半ば呆れて、最近では戦線離脱してしまっている。

エドワードが5歳になってから、今日でちょうど10日目・・・・・・つまり、ロイの家に一緒に暮らして10日目。
すなわち・・・この朝の騒動も10回目である。

「だから!!牛乳嫌いなんだってばっ!!」

パジャマ姿のまま朝食のテーブルについたエドワードが叫ぶ。

「何も全部飲めとは言ってないだろう?
 少しで良いんだよ、少しで。例えば、一口でも・・・ね」

向かい合わせに席についたロイは、新聞を広げながら静かにそう言った。

「全部も一口もおんなじだ!!そんな牛から分泌された白濁色の汁が飲めるかっ!!」

エドワードは何かと屁理屈をこねて、何とか牛乳を飲まずに済まそうと必死である。
エドワードの今までの戦績は、奇跡的に10戦10勝で驚異の負けなし。

「あ・・・僕そろそろ、出かけますね」

アルフォンスが時計を見ながら立ち上がった。
なるべく長い時間閲覧する為に、図書館の開館と同時に出かけるのが、このところ習慣になっていた。

「ああ、もうそんな時間か・・・・・・」

つられてロイも時計を見上げる。

エドワードの無敗記録は、実はこの時間によるところが大きい。
何とか牛乳を飲まずに済ませようと、屁理屈をこねたり、逃げ回ったりしているうちに
ロイの出勤時間が来て、タイムアップでの勝利になることが多いからだ。

(やったっ・・・大佐もそろそろ出かけるし、今日もオレの勝ちっ!!)

エドワードが内心ほくそえんでいると、ロイがエドワードに視線を移して、ニヤリと意地悪く笑った。

「今日はタイムアップはないよ、鋼の」

「へっ・・・!?」

「私は今日、非番だからね」

「なに〜〜〜っ!?」

非番=休日。
何か緊急事態が起こらない限り、呼び出されることはない。
すなわち、今日はロイが一日中家にいる為、タイムアップで勝利という道は完全に塞がれてしまう。
そういえば、今日のロイはいつもの軍服ではなく私服姿である。
ロイの発言が嘘ではないと悟ったエドワードはガックリと肩を落とした。





最後の手段だとばかりに、図書館に行くアルフォンスについて行こうとしたが
ロイに首根っこを掴まれて、エドワードは軽々とテーブルまで連れ戻されてしまった。

「う〜・・・・・・・・・・・・・・・」

低く唸りながら、目の前に置かれた牛乳を睨みつけてみるが、当然の如く牛乳の量が減ったりはしない。

「鋼の。さっきも言ったが、なにも全部は飲まなくても良いんだよ?」

さっきから物凄い形相で牛乳とにらめっこを続けているエドワードに、ロイは苦笑いしながらそう言った。

「・・・・・・だって・・・・・・牛乳・・・嫌いっ」

エドワードは、ぼそっと呟くと、ついに牛乳から視線をはずして、ぷいっとそっぽを向いた。

「好き嫌いは良くないと、いつもそう言っているだろう?」

向かい合わせの席に座っているロイは諭すように言うが

「そんなの飲まなくたって、死なねぇもん・・・」

エドワードにはまるで効果がない様で、ますます口を尖らせた。

「まぁ・・・君が身長が低いままでも構わないと言うなら、私はそれでも良いがね。
ああ、そうそう。好き嫌いするような子は、書斎には入れないから、そのつもりで」

ロイの書斎にはたくさんの錬金術書や、貴重文献が置いてある。
外出を禁止されている身としては、書斎が唯一、退屈をしのげる場所なのだ。
そこを塞がれてしまうことは、ヒマな時間を過ごすのが苦手なエドワードにとってはまさしく死活問題である。

「なっ・・・そんなの横暴だ!!」

ロイの発言に、エドワードは理不尽だとばかりにロイに向かって叫んだが

「一口でも牛乳が飲めたら、自由に出入りすることを許可しよう」

またしても意地悪くニヤリと笑って、頭をくしゃりと撫でられた。
こうなったロイは、エドワードがどう文句を言っても聞く耳を持たない。

「はぁ〜・・・・・・・・・」

今日という日はまだ始まったばかり。
あいにくと非番なロイからは逃れられるはずもない。
エドワードは机の上の白い液体とロイを交互に見ながら、盛大にため息をついた。





「う〜・・・・・・・・・・・・」

エドワードがどれだけ唸っても、時間がドンドン進んでも、机の上の牛乳の量は一向に減らない。
ロイは向かい側で黙々と新聞を読んでいる。

(いっそ、大佐がどっか行ってくれたら、どうにかしてごまかせるのに・・・・・・)

エドワードは何でも良いから、大嫌いな牛乳を飲まずに済む方法を必死に探していた。
それこそ蒸発してなくなるまで待とうかと、考えたぐらいである。

と、そこへエドワードの願いが届いたのか

ジリリリリリリリ・・・ジリリリリリリリリ・・・・

けたたましく電話が鳴り響いた。

(やったっ・・・絶対、軍からの呼び出しだ!!・・・今のうちに・・・!!)

ロイが電話に向かっているうちに、エドワードは牛乳の入ったコップを持ってあたりを見回した。
キッチンに流して始末してしまおうにも、今の自分の身長ではシンクまで手が届かない。
かといってコップごと隠してしまうわけにもいかないし・・・などと考えていると
ふと、部屋の隅においてあった観葉植物に目が止まった。

(牛乳って水分だし・・・・・・植物にも栄養になるよな・・・?)

流して始末してしまうのは勿体無いが、植物の栄養になるのなら良いだろうと、無理矢理自分を納得させて
エドワードはそのままそっとコップの中身を観葉植物の根元に流し込む。

空になったコップを持って、先程自分が座っていた椅子に慌てて座り直したところで
ロイが電話を終えて戻ってきた。
間一髪でセーフ。

「大佐、呼び出し?」

エドワードは、しれっと何事もなかったかのようにロイに尋ねる。

「いや・・・明日の会議についての連絡だ」

答えながらロイはエドワードの手元に見入る。

「おや・・・全部飲んだのかね?」

「ま、まぁね」

「そうか、感心感心」

そう言ってロイは笑顔でエドワードの頭をぐりぐりと撫でる。
完全に騙されてくれたようで、エドワードとしては一安心である。

「これで、もう書斎に入っても良いだろ?」

エドワードは早速書斎へ向かうべく、ぴょこんと椅子から飛び降りた。

「ああ、鋼の。全部飲めたご褒美をやろう」

「えっ?ごほーび?」

『ご褒美』の言葉に、エドワードは足を止めて、ロイを見上げた。

「何かくれんの?たい―――ッ!?」

いきなり腰を掴まれて、エドワードはぐいっとロイの小脇に抱えられてしまった。

「なっ!?ちょっと大佐!!」

この体勢にまるで良い思い出のないエドワードは、ジタバタと暴れるが、ロイはそれに構わず
自分は椅子に座り、エドワードをそのまま自身の膝の上にうつ伏せにさせた。

「大佐、ご褒美じゃなかったのかよっ!!」

「ご褒美だよ。嘘を吐いてごまかそうとするような子には
 お尻が真っ赤に腫れるぐらいたっぷりとあげなくてはね」

「なっ!?」

やはりロイの方が一枚も二枚の上手で、エドワードの幼いごまかしなど通用するはずもなかったのだ。
もう既に膝の上に乗せられてしまっているから、これから何が起こるかなど、さすがにエドワードにも
今までの経験から充分すぎるほどわかっていた。

「やだっ・・・やだぁッ!!」

わかってはいても、やはり痛いのは嫌で。
往生際悪くバタバタと暴れてみるものの、子供が大人の腕力に勝てるはずもなく
あっさりとパジャマごと下着まで下ろされてしまう。

「やっ・・・・・・やだってばぁっ!!」

エドワードの抗議も虚しく、ロイは容赦なくバチンッ!!と平手を振り下ろした。

「い、いたぁッ!!」

いきなり思い切りぶたれて、エドワードの目にはもう涙が滲んできた。

「おやおや、ご褒美はまだまだなんだがねぇ」

ロイは冷たく言いながら、エドワードのお尻に更に平手を加えていく。

パァンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「やっ・・・いたぁっ・・・ひんっ!!」

パァンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「ひっ・・・やだぁっ・・・いたいぃっ!!」

パァンッ!!バチンッ!!バチィンッ!!

「ふえぇ・・・やっ・・・・・・いだぁっ!!」

今日のロイは何故か容赦がなくて、エドワードが泣き出しても一向に止めてくれる気配がない。
それどころか、まだまだだと言わんばかりにきつく平手を振り下ろしてくる。

「ふぇっ・・・や、もうやだってばぁッ・・・・・・うえぇぇんッ!!」

お尻が痛くて痛くてたまらなくて、何とか膝から逃れようと暴れるたびに

「こら、大人しくしていなさい」

ロイにそう咎められて、お尻だけでなく足にもピシャリと平手を浴びせられた。

バチンッ!!バチィンッ!!パァンッ!!

「うぇぇッ・・・や、も・・・ゆるしっ・・・!!」

痛みに耐えるためにロイのズボンをぎゅっと握り締めていたから、流れる涙を拭うことも出来なくて
エドワードの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「・・・許して欲しいかね?」

膝の上で小さく震えるエドワードに、ロイは静かに問う。
エドワードはしゃくりあげているのでろくに返事が出来ず、ただコクコクと首を縦に振った。

「じゃぁ・・・あと5回で終わりにしてやろう」

そのロイの言葉に、すぐに膝から解放されるわけではないけれど
お仕置きに終わりが見えてエドワードは何だかほっとした。

パンッ!!パァンッ!!バチンッ!!

「ひっ・・・やぁッ・・・ひんっ!!」

パンッ!!バチィンッ!!

「いっ・・・・・・ふえぇぇんっ!!」

最後の5回が終わって、ロイの平手が止まる頃には、エドワードのお尻は真っ赤に染まっていた。

「ひっく・・・・・・ぐす・・・」

エドワードはあまりに痛くて、お尻に落ちてくる手が止まってもロイの膝の上から動けない。
そんなエドワードに

「鋼の・・・君は牛乳を全部飲んだと嘘を吐いたね?」

ロイが真っ赤になったお尻をさすりながら訊くものだから

「ふぇっ・・・?」

エドワードはびくんっと身を強張らせた。

「どうなんだね?」

「う・・・うん。うそ・・・ついた・・・」

ここで正直に答えておかないと、ロイを怒らせかねないので、エドワードは下を向いたまま小さく答えた。

「そうか・・・じゃぁ私もひとつ嘘を吐こうと思う」

「は・・・?」

ロイの言っている意味が全く理解できないエドワードは、涙が溜まったままの顔でロイを見上げた。
するとロイは、見上げてきたエドワードに意地悪く微笑んで

「5回で終わりだと言ったが・・・・・・実は50回だ」

と、冷たく言い放った。

「なぁッ!?」

言うが早いか、ロイはエドワードの腰をがっしりと再度押さえ込んで、パァンッ!!と平手を振り下ろした。

「嘘を吐くとどんな目に遭うか、身体でしっかり覚えなさい」

「ふえぇぇっ!!やっ、もうやだぁっ!!」

お仕置きはもう終わったとばかり思っていたエドワードは、ジンジンと痛むお尻に再度平手を加えられて
ただ泣きじゃくるしかなかった。

「44・・・43・・・42・・・」

ご丁寧にもロイはカウントダウンまでしてくれたが、エドワードはお尻が痛くてそれを気にしている余裕は全くない。
先程と変わらぬ強さでぶたれて、少しは引いていた涙もまた溢れて流れ落ちてきた。

「41・・・40・・・39・・・」

「やっ・・・たいさ、おねがっ・・・うぇぇぇんッ!!」





『ごめんなさい』
『もう嘘はつきません』
『好き嫌いしません』
『牛乳もちゃんと飲みます』

この4つを散々嫌というほど言わされて。
しっかり『牛乳もちゃんと飲みます』なんて約束までさせられて。
それでもカウントがきっちりゼロになるまでは膝から降りることは許されなくて。

「ふぇぇっ・・・うわあぁぁんっ!!」

ロイの一番初めの宣告通り、お尻が真っ赤に腫れるぐらいたっぷりとぶたれて
エドワードは膝に向かい合わせに座らされても、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくった。

「鋼の、嘘はいけないとよくわかったね?」

ロイはポンポンとエドワードの頭を撫でながら、そっと顔を覗き込む。

「ぐすっ・・・・・・ひっく・・・」

泣きすぎて上手く呼吸も出来ないエドワードは、鼻をすすりながら大きく首を縦に振って返事をした。
エドワードの答えを聞いたロイは、満足げに微笑んで

「よしよし、じゃぁ約束を果たしてもらおうか」

エドワードを抱えあげて、そのままキッチンへと足を向けた。





「う〜・・・・・・・・・」

ロイの膝の上で、すぐ前にいるロイと、自分が持っているコップの中の白い液体を交互に見比べて
エドワードは泣きそうな顔で低く唸った。

「鋼の」

ロイに呼ばれてエドワードはびくんっと大きく身を振るわせて、そっと頭上を見上げる。

「鋼の、さっき『牛乳もちゃんと飲みます』と言っただろう?」

「う〜・・・・・・・・・」

「それとも、また『嘘』かね?」

ロイがそう言いながら、まだ熱くてジンジンと痛むお尻を撫でるものだから
エドワードは泣きそうな顔で、そっとストローに口を付けた。
そのまま少しだけ吸い上げると、ぎゅっと目を瞑り、コクンと小さく喉を鳴らした。

「うぇ〜・・・・・・きもちわる・・・・・・」

眉を寄せて苦い顔をしているエドワードの頭を、ロイはポンポンと撫でて

「よしよし、いい子だ」

笑いかけながら褒めてやった。

「う〜・・・・・・」

エドワードが口を尖らせて何故か不満そうなので

「どうかしたのかね?」

と、問うてやると

「なんか・・・こんなの・・・・・・オレ、ホントに子供になったみたいじゃんか・・・」

エドワードが顔を赤くして拗ねるので、ロイは元の15歳でもまだ充分に子供じゃないかと
何だかおかしくて、思わず苦笑してしまった。





「だから!!牛乳嫌いなんだってばっ!!」

「ほう・・・昨日の約束は『嘘』だと?」

「うっ・・・・・・」

「鋼のはそんなに『ご褒美』が欲しいのかね?」

「大佐の『ご褒美』は、もう絶対いらんッ!!」