ぷちらば


03.ことわざ

『後悔先に立たず』とはよく言ったものである。

やってしまった事はいくら後悔しても仕方がないのだが

「あの時ああしておけば・・・」

「あそこでこうしていれば・・・」

なんてことは、長い人生のうちにおいてあり過ぎるぐらい溢れかえっている。
それは鋼の錬金術師こと、エドワード・エルリックにしても例外ではなく。





「ふあ〜・・・退屈・・・」

エドワードは一人、ベッドで大きな欠伸をした。
ここは中央の病院の一室。
先日、第五研究所で48(ヨンハチ)と66(ロクロク)と呼ばれる2人と一戦を交え、
その後エンヴィーなる者に一撃を喰らわされて、この病院に運ばれた。
命に別状はないものの、腹部はザックリと切られるわ、機械鎧の調子は悪いわで
しばらくの入院生活を余儀なくされてしまった。

もともと大人しくしているのが苦手なエドワードである。
入院生活なんて退屈で仕方がない。

「あ〜・・・ヒマ〜・・・」

加えてここにはエドワードの興味をひくような錬金術書はおろか、
退屈しのぎになりそうな雑誌すらも置かれていない。
これでは、エドワードでなくても暇をもてあましてしまいそうだ。

「何か面白いことないかな〜・・・」

エドワードがゴロゴロとベッドで転がりながら、夕日色に染まった窓の外を見ていたら
バタンッと勢いよく扉が開いて、見知った顔が入ってきた。

「よっ、エド!元気してるか〜?」

現れたのは中央軍法会議所勤務のヒューズ中佐。
いつもどこかおちゃらけていて、何を考えているのかよくわからないつかみ所のない
人物であるが、いつもエドワードたち兄弟を何かと気にかけてくれていて
兄弟にとっては善き理解者でもある。

「ヒューズ中佐!!」

暇をもてあましていたエドワードは話し相手の出現に、表情を躍らせた。

「仕事はいいの?」

「任せろ。シェスカに仕事残してきてやった」

要は他人に残業させて、自分はさっさと定時に上がったらしい。
ばっちりウインクまでしてにこやかに答えるヒューズに

「仕事しろよ、給料ドロボー」

エドワードは残業で苦しんでいるであろうシェスカを思って、苦笑した。

「まぁそう言うなって。
 それはそうと・・・アルはどうした?」

ヒューズはお見舞いのドーナツの袋をベッドのサイドテーブルに置くと
そのままベッドに腰掛けた。

「ああ、アルならウィンリィと一緒に買い物に出てる。
 ほら、機械鎧とかの部品、色々足りないからってさ」

エドワードは布団から這い出てきて、ヒューズの隣にちょこんと座る。

「そっか。で、傷はもういいのか?」

隣に座ったエドワードを見ながらヒューズが尋ねれば

「もう全然平気なのにさ〜。
 まだダメだってなかなか退院させてくれねぇんだよ」

エドワードは少し口を尖らせて、元気良く不平をもらした。
今、退院許可が下りればすぐにでも走り出しそうなほど元気な様子のエドワードを見て
ヒューズは少なからず安心した。

「まったく・・・お前さんが第五研究所に忍び込んで、しかも入院したって
 ロス少尉から聞かされた時は焦ったぜ・・・」

「あ〜・・・うん。それはロス少尉にも言われたよ・・・」

エドワードは苦笑いしながら、手でそっと左頬に触れた。





第五研究所でエンヴィーに一撃を喰らわされて、情けなくも意識を失って。
目を覚ましてみれば、そこは全く知らない病院の一室で。
ふと隣を見れば、そこには自分と弟を護衛してくれていたロス少尉と
ブロッシュ軍曹の姿があった。

「先に無礼を詫びておきます」

と言われて、何のことだろう・・・などと考えていたら突然パァンッ!と大きな音が
病室中に響き渡った。
何が起こったのか理解できずに固まっていたが、一瞬遅れて左頬に鋭い痛みを感じて
ようやく自分がビンタを喰らわされたのだと気が付いた。

「アームストロング少佐が宿で待っていなさいと言ったのに、あなた達は・・・!!」

加えて少しばかりのお説教も喰らって。
ビンタが痛かった・・・というよりは、突然の出来事にショックを受けて
固まってしまっていたエドワードだが、一応は上官の位にある自分に手を
上げてしまったことを平謝りするロスとブロッシュの姿を見て

「あ・・・いや、オレが悪かった・・・です」

とだけ何とか言えた。





その瞬間の事を思うと、未だにビンタされた左頬が何となく痛いような気がして
エドワードは思わず手で押さえてしまう。

「ロス少尉にビンタ喰らったんだって?」

どこからか聞きつけてきたのか、それとも本人から聞いたのか
ヒューズは愉快そうに尋ねてくる。

「うん・・・まぁね」

エドワードは左頬に手を当てたまま、ますます苦笑した。

「じゃぁ・・・・・・」

ヒューズは隣に座っていたエドワードの腕を掴むと、ぐいっと自分の元へと引き寄せた。

「オレはこっちにしとくかな」

「へっ?何??」

今までいつも通りおちゃらけていたヒューズが、急に真剣な表情を見せるものだから
エドワードは思わず焦ってしまう。
困惑しているエドワードの腕を更に引いて、ヒューズは自分の膝の上にうつぶせにさせた。
この体勢には非常に嫌な思い出のあるエドワードは

「ちょっ、ちょっと中佐!!何すんだよっ!!」

慌てて抗議する。

「ん?ロイに教わらなかったのか?
 『悪い子はお尻ぺんぺんだ』って」

つい先日、言いつけを守らなかったとして、エドワードはロイから
こっぴどくお仕置きされた。
『お尻ぺんぺん』なんていう可愛らしいレベルのものではない。
剥き出しのお尻をバシバシと散々ひっぱたかれ、痛くて我慢できずに
泣き喚いても許してもらえず、顔がぐしゃぐしゃになるまで散々泣かされた。
最後は叫ぶように何度も『ごめんなさい』と言って、それでようやく許してもらえたのだ。
確かにあの時ロイは

『言いつけも守れないような悪い子はお尻をぶたれるんだよ。
 よく覚えておきなさい』

そう言っていたような気もするけれど・・・・・・

「だからって、なんで中佐がっ・・・!?」

納得がいかないのか、それともただ単純にお仕置きが嫌なのか、エドワードは
ヒューズの膝の上でバタバタと手足を動かして暴れだした。

「・・・じゃぁ、アームストロング少佐の言いつけを破ったわけだし
 少佐にお仕置きしてもらうか?」

このヒューズの提案にエドワードはピタリと反抗を止めた。
デスクワークを主としているロイ相手ですら、前回あまりの痛みに涙で
前が見えなくなるほど泣かされたのだ。
それなのに、日々鍛錬を怠らないあの筋肉マッチョな少佐に叩かれたら・・・・・・
考えるだけでもゾッとする。
気絶するだけで済めばまだ良い方で、もしかしたら死ぬんじゃないだろうか・・・
とさえ思ってしまう。

「じゃぁ、ちょっくら少佐に言って来るか・・・」

そう言ってベッドから腰を上げようとするヒューズにがっしりと掴まって

「やっ・・・中佐がいい!!ヒューズ中佐がいいっ!!」

エドワードは必死に叫んだ。
お仕置きされるのは不本意だが、されるのであれば、あの筋肉ムキムキの少佐より
絶対にヒューズの方がマシだと判断したのだ。

ヒューズは浮かせていた腰をベッドにどかっと下ろし、エドワードを膝の上にがっちりと押さえ込んだ。

「ちょっと痛いけど我慢しろ、な?」

覚悟はしたものの、やはり怖いのか、ビクビクと怯えるエドワードの頭を
左手でポンポンと撫でながら、ヒューズは右手で器用にズボンと下着を膝まで下ろした。

「やっ・・・やっぱやだっ!!」

素肌を晒されてやはり恥ずかしいのか、往生際悪く膝で抵抗し始めたエドワードのお尻に
まずはピシャリと平手を振り下ろして

「こら。あんまり暴れるともっと痛くするぞ?」

そう軽く脅した。

「う・・・・・・痛いのやだ・・・」

剥き出しのお尻をぶたれるのは、確かに恥ずかしかったり悔しかったりと色々あるのだが
それ以上に本当にめちゃくちゃ痛いのだ。

「なら、ちゃんと反省してろ」

エドワードの主張に珍しく冷たい返事をして、ヒューズは先程よりも
きつい平手を振り下ろす。

パァンッ!!パンッ!!パンッ!!

「ひぅっ・・・や・・・いたぁっ!!」

『ちょっと痛い』などとヒューズは言っていたが、実際は『ちょっと』どころの
痛みではなかった。
ロイにしろヒューズにしろ、デスクワークが主なくせに、どこにこんな力があるのかと
思わず感心するほどだ。
そのあまりの痛みに、エドワードの目にはもう既にいっぱいの涙が溢れ出てきていた。

パンッ!!パシンッ!!パンッ!!

「ふえ・・・中佐、いたっ・・・ひんっ」

暴れれば余計に痛くすると宣言されて、頭ではそれを理解していても
あんまりにも痛いものだからエドワードは思わず手足をバタバタと動かしてしまう。

「こら。ちゃんと反省してろっつっただろ」

パシッ!!パシッ!!パァンッ!!

「ひぅっ・・・も、やだっ・・・いたぁっ・・・」

暴れた分だけ少しばかり強めの平手で咎められる。

「ひたぁっ・・・や、中佐・・・いたぁっ」

「痛いからお仕置きなんだろーが」

エドワードがあまりにも『痛い』を繰り返すものだから、ヒューズは思わず苦笑した。

「ひんっ・・・ふぇぇ・・・やだっ・・・も、やだぁっ!!」

膝の上でしゃくりあげて泣くエドワードに、ヒューズは叩く手を
多少緩めながら聞いてやる。

「何でお仕置きされてるか・・・わかるか?」

「ひたっ・・・ふぇぇっ・・・」

お尻を真っ赤にされつつあるエドワードは、痛くてまともに思考が働かない。
ただ早く許して終わらせて欲しい・・・それしか頭に浮かばない。

「ちゃんと答えねぇと、いつまで経っても終わんねーぞ?」

ヒューズはピタピタと催促するようにお尻を叩いて、エドワードに考えさせる。

「ひぅっ・・・う、ちゃんと・・・少佐のいうこと・・・きかなかったっ・・・」

もうこれ以上痛い目に遭いたくないエドワードは、痛みで働かない頭を
何とかフル回転させて必死に答えた。

「・・・半分正解」

「ふぇっ・・・はんぶ・・・?」

「ほれ、もう半分は何だ?」

またピタピタとお尻を叩いて催促される。
しかし、エドワードはいくら考えても、もう半分がわからない。

「ひんっ・・・半分・・・も、わかんな・・・」

情けない声でそう訴えるエドワードに、ヒューズは

「これじゃぁロイのヤツも苦労するわな・・・」

やれやれ・・・と小さくため息をついた。
エドワードはと言えば、自分のすすり泣く声でヒューズのセリフは聞き取れず
力はほとんど入っていないとはいえ、未だに止まない平手打ちにグスグスと泣いていた。

「しょうがねぇな・・・ほら、エド。
 『ごめんなさい』は?」

顔をぐしゃぐしゃにして泣いているエドワードを覗き込んで、ヒューズがそっと促す。

「ふぇっ・・・ごめ・・・な・・・」

しゃくりあげてなかなかきちんと言えないエドワードをヒューズはじっと待ってやって

「ひっく・・・ごめんなさいっ・・・」

ようやくきちんと言えたところで

バチンッ!!バチンッ!!パアァンッ!!

「やっ・・・ひぅ・・・いたぁっ!!」

最後に容赦のない平手を三度振り下ろして、エドワードを膝から解放した。

ズルズルと膝から崩れるようにして床にペタリと座り込んでしまったエドワードの頭を
ぐりぐりと撫でながら、ヒューズはさっきの解説を始めた。

「確かに、少佐の言いつけを守らずに宿をこっそり抜け出したのは悪かった。
 だけどな・・・・・・」

ヒューズは床に座り込んで泣きじゃくるエドワードを、そっとベッドに乗せて
目線を合わせた。

「周りの人間に心配をかけたのも悪いことだ。
 だからさっきのお前の答えは『半分正解』・・・わかったか?」

しゃくりあげていて声も出せないエドワードは、コクコクと首を縦に振った。

「よしよし」

そう言ってヒューズは微笑みながらエドワードの頭を涙が止まるまでそっと撫でてやった。





「・・・あのさ・・・中佐」

ようやく泣き止んだエドワードが、戸惑いがちにヒューズを見上げながら口を開いた。

「ん?何だ?」

「あのっ、心配・・・かけて・・・ごめん・・・なさい」

この辺りがエドワードの良いところで。
彼をよく知らない人間は『生意気なガキだ』などと評するけれど
本当は根の素直な少年なのだ。

「ま、皆お前が心配なんだよ。
 一人で頑張るのも良いけどな、もう少しぐらい周りを頼っても
誰も文句は言わねぇさ・・・な?」

そう言って頭を撫でてくるヒューズの優しい表情に、エドワードは思わず

(オヤジってこんなカンジなのかな・・・?)

などと考えてしまう。
実際に家庭を持っているヒューズは、子煩悩かつ愛妻家である。
父親の存在を疎ましい・・・というよりは、むしろ忌み嫌っているエドワードにとっては
ヒューズが理想的な父親と映っても不思議ではない。
エドワードは何となく恥ずかしいような、照れくさいような、不思議な感覚を覚えながら
ヒューズのするがままに頭を撫でられていた。

と、そこで何故か突然ヒューズの手が止まり、今度はバシバシと肩を叩く。

「そういうわけだから、まぁせいぜい覚悟するこったな」

「へ?」

なにが『そういうわけだから』なのかが全くわからないエドワードは
大きく首をかしげた。
ヒューズはそんなエドワードにはお構いなしに一人で話を続ける。

「少佐の言いつけを守らずに第五研究所に忍び込んで
しかも研究所を崩壊させました〜・・・・・・
 なんて、こんな大きなオイタがロイに知れてみろ。
 お前・・・100叩きどころじゃ済まねぇぞ」

ヒューズのこのセリフを聞いて、エドワードは自身の血の気がザッと引くのがわかった。
ヒューズの言う通り、ロイに知れたら間違いなく100叩きでは済まないだろう。
それよりも、もっとひどい目に遭わされることは充分に考えられる。
あの男のことだから、泣こうが喚こうが容赦はしないに違いない。

「ロイもあいつはあいつなりにお前の事が心配なんだよ。
 なんたってお前に軍の狗になるよう勧誘したのはあいつだしな〜。
 だから・・・まぁ、せいぜい覚悟するこったな」

笑いながら言うヒューズとは逆にエドワードは今にも泣き出しそうな顔で、
ふらりとベッドに倒れ込んだ。

「やっぱ・・・あの時、宿でおとなしくしてるんだった・・・・・・」

枕に顔をうずめながらエドワードがぼそりと呟くと

「お前さんの今の状態・・・何て言うか知ってるか?」

ヒューズがからかうように聞いてきた。

「・・・・・・『後悔先に立たず』?」

やってしまった事は、いくら悔やんでも取り返しがつかない・・・
まさしく今のエドワードの状態だ。

「これまた半分正解」

「・・・また半分?」

ベッドに転がり、けだるそうに見上げてくるエドワードに
ヒューズはキッパリと言い放った。

「そう。もう半分は・・・『自業自得』だな」

そう言ってヒューズは愉快そうに笑う。
ベッドに突っ伏して、がっくりとうなだれたエドワードは

(絶対、しばらくは東部には行かない・・・!!)

先程のお仕置きで痛むお尻をさすりながら、そう固く心に決めた。