ぷちらば


02.あれもそれもこれのうち


東方司令部の誰もいない執務室を、エドワードは先程から落ち着かない様子で
うろついていた。
ソファに座っても落ち着かないし、窓の外を見ても気が晴れない。

(やっぱ・・・逃げちゃえば良かった・・・・・・かな・・・)





ラッシュバレーで国家錬金術師の証である銀時計をスられ、
必死になってスリを追いかけたのは、つい昨日のこと。
やっとの思いで捕まえて気付いてみれば、ラッシュバレーの街は
スリを捕まえるために使った自分の錬金術のおかげで、ぐちゃぐちゃで。
建物の形は変形しているし、ありもしないところに壁が出現していたりと
街は大混乱に陥っていた。
街の住人にどやされながらも、なんとか全部を元通りにしたものの
当然ながら、この騒ぎにラッシュバレー担当の軍関係者が気付かないわけもない。

街の修繕を終えたその後、何故かスリの少女パニーニャを道案内人として
山奥の機械鎧技師を訪ねることになったエドワードたちは
一旦荷物をまとめに宿へと戻った。
問題は、そこへタイミング良くかかってきた1本の電話。
宿屋の主人に呼び出されてエドワードが出てみれば、
それは今一番会いたくない人物、ロイ・マスタング大佐からのもので。

「今度はラッシュバレーにいるんだってねぇ・・・・・・
 いくつか聴きたい事があるから、今から東部に来なさい。良いね?」

「えっ・・・あ、ちょっ・・・!!」

ロイは用件だけを言ってしまうと、エドワードの返事も待たずに
さっさと電話を切ってしまった。
返事をし損ねたエドワードはといえば、受話器を持ったまま
真っ青になって固まってしまっていた。

さっきの口調から察するに、ロイにはもう全てバレてしまっているに違いない。
問題を起こすなと前回きつく言いつけられていたのに、
早速ラッシュバレーの街を錬金術でぐちゃぐちゃにしたことも
スリに銀時計をスられてしまったことも、何もかも。

(う・・・やっぱこの前言ってたこと・・・本気なんだ・・・)



『君は口で言うより身体に覚えさせた方が早そうだ。
 よってこの先、各地で問題を起こした際にはお仕置きするから、そのつもりで』



この前は、子どものようにロイの膝に乗せられて、こっぴどくお尻をぶたれて
顔がぐしゃぐしゃになるまで泣かされた。
子ども扱いされて恥ずかしいし、ロイは怖いし、お尻はメチャクチャ痛いし
もう二度とごめんだと思っていたのだが・・・・・・。
また今回も、同じような目に遭わされるんだろうか?
エドワードは思わず身震いした。

死刑宣告を受けたかのようにうなだれたエドワードは、弟や幼馴染に、
まさか、お仕置きされに東部に行って来る、なんて言えるわけも無く
軍からの緊急要請だ、とあながち嘘でもない言い訳をして
一人で東部行きの列車に飛び乗った。

このまま逃げてしまおうか・・・と何度も思ったが、相手はあのロイなのだ。
逃げれば、それこそもっとひどい目に遭わされるに違いない。
エドワードに残された道は、ロイの言葉に従って素直に東部に向かうほかなかった。

こういう時に限って、列車は事故も故障も無くイヤミなまでに爽快に進み
定刻通り翌日の昼には、イーストシティ駅に到着した。

エドワードは重い足取りで司令部へ向かい、そのまま受付を通過する。

「あら、エドワード君。こんにちは」

「あ、ホークアイ中尉・・・こんにちは」

司令部に入ってすぐの廊下で出会ったのは、ロイの側近の部下であるホークアイだった。

「あら、今日はめずらしく一人なのね」

いつもアルフォンスと行動しているエドワードだから
ホークアイは不思議そうにそう言った。

「あ・・・うん、まぁね。
 あのさ・・・・・・大佐・・・いる?」

「ええ、大佐なら・・・」

「ああ、いるとも。
 意外と早かったな、鋼の」

ホークアイの答えを遮って、聞き覚えのある声がしたのは、なんと自分の後ろから。
驚いて振り向いてみれば、そこにはいつの間に来たのか、ロイが立っていた。

「・・・・・・視察にでも行ってくれてりゃ良かったのに・・・」

「何か言ったかね?」

「・・・・・・何でもないデス」

ここで反抗的な態度を取ってしまっては、後でどんな目に遭わされるか
わかったものではない。
エドワードは、反抗的な態度は取らないように・・・と、自分に言い聞かせた。

「大佐、今から会議の予定ですのでお急ぎください」

「ああ、もうそんな時間か・・・」

ホークアイはロイに会議書類を手渡し、エドワードの方へと向き直る。

「エドワード君、大佐は今から会議だし、事務室でドーナツでも食べない?」

「え、良いの!?」

甘いものが好きなエドワードは、ホークアイの話に飛びついた。
だが、そのやりとりを会議書類を見ながらロイが

「ダメだ」

と、遮った。

「鋼のは、会議が終わるまで執務室で待っていなさい」

「うぇ〜・・・何で!?せっかく中尉が・・・」

さっきの、反抗的な態度は取らないように・・・の思考はどこへいったのか
エドワードは頬を膨らませて不満をもらした。
ロイはそんなエドワードの耳にそっと顔を近づけて、低く囁く。

「それとも・・・今この場でお仕置きされたいかね?」

そのセリフに、エドワードはびくりと肩を大きく震わせた。
ここは司令部の廊下。
当然たくさんの人が通るし、その中にはエドワードの見知った人物もいることだろう。
二人きりの執務室でお仕置きされるのだって恥ずかしいのに、他に人に見られるなんて・・・。

「・・・・・・・・・大佐の部屋でちゃんと・・・待ってる・・・」

エドワードはそう答えるしかなかった。
その後、ロイはホークアイを促して会議に向かい、エドワードはトボトボと
重い足取りでロイの執務室に向かった。

そして、現在に至る。





これから痛い目に遭わされるとわかっているエドワードは、そわそわと落ち着かない。
執務室の中を無意味にうろうろしたり、ソファに座ったり立ったりを繰り返していた。
本棚にあった錬金術の本を開いてみたものの、全く頭に入らない。
さっきから考えていることといえば

『逃げるなら今しかチャンスはない』

『逃げたらお仕置きはきっと万倍になって返ってくる』

『いっそのこと会議が一生続いてれば良いのに』

なんてことばかり。
ぐるぐると頭の中を回っては消えて・・・消えてはまた現れて・・・。
まさに板ばさみ状態であった。

「はぁ・・・オレってば、みじめ〜・・・」

15にもなって、お尻をぶたれてお仕置きされるだけでも恥ずかしいのに
前回なんて、ロイにもう許してと何度もお願いして
挙句、ごめんなさいと言って情けなくも大泣きした。
正確には『大泣きさせられた』のだけれど・・・。

「やっぱ・・・逃げちゃおっかな・・・」

エドワードがボソリと呟いた瞬間、バタンと突然扉が開かれて
部屋の主が帰ってきたものだから、エドワードははじかれたかのように
びくんっと身を強張らせた。

ロイはつかつかと机に向かい

「おや、逃げなかったとはね。感心感心」

そう言ってドカッと椅子に腰を下ろした。
どうやら今の呟きは聞こえていなかったらしい。
エドワードは、ほっと胸をなでおろした。

ロイはバサリと会議書類を机に放り

「さて・・・何故呼ばれたか、わかっているね?」

ジロリと厳しい目つきでエドワードを見やる。

「あ・・・ぅ・・・」

そのどう見ても明らかに怒っている様子に、エドワードは思わず固まってしまう。

「先日、ラッシュバレーの軍司令部から連絡があってねぇ・・・。
 『おたくの小さい国家錬金術師が街中を破壊しながら飛び回っている。
 一体、どういう教育をしているんだ!』と散々文句を言われたよ。
更に来週には今回の事後処理で、手続きが厄介な書類もこの机に山ほど送られてくる」

「だって、それはっ・・・・・・スリが・・・」

「この間、教えただろう?
 『悪人相手だからといって、何をしても良いなんてことはない』と」

「だってっ・・・・・・」

「見境なく錬金術を使いすぎだ」

「でもっ・・・・・・」

必死に言い訳をしようとするが、ロイの正論には敵わない。

「鋼の、おいで」

ロイが手招きをする。

「・・・・・・・・・・・・」

エドワードはトボトボとロイの前までは寄って来たものの
なかなか膝には乗ろうとしない。

「鋼の」

ロイの前でうつむいて固まったままのエドワードは、低い声でそう呼ばれて
ビクリと肩を震わせる。

「・・・だって・・・オレ、もう15だしっ・・・・・・
 子どもじゃないし・・・こんなの・・・やっぱやだっ」

小さな声ではあったが、エドワードはキッパリと主張した。
こんなことを言ってしまったら、余計にロイを怒らせるかとも思ったが
返ってきたのは意外にも穏やかなものだった。

「・・・わかった。
 ならば選択肢を与えてやろう」

「・・・選択肢??」

ロイの思わぬ提案に、エドワードはきょとんと不思議そうな目をした。

「そう。お尻を300回ぶたれるのが良いか。
 それとも君の大嫌いな牛乳を3本飲むか。
 二つに一つだ。さぁ、選びたまえ」

お尻を300回もぶたれたら、きっと大泣きするどころでは済まない。
気絶するんじゃないだろうか、とさえ思う。
かといって、大嫌いな牛乳を3本も飲むなんて出来ない。
一口飲むのにだって、相当な時間と気力が必要なのだ。
3本なんて、どうあがいても無理な相談だ。
どちらの選択肢もエドワードにとっては嬉しくもなんともない。

「こんなの、選択肢って言わねぇだろ、ヒキョーもん!!」

「当然だろう?お仕置きとはかくも厳しいものなのだよ、鋼の」

しれっと答えるロイを相手にエドワードは

「う〜・・・・・・」

低く唸った。

「君が決められないのならば仕方がない。
 私が決めてやろう」

「へっ・・・ちょっと何すっ・・・」

ぐいっと腕を引っ張られて、エドワードは強引に膝の上に乗せられた。

「やだっ、こっちがいいなんて言ってない〜!!」

膝に乗せられてもギャーギャー騒ぐエドワードに、ロイは服の上から
ピシャリと平手を振り下ろした。

「ひたっ!!」

「大人しくしていないと、両方味わう事になるぞ?」

そう言いながらロイはエドワードのズボンに手をかけた。

「やっ・・・やだっ!!」

お尻を丸出しにされてぶたれるなんて、やっぱり恥ずかしい。
エドワードは何とか手足をバタつかせて抵抗しようとするが、
その度にピシャリと平手を浴びせられて、結局は下着までも下ろされてしまった。

「も・・・やだぁ・・・・・・」

この時点でエドワードは既に半泣き状態だが、だからといって
ロイは手加減などしてくれない。
先程のピシャリという程度の平手とは比べ物にならないくらいの
容赦のない力で、エドワードのお尻をみるみる赤く染めていく。

「ひぅっ・・・やっ・・・いたぁっ!!」

何度も「痛い」とロイに訴えたら

「痛くて当たり前だ」

と、冷たく返され、パンッ!パンッ!と更にきつくぶたれた。

「ふぇっ・・・やぁっ・・・も、やだぁっ」

ぐすぐすと泣いても、わぁわぁ叫んでも、ロイは許してくれない。
前回あれほど『問題を起こすな』と叱られたにも関わらず、今回のこの騒動である。
ロイが怒るのも無理はない。
きっとロイは先程の選択肢で提示したように、300回を終えるまでは
エドワードを膝から解放するつもりはないのだろう。

「ひぅっ・・・も、やだぁっ・・・たいさぁっ!!」

抵抗すれば余計に強く平手が降ってくるとわかってはいても
この痛みから逃れたくて、条件反射的についつい手足をバタつかせてしまう。
その度にロイに平手できつく咎められて・・・・・・。
それが痛くてまた抵抗して・・・・・・。
エドワードは最悪の悪循環を繰り返していた。

ただっぴろい空間に響く肌を打つ音と、その度にもれる自分の泣き声を
聞いていたエドワードは、何だか情けなくて余計に涙が出てきた。

「ふぇぇっ・・・つぎから・・・ちゃんとするからっ・・・
 たいさ、おねがっ・・・・・・」

泣き叫ぶようにお願いしても、ロイの平手打ちは一向に止む気配がない。

パチンッ!パンッ!パァンッ!

「やっ・・・おねがっ・・・ひぅっ」

パチンッ!パンッ!パァンッ!

「ふぇっ・・・も、ムリ・・・やぁっ」

パチンッ!パンッ!パァンッ!

「ひぅっ・・・たいさ・・・いたぁっ・・・」

ロイは300回なんて言っていたけれど、痛くて数を数える余裕のないエドワードには
この痛みにあとどれくらい耐えれば良いのか、このお仕置きがいつ終わってくれるのか
それがわからないだけで充分に恐怖だった。
『もうしない』と何度も訴えても、名前を呼んでお願いしても
平手は容赦なく降りかかってくる。

パンッ!パンッ!パァンッ!

「やぁっ・・・ひたっ・・・も、やだぁっ!!」

とうとう耐え切れなくなったエドワードは、右手で自分のお尻をかばった。

「こら、鋼の。手をどけなさい」

頭上からロイの厳しい声が聞こえても、エドワードは泣きじゃくりながら
首を横に振って、小さく震えるだけだった。

「鋼の!」

ロイの厳しい声が部屋に響く。

「ぐすっ・・・ごめ・・・なさ・・・」

「ん?」

エドワードは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ロイの方を見上げた。

「ごめ・・・ごめんなさいっ・・・ふえぇぇっ!!」

あんまり必死に言うものだから、さすがのロイも少々エドワードが可哀相に思えてくる。

「・・・本当は、まだ半分も終わっていないんだがねぇ・・・」

やれやれ・・・とため息をつきながら、エドワードの顔を覗き込む。

「ふぇっ・・・ごめ・・・なさいっ」

まだ必死に許しを請うエドワードに、しょうがないと判断したロイは

「まぁ、意地っ張りな君が素直に『ごめんなさい』と言えただけよしとするか・・・」

そう言うと、エドワードを膝に乗せたまま足を組み、お尻を高く上げさせる。
と、同時に自身のお尻をかばっていたエドワードの右手を背中に縫いつけ

パアァンッ!!パアァンッ!!パアァンッッ!!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

真っ赤になっているお尻を、これでもかというほど思い切りひっぱたいた。
そのあまりの衝撃に、エドワードはヒッと短く息を呑むのが精一杯で
悲鳴すらあげられなかった。

ボロボロと涙をこぼしながらしゃくりあげるエドワードを膝に向かい合わせに座らせて
ロイは『君は無茶をしすぎる』と、少しばかりお説教の続きをしてから
ポンポンと頭を撫でてやった。
未だにしゃくりあげながら、ぷぅっと頬を膨らませて
こちらを睨みあげてくるエドワードに

「不満そうだね?」

と、問えば

「だってっ・・・オレちゃんと・・・『ごめんなさい』・・・言ったのにっ・・・」

などと、普段の彼にはおよそ似つかわしくない可愛らしいセリフを言うものだから
ロイは思わず笑ってしまった。

「・・・何、笑ってんだよ・・・」

口を尖らせるエドワードに

「いやいや、お子様は可愛いなぁと思ってね」

そう言って、まだ溢れてくるエドワードの涙を親指のはらで拭い、そっと頭を撫でてやる。
前回もロイは、エドワードが泣き止むまでずっと撫でてくれた。
その優しく触れる仕草に、エドワードは思わず

(大佐って・・・お仕置きの時はメチャクチャ怖いんだけど・・・
 その後は意外と優しかったりするよな・・・・・・)

などと考えてしまう。
別にそうして欲しいと望んでいるわけでもないけれど、かといって
別に嫌な気分になるわけでもなくて。
だからエドワードは、普段ならばこんな子ども扱いは許さないけれど
この時ばかりは、ロイの手を振り払おうとはしなかった。

エドワードの涙が止まった頃、ふいにロイはエドワードの脇に両手を
回して立ち上がると、自分が今まで座っていた椅子にエドワードを乗せて
自分はそのまま部屋を出て行ってしまった。

「えっ・・・ちょっと大佐・・・!?」

部屋に一人取り残されたエドワードはどうして良いかわからない。
お仕置きは終わったのだから、帰っても良いとは思うけれど
このまま黙って帰ってしまうのも何だか悪い気がする。

どうしたものか、と思い悩んでいたらパタンと扉が開いてロイが戻ってきた。

「ほら、中尉からもらってきてやったぞ」

そう言ってロイが差し出したのは、エドワードが大好きなドーナツと・・・大嫌いな牛乳。

「やった!!」

当然大好きなドーナツに飛びついたエドワードだったが、サッっとロイに
取り上げられてしまった。

「〜〜〜大佐っ!!」

恨めしそうにロイを見上げれば

「この牛乳を飲むまで、ドーナツはおあずけ」

と、冷たく言われてしまう。

「なっ・・・何で!?」

「お尻を叩くのを半分以上まけてやったんだから
 牛乳も1本ぐらい飲みなさい」

「だからっ・・・牛乳・・・嫌いなんだってば!!」

エドワードが牛乳を大嫌いなのは、ロイだってよく知っている。

「これもお仕置きのうちだよ、鋼の」

「なっ!?」

「それとも・・・もう一度膝の上で泣くかね?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

エドワードは、ニヤリと楽しそうに笑うロイを見て、お仕置きの後は意外と優しい・・・
などと考えていた自分がバカみたいで、余計に腹が立った。

「さぁ、どうする?」

またしてもロイに選択肢をぶつけられたエドワードは
意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見てくるロイを睨み返し
部屋中に響き渡る大声で叫んだ。

「大佐の・・・・・・鬼〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」