ぷちらば


キリ番2662 「秘密の一回」

しとしとと小雨が降る東部の街角。
ロイは部下を大勢引き連れて、ある男と対峙していた。
褐色の肌に赤い瞳、傷の男(スカー)と称される一人のイシュヴァールの民と。
彼は、何故か国家錬金術師ばかりを狙い、ことごとくその命を奪ってきた。
軍としても、これ以上野放しには出来ないS級犯罪者である。

街全体に警戒態勢を敷き、厳重な警備をしていた矢先のことだった。
街角の一角でスカーを発見した下仕官達が、スカーとやりあったのは。
幸い、軍側には大勢の人員が配置されていた為、スカーも分が悪いと思ったのか
多少の抗争はあったものの、結局は逃走をはかった。

裏路地に逃げ込んだスカーを下仕官達は追い込んでいく。
そして、裏路地を通り抜けた先で待ち構えていた、他の下仕官達がスカーを取り囲む。
そこまでは良かった。
問題は、裏路地を通り抜けてきたスカーが、一人の少年をその腕に抱えていたこと。

「人質なんて冗談じゃねぇぞ、ゴラァッ!!」

スカーの腕の中で人質らしからぬ声をあげるのは
現在5歳児になっている、国家錬金術師のエドワード・エルリック。

何故こんなことになってしまったのか、話は数時間前に遡る。





その貴重文献が、東部の軍立研究所にあると、エドワードが知ったのは今朝のこと。
なかなか手に入らない貴重文献で、国家錬金術師機関の図書館にだって
置いていない代物らしい。
エドワードは、遂にこの5歳児の生活から脱出できるかもしれないと喜び
一人でも研究所に入れるようにと、ロイに閲覧許可を申請しに行った。

だが、ロイから返っていたのは

「ダメ」

と、たった一言。

「なっ・・・許可ぐらい出してくれてもいいだろっ!?」

エドワードがぷぅっと頬を膨らませて抗議しても、ロイは

「ダメだと言ったら、ダメだ」

そう言って、頑として許可を下ろしてくれない。

「今、報告が入ったところによると、どうやらスカーが東部に来ているらしい。
 今はそんなナリとはいえ、君も一応、国家錬金術師だ。
 用心するに越したことはない。したがって、しばらくは外出禁止」

つらつらと流れるように口上を述べると、

「今日のところは諦めなさい。
 何日か後には、護衛をつけて行かせてあげるから」

そう言って、近寄ってきたエドワードの頭をぐりぐりと撫でる。

「う〜っ・・・・・・」

スカーには、以前に東部で襲撃されたことがある。
エドワードの右腕の機械鎧は破壊され、アルフォンスの鎧も半身を失った。

自分の錬金術なんて全く通用しなくて。
けれど、逃げることすら叶わなくて。
破壊された右腕の痛みと、アルフォンスの痛々しい半身と、迫り来るスカーの手と。

ザァザァと流れ落ちる雨の音だけが、やけに耳に響いて。
瞳には、もう何も映らなかった。

もうダメだと・・・死を―――――覚悟した。

けれど、エドワードは生き延びた。
それは、悔しいけれど、今、目の前にいるロイのおかげ。
あそこでロイが来なければ、エドワードは間違いなく殺されていた。

あの時の恐怖は今でも忘れられない。
時々、悪夢となって襲ってくることすらある。

「資料は逃げやしない。資料よりも、命の方が大切だろう?」

目の前で低く唸るエドワードの頭を、ロイはまたぐりぐりと撫でてやる。

「う〜・・・・・・・・・」

エドワードはまだ不満そうではあったが、今回は相手が悪すぎる。
しばらくは唸っていたが、最後には悔しそうに

「・・・・・・・・・わかった・・・」

ポツリとそう呟いた。





わかった、なんて珍しくロイに素直な返事を寄こしたエドワードだったが
実のところ、資料を諦めたわけではなかった。
ロイがダメなら、他の人をあたるまでである。

「あ、少尉!!」

事務室に行くまでの道のりで、エドワードは運良くハボックを発見。
エドワードはニコニコと愛想の良い笑顔を浮かべて、ハボックの元へと駆けて行った。

「お〜、大将。何だ?ご機嫌だな〜」

ぽてぽてと自分の元へやって来て、ニコニコと笑顔を浮かべるエドワードに
ハボックはいつも通り、咥えタバコを燻らせながら、その頭をわしわしと撫でてやる。

「あのさ〜、オレ、少尉にお願いがあるんだけど・・・」

エドワードは、一生懸命にハボックを見上げてしおらしい態度で様子を伺う。
エドワードがこんな態度を取るということは、そのお願いごとは結構に厄介なものに違いない。
そう判断したハボックは

「あ〜・・・大佐のお仕置きからは、かばってやれねぇぞ?」

「違うッ!!今日はまだ何もしてない!!」

先手を打ってみたが、どうやら違うらしい。

「ん〜・・・なら、何だ?」

少々拗ねた顔つきでこちらを見上げてくるエドワードの頭を
またしてもわしわしと撫でながら、ハボックはそっと腰を折ってやる。

「あのさ・・・オレ、軍立研究所に行きたいんだ。
 それって、どこにあるかわかる?」

「ありゃぁ確か、駅向こうの山近くだったんじゃねぇかな・・・。
 でも、いくら大将が国家錬金術師でも、今のナリじゃ入れてもらえねぇぞ?」

そう言いながら、ハボックは苦笑する。
エドワードの名前は史上最年少国家錬金術師として有名だけれど
いくら最年少だからと言っても、まさか5歳児で通用するとは思えない。

「だからー、ハボック少尉に一緒に行ってもらいたいの!」

子供らしくおねだりをするエドワードは可愛いのだが
普段が普段なだけに、ハボックにはどうにも裏に何かあるのでは・・・と勘ぐってしまう。

「それだったら、大佐に言えば良いじゃねぇか。
 一人でも入れるように許可書ぐらいくれるだろ」

「うっ・・・・・・」

ハボックの言葉に、エドワードは返答に詰まってしまった。
どうやら、ハボックの読み通り、何かありそうだ。

「ん?大佐のとこには行ったのか?」

「えっと・・・行ったんだけど・・・」

もじもじと答えにくそうにしているエドワードを見れば、答えは一目瞭然。

「ダメって言われたんだろ」

「うっ・・・・・・・・・」

エドワードは図星とばかりに、ガクッと肩を落とした。

「大佐がダメだってんなら、オレも一緒には行ってやれねぇな」

「そんな〜・・・大佐がダメだから、少尉に頼みに来たのにぃ・・・」

ハボックは、口を尖らせるエドワードの肩をポンポンと叩いて

「まぁ、大佐もそのうち許可くれるって」

言いながら、タバコの煙を吐き出して、さっさと歩き去ってしまった。
その場にポツンと残されたエドワードは

「う〜・・・・・・・・・」

小さく唸って、恨めしそうな視線をハボックに投げかけていた。





ハボックがダメでも、まだ他に頼れる人はいる。
エドワードは事務室へ向かうと、扉からひょっこりと顔を覗かせて
目的の人物を目で探す。

(あ・・・いたいた)

目的の人物を確認したエドワードは、事務室の中へ入るとそっとその人物の元へと近寄った。

「あら、エドワードくん。どうしたの?」

エドワードに気付いたホークアイは、書類を整理している手を止めると
エドワードの方へと向き直った。

「うん・・・あのさ、中尉にお願いがあるんだけど・・・」

「私に・・・?何かしら?」

エドワードが大抵お願いごとをするのは、ロイが相手と決まっていて
その他の人間に頼るのは珍しい。
ホークアイは、小さく首をかしげながら、エドワードの答えを待った。

「あの・・・オレ、軍立の研究所に行きたいんだ。
 中尉が忙しいのはわかってるけど・・・一緒に行ってもらえない?」

「そうねぇ・・・・・・大佐は何て仰ったの?」

「えっ・・・?」

さすがは、あの上司の有能な部下である。
大体のことはお見通しらしい。

「大佐がダメだと仰るなら、私ではどうしようもないわね。
 一緒に行ってあげたいのはやまやまなんだけど・・・・・・ごめんなさいね」

そう言って、ホークアイは困ったように笑った。
これからおねだりして、お願いしようと思っていたのに、こうもあっさり断られると
もうこれ以上は何も言えない。
エドワードは、小さく

「・・・・・・・・・わかった・・・」

とだけ、返事をすると、とぼとぼと事務室を出て行った。





「はぁ〜・・・・・・」

エドワードは司令部内の長い廊下を歩きながら、大きくため息を吐いた。
ハボック、ホークアイの両方に断られた以上、もはや誰にお願いしても
きっと同じような答えが返ってくるに違いない。

「だいたい・・・何でこんな時に限ってスカーが東部に来るんだよ・・・」

ぶちぶちと文句を言いながら、ふと気付く。

「そういえば・・・スカーに会ったのって・・・あくまで15歳のオレだよな・・・」

エドワードはこうと決めたら、それに向かって一直線に進む猪突猛進タイプである。
口に出してしまった、頭の中の思考はもう止められない。

「・・・・・・むしろ、今の方が安全・・・だよな・・・?」

そう結論付けたエドワードの行動は早かった。
まずは、入り口の憲兵の様子を伺う。
スカーが東部に来ていることが、司令部内に知れ渡ったのか
いつもより警備は厳重だから、ここから外に出ることは出来ない。
そうなると、裏口を使うしかないわけだが、そこにも当然警備兵がいるに決まっている。

「ま・・・これが、妥当だよな」

エドワードは中庭を通り抜けて、倉庫の立ち並ぶ一角の奥へと進み
その向こうは大通りという壁の前までやってきた。

「やるか」

パンッと手を合わせて、頭の中に錬成陣を描き出すと
両手を壁に当てて、小さな扉を錬成した。

「よしっ・・・!!」

キィッと静かにその扉を開けて、小さな身体をくぐらせると
そこは、イーストシティの大通り。
エドワードは早速、軍立研究所に向かうべく、駅方面へと足を向けた。





そして、現在エドワードの所在地は、何故かスカーの腕の中。

「離せーッ!!」

ジタバタと暴れてみるがスカーはびくともしない。

「このっ・・・・・・!!」

エドワードが両手を合わせて、頭に錬成陣を描こうとした、まさにその瞬間。

パァン―――――ッ!!

「・・・・・・・・・そこまでだ」

エドワードの思考を遮るように、威嚇射撃の銃声が鳴り響いた。
そして、同時にこだまする低い男の声。

「・・・・・・た・・・いさ・・・・・・」

前列にいた下仕官達が道を空け、ロイがその中央を歩いてくる。

「・・・大佐、オレっ・・・・・・」

もぞもぞとスカーの腕の中でもがきながら、エドワードは自力で逃げてロイの元へ行こうと
またパンッと両手を合わせた。
だが、手を合わせた瞬間、一斉に憲兵たちが周りを取り囲む。
エドワードが驚いてロイを見れば、ロイはじっとエドワードを見据えていた。
怒ったような、咎めるような、厳しい視線。

「その少年を解放してもらおうか。その子は一般人であって、錬金術師ではない」

ロイはスカーにそう言いながらも、エドワードに視線を送る。

(・・・・・・錬金術、使うなってこと・・・?)

スカーの腕の中にいながら、国家錬金術師であるエドワードが無事なのは
スカーが今の彼を普通の少年として見ているからだ。
もし、こんなところで国家錬金術師、エドワード・エルリックの最大の特徴である
錬成陣なしでの錬成をおこなってしまったら、万一にもこの子供がエドワード本人であると
見破られかねない。
エドワードは、合わせた両手をぶらりと下げて、小さくコクンと頷いた。

「また会ったな、焔の錬金術師・・・」

「ああ、今度は逃がさんよ」

ロイがすっと手を上げると、スカーの周りを取り囲んでいた憲兵達が一斉に銃を構えた。
人質がいるとは言え、やり手の国家錬金術師に、大勢の憲兵が相手では分が悪い。
スカーは、小さく舌打ちをするとエドワードを引き連れたまま、またしても裏路地へと逃げ込んだ。

「ホークアイ中尉は、この裏路地の出口でヤツを待ち伏せろ。
 ハボックの小隊は、私の後衛に就け。その他の者は付近の緊急配備だ」

ロイは口早に指示を飛ばすと、自身が前線となってスカーを追う。

一瞬の隙を突いて、裏路地に逃げ込んだスカーだが、追っ手はすぐそこまで来ている。
細い裏路地では逃げ場もない。
スカーは、腕に抱えていたエドワードを、地面にストンと降ろすと

「・・・・・・・・・手荒な真似をしてすまなかったな・・・」

一言、そう漏らして右腕を地面に着けると、その場に大穴を作り出す。
エドワードはといえば、まさかそんなことを言われるなんて思ってもみなくて

「・・・・・・あいつ・・・・・・そんなに悪いヤツでもねぇの・・・かな・・・・・・」

ただ、呆然と、いつかのようにスカーが地下の下水道へ逃げていくのを見送っていた。

ザァザァと流れる雨の音に混じって、バシャバシャと荒く地を蹴る音が近づいてくる。
地下へと続く大穴を見つめていたエドワードが、その音に気付いて
静かに顔を上げると、そこには、スカーを追ってやってきたロイがいた。

「・・・・・・あ・・・大佐ッ・・・!!」

目の前にいるロイの顔が、いつもより断然怖い顔なので、エドワードは
思わず後ずさってしまう。
自分はロイの言うことを聞かないで、勝手に司令部から抜け出してきた身なのだから
ロイが怒るのも無理はない。
腰を引きながら、足を半歩後ろへずらそうとするエドワードだったが
いきなり、ロイにぎゅっと抱かれて、それも叶わなくなってしまった。

「わぁッ!?」

突然の出来事に、エドワードが驚いた声を上げると

「・・・・・・・・・・・・・・・無事で良かった・・・・・・」

ロイが小さな声でポツリと呟く。
けれど、それはザァザァと落ちてくる雨音に遮られて、エドワードには聞こえない。

「えっ・・・?大佐・・・?」

ぎゅっとロイの両腕に抱きしめられて、エドワードは少々苦しそうに聞き返すが
ロイはもう何も言わなかった。

「あ・・・あの・・・・・・」

エドワードが遠慮がちに声を上げると、突然身体が浮いた感覚がして
視界が180度回転した。

「おわッ・・・!?」

エドワードの視界は何故か、地面ばかりを映しており、手足はふわふわと宙を舞った。
一体何が起こったのかと、考える暇もなく

バチィィンッ!!バチィィンッ!!バチンッ!!バチンッ!!バチィィィンッ!!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」

とんでもなく強烈な痛みが、連続でエドワードのお尻に降り注ぐ。
突然の出来事に、エドワードは悲鳴を上げることすら出来なかった。
少し遅れてじんじんとした熱が襲ってくる。

「うぇぇぇっ・・・・・・・・・わああぁぁぁんッ!!!」

ようやく自分がお尻をぶたれたのだとわかったエドワードは
あまりにも痛くて、火が点いたように泣き出したが、そんなエドワードを
ロイは、自分の後続でやって来ていたハボックに向かってポイッと投げ捨てると

「・・・鋼のを連れて先に司令部へ戻れ」

エドワードの方など見向きもせずに、スカーが逃げた大穴を見つめていた。

「・・・・・・・・・了解」

泣きじゃくっているエドワードを抱きかかえたハボックは、上官の命令に従い
雨の中、事後処理に当たるロイを置いて、自分はその場を後にした。





「ふぇぇっ・・・・・・えぅ〜・・・・・・ぐすっ・・・」

助手席にエドワードを乗せて、車を発進させてもエドワードは泣きやまない。
よっぽどきつくぶたれて痛いのか、まだグスグスと泣きながらお尻を擦っている。

「うぇっ・・・・・・ぐすっ・・・・・・」

「・・・・・・大将さぁ・・・今回のは、どう考えてもお前さんが悪いと思うぞ?」

赤信号で止まった車内で、ハボックはそっとエドワードを見やる。

「・・・だってっ・・・・・・ぐすっ・・・」

「元の身体に戻りたいって焦る気持ちがあるのはわかるがな・・・・・・。
 やっちゃいけないことってのがあるだろう?」

「・・・でもっ・・・あそこで道に迷ってなかったら・・・スカーに捕まってなかったもん・・・」

ハボックはエドワードの言葉を聞きながら、ため息を吐くと
青信号になったのを確認して、アクセルを踏んだ。

「捕まったのは・・・大将が、大佐の言うこと聞かなかったからだろ?
 俺が言ってるのは、そっち」

「・・・わかってる・・・けどっ・・・・・・だからって、あんな痛くしなくてもいいのに・・・!」

未だにしゃくりあげているエドワードは、たった5回がとにかく痛かったらしく
ずっとお尻を擦っている。

「・・・けどな・・・大佐は、大将よりもっとずっと痛かったんだぞ・・・?」

「・・・へ?」

ポツリと呟いたハボックを、エドワードが見上げたら、運転席の窓から
いつもの白い建物が見えて、静かに車が止まった。

「少尉・・・今のってどういう―――――」

エドワードが聞き返す暇もなく、ハボックはさっさと車を止めて降りてしまう。
エドワードもそれに続いて、助手席の扉を開けると、そのままぴょんと飛び降りた。

「あの・・・少尉・・・・・・」

さっきの続きを聞こうとしたが、ハボックは

「ほら、さっさと大佐の部屋に行ってな」

そう言って、エドワードの背中をポンッと押し出した。
ハボックは、そのまま踵を返すと、さっさと車に乗り込んでしまい
結局エドワードはさっきの答えを聞くことが出来なかった。





とぼとぼと重い足取りで、いつものロイの執務室へと向かったエドワードは
部屋の中に入っても、そわそわと落ち着かなかった。
ロイの言うことを聞かないで、勝手に外へ出て、スカーに捕まって。
確かに今回は自分が悪いと自覚している。
ロイが帰って来たら、またさっきのように痛い目に遭わされるのは
間違いないだろう。
エドワードは、何だかもうお尻が痛いような錯覚に陥って、思わずお尻を擦ってしまう。

「・・・・・・・・・やっぱり・・・止めとけば良かった・・・」

いつだってエドワードが後悔するのは、何かをやらかした後のこと。
今更どうしようもない状況になってから、初めて自分の行動を反省する。

「はぁ・・・・・・・・・」

エドワードは、窓から雨の東部の街を見ながら、深く深くため息を吐いた。





ロイが帰って来たのは、エドワードが執務室に入ってから3時間ぐらい後のこと。
突然、ガチャリとドアノブが音をたてて扉が開かれ、部屋の主が帰ってきた。

「・・・・・・大佐・・・・・・」

ソファで小さく座っていたエドワードは、ゆっくりとロイを見上げたが
ロイはただエドワードを一瞥するだけで、ソファの前を通り過ぎた。
雨に濡れたコートをハンガーに掛けながら、ロイは静かに口を開く。

「しばらくは外出禁止だと言っておいたはずだ・・・スカーが来ているから危険だと。
 それなのに、君は司令部を抜け出して、挙句スカーに人質にされて・・・・・・」

エドワードはソファから立ち上がると、椅子に深く腰掛けたロイの前へと歩み寄る。

「・・・鋼の、何か言い訳は?」

そう聞かれて、エドワードが

「・・・言い訳は・・・・・・・・・ない・・・です・・・」

と、俯いて小さく答えると、ロイはエドワードをぐいっと持ち上げて
自身の膝の上に、うつ伏せに押さえつけた。

「やぁっ・・・・・・」

何をされるか、ここから先は嫌というほど知っている。
けれど、今回ばかりは自分が悪いと、エドワードも自覚しているから
驚いて小さく声を漏らしたが、いつものように大暴れはしなかった。
それでも、ロイの手がエドワードのズボンを脱がしにかかると
これから先のことが不安なのか、エドワードはロイの膝の上でもぞもぞと動いた。

「先に言っておくが、今日は泣いても許さない。覚悟したまえ」

ロイの厳しい一言と同時に、外気に晒されたお尻に

バチィィンッ!!

「ひぁっ!!」

きつい一打が降ってきた。

バチィンッ!!パァンッ!!パァンッ!!

「いたぁぁっ・・・・・・いぅっ・・・・・・やぁぁっ!!」

今回は自分が悪いからと、痛くても我慢しようと思っていたエドワードだが
あまりにも厳しく振り下ろされる平手に、どうしても身体は反応してしまう。

パァンッ!!バチィィンッ!!バチィィンッ!!

「やぁぁっ・・・・・・うぇぇぇ・・・・・・いたぁぁっ!!」

平手がお尻に当たるたびに、ビクンッと大きく背が反る。

「ふぇぇぇっ・・・・・・うぇぇっ・・・いたぃぃっ・・・」

反った背をロイにぐっと押さえつけられて、また厳しく平手は振り下ろされる。

パァンッ!!パァァンッ!!バチィィンッ!!

「やぁぁっ・・・・・・ごめっ・・・・・・ごめ・・・なさっ・・・!!」

バチィィンッ!!バチィィンッ!!パァンッ!!

「うぇぇぇっ・・・・・・やぁぁっ・・・・・・も、ゆるしっ・・・!!」

それは、エドワードがどれだけ『ごめんなさい』を言っても、どんなに泣いても変わらない。
部屋には、ロイがエドワードのお尻を打ち据える音と
エドワードの泣き叫ぶ声だけが響いていた。

「ふぇぇぇっ・・・・・・たいさ・・・ごめっ・・・なさぃぃっ・・・!!」

まだ30もぶっていないのに、エドワードのお尻はもう充分すぎるくらい真っ赤で
顔も涙でグシャグシャになってしまっている。
けれど、ロイはまだ手を止めてはくれなかった。

バチィィンッ!!パァァンッ!!パァァンッ!!

「ごめ・・・なさいぃっ・・・えぅっ・・・・・・ふぇぇぇんっ!!」

最初から、いつもよりずっと厳しく振り下ろされる平手に
エドワードはとうとう我慢できずに、ジタバタと暴れ始める。

「やぁぁっ・・・も、やだぁぁっ!!」

それを見たロイは、小さくため息を吐くと、ぐいっと足を組んだ。
ふわりとエドワードの身体も、ロイの右足と同じように少し浮いて
ロイの膝の上でお尻を突き出すような格好になる。
こうされると、お尻に角度がついて、同じ強さでぶたれても余計に痛く感じてしまう。

「うぇぇぇ・・・・・・やだっ、やだぁぁっ!!」

身体が浮き上がった不安定な状態でも、まだジタバタと暴れるエドワードに

バチィィィンッ!!

「ひぃッ!!」

ロイは、更に力を込めた平手を振り下ろす。

「・・・ごめっ・・・なさぃぃ・・・うぇぇぇっ!!」

エドワードは、お尻は焼けるように熱いし、とんでもなく痛いし
怒っているロイはとにかく怖いしで、顔を涙でいっぱいにしながら
それでも必死に『ごめんなさい』を繰り返した。
けれど、それでもやっぱりロイの手は止まってくれることなどなくて。
『泣いても許さない』と最初に言ったのは、脅しではなかったのだ。

「ふぇぇぇっ・・・・・・も、しないっ・・・ちゃんと、いうこと・・・きくからぁっ・・・!!」

どんなにお願いしても、ロイは力を緩めることすらしてくれない。
厳しく振り下ろされる平手に、エドワードは泣いて泣いて泣きじゃくって
自分でもわからなくなるくらいに『ごめんなさい』を繰り返した。
お尻は当然真っ赤に腫れ上がっていて、痛くて痛くてエドワードはもう抵抗する気力もなく
ただ、ロイが肌を打つ度に、泣きじゃくりながらビクンッと身を震わせるだけだった。

「・・・・・・反省しているかね?」

そこまできて、ロイはようやく口を開いた。

「鋼の、答えなさい」

けれど、まだ口調は厳しくて。

「ぐすっ・・・・・・して・・・・・・ますっ・・・!!」

エドワードは何だかロイが怖くて、泣きじゃくりながら
出ない声を振り絞って必死に答えた。

「・・・なら、もう少し反省していなさい」

ロイは静かにそう告げると、エドワードを膝から下ろして、そっと書棚の前に立たせた。

「ふぇ・・・・・・たい・・・さ・・・?」

泣きじゃくった顔で不安そうに振り返るエドワードに

「そのままの格好で、自分のしでかしたことを、もう一度よく反省しなさい」

ロイはそう言うと、自分はいつもの椅子に腰掛けて、机に残っていた書類に手をつけ始めた。

「ぐすっ・・・・・・・・・ふぇぇ・・・」

いつもなら、こんなことしないで、お仕置きが終わった後は、エドワードを甘やかしてくれるロイ。
けれど、今日はまだ怒っているのか、頭を撫でてもくれない。
真っ赤に染まったお尻はまだ剥き出しのままで、何だか落ち着かない。
エドワードはそわそわと不安げにロイの方を振り返るが、ロイは自分の方になど
見向きもしないで、書類にサラサラとサインを走らせている。

「うぇぇっ・・・・・・ぐすっ・・・・・・ふぇ・・・」

本当は今すぐにでも、ズボンを元に戻して、いつものようにロイに優しくしてもらいたい。
けれど、ロイが『そのままの格好で』と言ったから、ズボンは元に戻せないし
もしも勝手なことをしたら、ロイは更に怒って、もう一度自分を膝に乗せるかもしれない。
そう考えると、エドワードは自分のズボンをぎゅっと握り締めて、自分の涙で濡れていく床を
じっと見つめるしかなかった。





エドワードはロイに言われた通り、今日、自分がしでかしたことを思い返していた。
まず、ロイにダメだと言われたにも関わらず、勝手に司令部を抜け出した。
そして、駅へ向かう途中で迷子になって、挙句、スカーの人質になってしまった。
それから、ロイに助けてもらって・・・けれど、同時にその場でお仕置きも喰らって。

(そう言えば・・・・・・)

ふと、ハボックの言葉がエドワードの頭をよぎった。

『・・・けどな・・・大佐は、大将よりもっとずっと痛かったんだぞ・・・?』

(あれって・・・どういう意味だったんだろ・・・?)

エドワードが見た限りでは、ロイに怪我はなかった。
あの場で、容赦のない平手を5回お尻に喰らって、ズボンの上からとは到底思えないほど
とにかく痛くて、ハボックに送ってもらっている間も泣きじゃくった。
どう考えても、痛かったのは自分であって、ロイではない。

(・・・大佐は・・・何が痛かったんだろ・・・)

ぎゅっとズボンを握り締めて、じっと床を見つめて。
お尻は痛くて熱くてたまらなかったけれど、エドワードは何だかこの答えが
とても大切な気がして、ポロポロと涙が零れ落ちるのにも構わず、必死に考えた。

あの雨が降っていた裏路地で、スカーから解放された後・・・・・・。
見上げれば、そこには必死に走ってくるロイの姿があって・・・・・・・。
それから・・・・・・それから・・・・・・。

エドワードは、俯いていた顔を上げると、パタパタとロイに近づいて行った。
その気配に気付いたロイが、書類から目を離して横に視線をやると

「大佐・・・ごめんなさいっ・・・!!」

目にいっぱいの涙を溜めたエドワードが、ロイを見上げながら小さく言う。

「・・・しっかり反省はできたのかね?」

「いっぱい心配とかっ・・・迷惑とかっ・・・かけて、ごめ・・・なさっ・・・!!
 いっぱい不安にさせてっ・・・心、痛くさせてっ・・・ごめん・・・なさいぃっ・・・ふぇぇぇっ」

ボロボロと大粒の涙を零しながら、それでも必死に声を出すエドワードを
ロイはそっと抱き上げると、自身の膝の上に向かい合わせに座らせた。

「・・・・・・君が、中尉や少尉にも研究所に行きたいと漏らしていたと聞いたから
 まさかと思ったが・・・司令部内を探しても、どこにも姿が見えないから、確信したよ。
 スカーの人質が、5歳ぐらいの金髪みつあみの少年だと聞いて、正直、肝が冷えた。
 いつかのあの時のように、また・・・死を選んでいるんじゃないか・・・とね」

ロイはしゃくりあげるエドワードの頭をそっと撫でてやりながら
目を瞑って、静かにエドワードに語る。

エドワードが司令部内にいないことに気付いたロイが
街でスカーが金髪みつあみの5歳児を人質にとっていると聞いて
どれほど不安になっただろうか。
スカーとやりあって、エドワードは一度、弟の命と引き換えに死のうとしたのだ。
あの時の痛々しい姿は、ロイだって忘れてはいない。

「ふぇっ・・・ごめ・・・ごめ・・・なさいっ・・・ぐすっ・・・」

ロイの胸に顔を埋めて、エドワードはグスグスと泣きながら『ごめんなさい』を繰り返した。

「・・・鋼の、もう良いよ」

胸の中で、何度も『ごめんなさい』を繰り返すエドワードを、ロイはぎゅっと抱きしめてやる。
すると、エドワードがポソリと呟く。

「・・・大佐に・・・助けられたの・・・3回目だ・・・」

「・・・3回目?」

とりあえず、今回の件で一回。
その前のスカーの一件で、一回。
ロイの中では、それ以上は助けた記憶がない。
一回多いような気がして、ロイが不思議そうな表情で

「どういうことだね?」

と、エドワードの顔を覗き込めば、エドワードは顔を真っ赤にして

「・・・・・・・・・秘密」

一言そう言うと、ロイから見えないようにと、ロイの胸にぽふっと顔を埋めた。

「・・・それは・・・秘密だけど・・・・・・でも・・・・・・・・・・・・ありがと・・・」

小さく小さく呟かれた最後の言葉。
けれど、ロイにはしっかり聞こえていて、普段の彼からは絶対に聞けないであろう言葉に
ロイは小さく苦笑すると

「・・・・・・・・・どういたしまして」

こちらも小さく答えた。

それから、エドワードが泣き疲れて、ロイの膝の上で眠りにつくまで
そう時間はかからなかった。
ロイは、眠ってしまったエドワードのズボンをそっと元に戻してやると
そのまま抱き上げて、仮眠室まで運んでやる。
すーすーと寝息をたてるエドワードを一人、ベッドに寝かせて

「いつかは、その秘密を話してもらいたいね・・・」

まるで子供のエドワードの寝顔にそう言うと、静かに仮眠室の扉を閉じた。





今回の一件で、一回。
前回スカーに襲われた時に助けてもらったので一回。
最後の一回は、本当はもっとずっと前のこと。

死んでもいいと、むしろ何もかもを捨てて、死んでしまいたいと、そう思っていたあの頃。
抜け殻のように、生きながらにして死んでいた自分。
あの日、胸倉を掴んで、まだ11歳だったエドワードを一喝したロイ。
生きる希望など何もなかった自分に、可能性を示してくれた。

最後の一回は、自分の瞳にもう一度、焔を灯してくれた・・・・・・・・・あの時の一回。

鈴様へ、キリ番2662GETありがとうございました。